第34話

文字数 1,675文字

 隆はエレベーターに乗った。
 往復のバス料金は幾らなのだろうか?
 そうだ。二千円で両親に何か買ってあげよう。何せ久々に会うのだし……。けれど、隆は温かい気持ちになっているはずなのに、少し背筋が寒くなった……。
 エレベーターで降りると一階のフロアの土産物屋に歩いて行く。
「あ、オレンジ色以外のおじさんだ!」
 また、あの黒人の少女が奥から駆けてきた。
「今度、私の店に来て。私の名前はシンシナよ。住所はオレンジの大地の六丁目。この日差しの塔から、オレンジ公園行のバスで三番目のところにあるから、ちっぽけな店よ。でも、どんな店よりもオレンジ色の洋服があるから……。私のパパは貧乏だけれど、この町のシンボルにとっても貢献している一人よ」
 少女はそこでニッコリと笑った。
 可愛い笑顔だ。まっ黒い顔が例え太陽がなくても自然な温かみを与えてくれる。
「おう、解ったぞ。ひょっとしたら、この町にしばらく滞在することになるかも知れないからな。そうなれば、君の店でオレンジ色の洋服を買おう」
 隆は金が無いことを悟られないように少女の頭を優しく撫でて約束をした。
 土産物屋は幾つもあって、隆は一番小さい店に入った。安いものがありそうだったからだ。
 そこには、メガネを掛けたガリ痩せの青年が店番をしていた。黄色や緑や赤などのオレンジ色以外(この町では珍しいもののようだ)が売ってある。
「いらっしゃいませ」
 青年はさっそく笑顔を振りまいて、店先のオレンジ色の招き猫に拝んだ。
 隆はこの店に入って少々後悔したが、気前よくといっても二千円しかないが。
 父親の好きな赤唐辛子と母親の好きな小さなサボテンを買うことにした。
 生前は父親は大の辛党で母親はプラント好きな人だった。
「これとこれを下さい」
「ありがとうございます。全部で1420オレンジドルになります。あ、千円札ですか。珍しいですね」
 隆は買い物袋を片手に外へと出ると、町立図書館行きのバス停を見つけた。そのバスは町の入り組んだ道路を500オレンジドルで一周するようだ。
 両親を失ってから何年ぶり、いや8年は経ってるか。俺を見たらきっとびっくりするだろうな。
 両親なら里見のことを知っているはず。
 背筋が冷たくなっても我慢するか。
 この世界に行った両親の年は今幾つなのだろうか?
 背格好や顔が相当変わっていたら解るかな?
 そんなことを考えながら、両親から里見のことを聞こうと、希望を持ってバス停でバスを待っていると、以外な人物がバス停に歩いてきた。
 稲垣 浩美である。
「なんだい、あんた。自力でここまで来れたんだね。驚いたよ」
 目を丸くしている稲垣は普通の服装をしている。片手に買い物袋をぶら下げていた。
「……稲垣さん。……俺はどうしても娘に会いたいんだ。絶対に連れ戻して見せるんだ……」
 驚きと懐かしさを隠しながら、そう隆は自分の心にも誓った。
 稲垣は神妙な顔になり、
「でも、危険だから帰ったほうがいいんでないかい。こっちはそんなに悪かないよ。このままこの世界にいた方が幸せなことだってあるんだよ。それに、あんたは娘さんがどこにいるのかも解らないんだからね……。あたしはやっぱり勧めないよ。どうしてもというんなら……」
 隆は首を振って、
「雨の宮殿に娘がいるんだ」
 稲垣は目を丸くした。その次は真っ青になって、
「あんた、今何て言った?!」
「雨の宮殿に娘がいる」
 稲垣は青い顔で少し身震いし、
「……やっぱり…………。あんた、悪いことは言わない。あそこは生者が行くところではないよ。この天の園もそうだけどね。……私も雨の日に不幸が起きることを調べ
に、一度あそこへ行ったんだよ。でも、帰ってくるのがやっとだったんだ。命からがらだったよ。本当にあそこに行ってはいけないよ。あんた……止めとくんだね……」
 隆はそれを聞いて急に涙目になったが、
「俺は……娘はまだ8才だった……人生でほんの少ししか生きていないんだ。娘のためなら……俺は地獄にだって行く」
 隆はそう言うと目を隠してソッポを向いた。
 オレンジ色のバスが商店街の方からやって来た。
 
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