第10話
文字数 2,210文字
そんな話をしているとインターホンが鳴り、玄関先へ出た私に、おめかしした葛岡さんのおばあちゃんが、相変わらず大きな声で言いました。
「あのねぇ~、松武さん、私、今から出かけなきゃいけないんだけど、鍵を失くしちゃってねぇ~」
「…え?」
「それで、裏口の扉の鍵を開けて行くから、ちょいちょい見ておいてくれな~い?」
ひえぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!
すぐさま、おばあちゃんを玄関脇に引っ張って行き、小さな声で言いました。
「だからっ! もし、今の会話を泥棒さんに聞かれたら、アウトでしょ!?」
「あ…!」
慌てて口を押えたものの、一度出た言葉を取り消す術はありません。
そこで、人目につかない裏口より、通りに面した玄関の鍵を開けておくほうが安心ということになり、わざとらしく鍵を掛けたふりをし、異常なまでに周囲を警戒しながら出かけて行かれました。
時々リビングの窓から葛岡さん宅を見ながら、静花さんとお話ししていたのですが、一時間ほどした頃、カーポートに柊くんの自転車があるのに気付き、鍵の件を伝えておきました。
これで私もお役御免と一安心したところへ、お友達とお出かけしていた莉帆ちゃんから、もうすぐ帰宅するというメールが入りました。
「そうそう、さゆりちゃんが、涼しくなったらまたみんなで会いたいって」
「分かった。私からも連絡しとくね」
「よろしくね! それじゃ、お邪魔しました」
「お土産、ありがとね~!」
玄関先で静花さんをお見送りしていると、ちょうどおばあちゃんがお出かけから戻っていらっしゃいました。
ちらっとこちらを見て、小さく会釈したおばあちゃん。私たちもお辞儀をし、静花さんが角を曲がったのを見届けて家の中へ戻ろうとしたとき、玄関から転びそうな勢いで飛び出して来たおばあちゃん。
そのまま、もの凄い形相でこちらへ突進して来た彼女の身体を支え、いったい何があったのか私が尋ねるより先に、おばあちゃんが叫びました。
「ど、どろ、…泥棒ーー!!」
「え? ああ、それは柊くんが…」
「家の中に、泥棒がいるのーーーっっ!! 警察! 110番に電話!!」
完全にパニックを起こしているらしく、中にいるのは孫の柊くんだと伝えても、まったく耳に入りません。
「早く! 松武さん、早く電話!!」
「落ち着いて! 大丈夫だから!」
「もういい、私が電話するから! 110番の電話番号って、何番よ!?」
外気の猛暑も手伝って、もう自分が何を言っているのかも分からない状態で、騒ぎを聞きつけた周囲のお宅からも、ご近所の皆さんが集まって来ました。
当然、外の騒ぎを懸念した柊くんも出てきたのですが、それを見たおばあちゃんは、泥棒が出てきたと思ったらしく、近寄って来た柊くんに向かって、
「ぎゃああぁぁぁ~~~っ!!」
と、断末魔のような叫び声を上げると、腰を抜かして、地面に座り込んでしまいました。孫の顔も判別出来ないほど、動転していたのでしょう。
間もなくして、けたたましいサイレンを鳴らし、パトカーが到着。どうやら、騒ぎを聞いたどなたかが通報していたらしく、警察官に事情を訊かれ、一連の出来事が勘違いと分かると、おばあちゃんに厳重に注意をして引き揚げて行きました。
集まったご近所の皆さんも、一安心して自宅へ戻る中、未だ興奮冷めやらぬおばあちゃんは、まだ道の真ん中で大きな声で自己主張を続けていました。
「もう、びっくりしたのなんのって、心臓が止まるかと思ったわよ~!」
「それで、鍵は見つかったんですか?」
「それが、あなた、バッグの中から出てきたじゃないの~! ホントに嫌になるわ~!」
呆れた顔で自宅に戻ろうとする柊くんに、『連れて帰れ』と合図を送ると、『無理』という合図。
これから夕食の準備をしなければならないというのに、このままおばあちゃんの餌食となるのも困ったな、と思っていたとき、葛岡さんの奥さんの車がガレージに滑り込み、勢いよくドアから飛び出すや否や、
「もう、おばあちゃん、いい加減にしてよね! 警察から連絡を受けて、びっくりして飛んで帰って来たんだから!」
私にとって救世主、おばあちゃんには天敵の登場に、急にシレッとした顔で、お嫁さんの声が聞こえないふりをしながら、自宅の中へ消えて行ったおばあちゃん。
相変わらずの白々しいフェードアウトに、今度ばかりは怒りが治まらないといった葛岡さんです。
「会社、大丈夫だった?」
「うん。それより、またご迷惑を掛けて、ごめんね」
「私なら大丈夫。でも、またこんなことがあったら大変だよね」
「いやもう、マジで勘弁して欲しい!」
『にっこり笑って、バンパイアの胸に杭を打ち込め作戦』第四弾。今回は、おばあちゃんの自爆による不戦勝です。
鍵を失くしたと大声で話し、孫を泥棒と勘違いし、警察を呼べと大騒ぎしてパトカーが出動、勘違いだと分かり厳重注意された挙句、お嫁さんにも大目玉ですから、本人も少しは反省して欲しいところ。
身内である葛岡さんの大変さを思うと、申し訳ない気持ちになりますが、小さくガッツポーズを決めて自宅に戻りました。
その後も、色んな物を失くしたと言っては、大騒ぎするおばあちゃんでしたが、それ以来、鍵の保管だけは慎重になり、彼女としては大きな進歩です。残念ながら、口が軽く、声が大きいところは治りませんが。
この先も、彼女が巻き起こす騒動に振り回されるのですが、それはまた、別のお話。
「あのねぇ~、松武さん、私、今から出かけなきゃいけないんだけど、鍵を失くしちゃってねぇ~」
「…え?」
「それで、裏口の扉の鍵を開けて行くから、ちょいちょい見ておいてくれな~い?」
ひえぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!
すぐさま、おばあちゃんを玄関脇に引っ張って行き、小さな声で言いました。
「だからっ! もし、今の会話を泥棒さんに聞かれたら、アウトでしょ!?」
「あ…!」
慌てて口を押えたものの、一度出た言葉を取り消す術はありません。
そこで、人目につかない裏口より、通りに面した玄関の鍵を開けておくほうが安心ということになり、わざとらしく鍵を掛けたふりをし、異常なまでに周囲を警戒しながら出かけて行かれました。
時々リビングの窓から葛岡さん宅を見ながら、静花さんとお話ししていたのですが、一時間ほどした頃、カーポートに柊くんの自転車があるのに気付き、鍵の件を伝えておきました。
これで私もお役御免と一安心したところへ、お友達とお出かけしていた莉帆ちゃんから、もうすぐ帰宅するというメールが入りました。
「そうそう、さゆりちゃんが、涼しくなったらまたみんなで会いたいって」
「分かった。私からも連絡しとくね」
「よろしくね! それじゃ、お邪魔しました」
「お土産、ありがとね~!」
玄関先で静花さんをお見送りしていると、ちょうどおばあちゃんがお出かけから戻っていらっしゃいました。
ちらっとこちらを見て、小さく会釈したおばあちゃん。私たちもお辞儀をし、静花さんが角を曲がったのを見届けて家の中へ戻ろうとしたとき、玄関から転びそうな勢いで飛び出して来たおばあちゃん。
そのまま、もの凄い形相でこちらへ突進して来た彼女の身体を支え、いったい何があったのか私が尋ねるより先に、おばあちゃんが叫びました。
「ど、どろ、…泥棒ーー!!」
「え? ああ、それは柊くんが…」
「家の中に、泥棒がいるのーーーっっ!! 警察! 110番に電話!!」
完全にパニックを起こしているらしく、中にいるのは孫の柊くんだと伝えても、まったく耳に入りません。
「早く! 松武さん、早く電話!!」
「落ち着いて! 大丈夫だから!」
「もういい、私が電話するから! 110番の電話番号って、何番よ!?」
外気の猛暑も手伝って、もう自分が何を言っているのかも分からない状態で、騒ぎを聞きつけた周囲のお宅からも、ご近所の皆さんが集まって来ました。
当然、外の騒ぎを懸念した柊くんも出てきたのですが、それを見たおばあちゃんは、泥棒が出てきたと思ったらしく、近寄って来た柊くんに向かって、
「ぎゃああぁぁぁ~~~っ!!」
と、断末魔のような叫び声を上げると、腰を抜かして、地面に座り込んでしまいました。孫の顔も判別出来ないほど、動転していたのでしょう。
間もなくして、けたたましいサイレンを鳴らし、パトカーが到着。どうやら、騒ぎを聞いたどなたかが通報していたらしく、警察官に事情を訊かれ、一連の出来事が勘違いと分かると、おばあちゃんに厳重に注意をして引き揚げて行きました。
集まったご近所の皆さんも、一安心して自宅へ戻る中、未だ興奮冷めやらぬおばあちゃんは、まだ道の真ん中で大きな声で自己主張を続けていました。
「もう、びっくりしたのなんのって、心臓が止まるかと思ったわよ~!」
「それで、鍵は見つかったんですか?」
「それが、あなた、バッグの中から出てきたじゃないの~! ホントに嫌になるわ~!」
呆れた顔で自宅に戻ろうとする柊くんに、『連れて帰れ』と合図を送ると、『無理』という合図。
これから夕食の準備をしなければならないというのに、このままおばあちゃんの餌食となるのも困ったな、と思っていたとき、葛岡さんの奥さんの車がガレージに滑り込み、勢いよくドアから飛び出すや否や、
「もう、おばあちゃん、いい加減にしてよね! 警察から連絡を受けて、びっくりして飛んで帰って来たんだから!」
私にとって救世主、おばあちゃんには天敵の登場に、急にシレッとした顔で、お嫁さんの声が聞こえないふりをしながら、自宅の中へ消えて行ったおばあちゃん。
相変わらずの白々しいフェードアウトに、今度ばかりは怒りが治まらないといった葛岡さんです。
「会社、大丈夫だった?」
「うん。それより、またご迷惑を掛けて、ごめんね」
「私なら大丈夫。でも、またこんなことがあったら大変だよね」
「いやもう、マジで勘弁して欲しい!」
『にっこり笑って、バンパイアの胸に杭を打ち込め作戦』第四弾。今回は、おばあちゃんの自爆による不戦勝です。
鍵を失くしたと大声で話し、孫を泥棒と勘違いし、警察を呼べと大騒ぎしてパトカーが出動、勘違いだと分かり厳重注意された挙句、お嫁さんにも大目玉ですから、本人も少しは反省して欲しいところ。
身内である葛岡さんの大変さを思うと、申し訳ない気持ちになりますが、小さくガッツポーズを決めて自宅に戻りました。
その後も、色んな物を失くしたと言っては、大騒ぎするおばあちゃんでしたが、それ以来、鍵の保管だけは慎重になり、彼女としては大きな進歩です。残念ながら、口が軽く、声が大きいところは治りませんが。
この先も、彼女が巻き起こす騒動に振り回されるのですが、それはまた、別のお話。