29、咲け満花

文字数 5,184文字

 水の中で、殺したい緑糞爺(りょくそじじい)の事を強く想う……殺す殺す殺す殺す殺す、奴をこの手で殺す、絶対に殺す──! と。水面が見えたので光の方へ泳いだ。水面を破り、水の中に立つと、湯船に浸かっていた緑糞爺が、ゆったりと此方(こちら)をむき、胸元を隠すように両腕を掲げた。

「やあ、スイ君、久しぶりの再会で風呂を覗きに来るなんて、大胆(だいたん)じゃあないか」

 ゆっくりと浴槽から上がる緑に、吠える。

「緑木……貴様! よくも水園家(うち)の民に手を出したな! 約束を(たが)え、(あまつさ)え民を傷つけるとは……赦さない、絶対に貴様を赦さない!」

 優雅に着替えを済ませる(りょく)に、大量の水玉弾を撃ち込むが、その水玉が緑糞爺に当たる事はなく、全て緑糞爺の蕾花能力(らいかのうりょく)で出来たツタによって防がれた。

「はっ、よく言うなぁ? 嘘を書き連ねたリストを渡しておいて……領民にだって大して(した)われていないくせに。面白いものだよ、ちょっと脅せば、皆んな手のひらを返すものだから、ははっ、楽しませて貰ったよ。民を傷つけたって? はっ、笑わせるな、正しい所有者が玩具(おもちゃ)に何をしたって良いだろう」

「ちょっと脅せば……? 流津(ながつ)を何で脅した?」

 緑糞爺の言葉に、顔色を変えて迫る。

「ナガツ? ……あぁ雫か、君の従者のくせして、主人より家族を選んだ奴のことか、奴には姉が居たらしい。()()()()、金城家から献上されたものに付属していたのだよ、それを盗み見た奴は大変動揺して、姉を傷つけないと約束するなら、言う事を一つ聴くと言ったのだよ、彼が余りにも面白かったのでな、一つ契約を結んでやった。リストの子供を誘拐しろとな、しかしリストの子供は存在しないと奴は言った。だから奴には、正しいリストを作ってもらったのだよ」

 緑の言葉を聞いた私は、ほくそ笑んだ。

「先程、私は慕われていないと言ったな? 否定してくれてありがとう。流津は私の教えの通り、家族を最優先にしただけだ。その結果がどうであれ、流津は正しい事をした」

「はっ、そうか? その所為で深雪(みゆき)は苦しみ、自害(じがい)した。(れい)は奴に殺された。そして君の家族は全滅(ぜんめつ)だ。今頃、紫茂鞠(しもつぐ)豊土家(とよつちけ)で、避難して来た子供を誘拐しているだろう。緑木の使者(ししゃ)も沢山やったことだ、邪魔者は一人残らず死んだに決まっている。はっ、残念だったなあ、此処(ここ)に来るより、現場にいた方が良かっただなんて。今更(いまさら)知ったら、戦う気も無くなるよなぁ?」

 私の心を折ろうと、(なお)も精神攻撃を仕掛(しか)ける緑糞爺に、(くっ)することなく、私は胸を張った。

「無くなるわけがない──貴様を(たお)して家族を護りに行けば良い。水園家(うち)の家族が、緑木家の雑魚共(ざこども)にやられる訳が無い!」

「はっ、虚勢(きょせい)を張るのは(みじ)めだぞ? 五大家階級(ごだいけかいきゅう)最下位の君の家が、我が家に敵う訳がないだろう、ショックで頭でもおかしくなったのか?」

可笑(おか)しくなんかない、私の家族は大丈夫だ。私は……貴様を(たお)して必ず帰る!」

 胸を締め付けられるような悲しみと、頭を冷やす怒りが混じり合い、何がなんでも良いから奴を……緑木の糞爺を殺したい。その思いが次第に全身へと広がり、私は何も考えられなくなり、誰の声も届かなくなっていた。

「そうか、残念だな……せいぜい夢の叶った儂を殺そうだなんて言ったことを、後悔するといい」

 (りょく)は、そう言うと見る見る若返り、二十代弱の姿になるとツタを放った。華麗(かれい)にそれを避けた流水(ながみ)に、下からの攻撃が(せま)る。脚を(すく)われ、湯船(ゆぶね)に沈められた流水を更に引き()り、天井に叩きつける緑。湯船を通って体に着いた水を背中に集め、水の(かたまり)をクッション代わりにして、衝撃を緩和(かんわ)した流水は、水クッションを瞬時に凍らせて、足に(から)みついたツタを切り(きざ)んだ。

 自由になった流水に隙を与えまいと、緑が全方位網(ぜんほういもう)を展開し、流水を締め付ける。しかし流水は体に触れているツタの全てから水分を奪取(だっしゅ)し、その水でツタを冷凍して(くだ)き、水流(すいりゅう)に乗せて破片を緑に放った。凍らされたツタを操ろうと(こころ)みた緑は、ツタが枯れ枝になっている事に気が付かず、枯れ葉の様な強度の盾で攻撃を受けた。

 次の攻撃に備えて前方に盾を造った緑の背後を、通り過ぎて行ったはずの(ひょう)入り流水(りゅうすい)が襲う。反応に遅れた緑へ雹が直撃する。その瞬間を待っていた流水(ながみ)は、雹を水流で緑の脇腹にめり込ませ、(ひょう)(くい)に変形させた。その後も、怪我に気を取られた緑を包囲した流水(りゅうすい)から何十もの杭が降り注ぎ、緑の体を貫通(かんつう)していった。

 五大家階級最上位家の当主が、こんなに弱いはずが無いと流水は警戒を強めつつ、緑を包囲していた水を消した。緑は、血溜(ちだ)まりの上に倒れていた。死亡を確認しようとした流水は、彼の蕾花(らいか)注視(ちゅうし)した。
 その時、血溜まりから大量のツタが生えて緑の体を包んだ。流水が見た緑の蕾花は、開花していた。緑だったツタの塊から五歳程歳をとった緑が現れ、ツタを使って流水を外に投げ飛ばした。

 ツタを切り裂き、空中での体勢を整えようとした流水の前に、緑が飛んで来る。一定の距離を(たも)つ為に緑から逃げる流水の胴体(どうたい)を、緑のツタが()らえた。流水はツタを凍らせて、緑の体から生えているツタがこれ以上伸びるのを防ぎ、緑をその場に(とど)まらせた。数十メートル離れている緑へ水玉弾を飛ばし、着弾した瞬間に水玉弾を水刃(すいじん)へと変化させて、緑の首を斬り落とした。しかし緑の首は緑の手によって元の場所へと戻された。緑は首を()っても死ななかったのだ。

 首を斬った時に緑色の液体が噴出(ふんしゅつ)したが、赤い血は出なかった。ツタを壊そうと力を込めるが、びくともしない。冷凍しているにも関わらず、締め付ける力が強くなっている。胴体の周りに氷を出し、ツタを切り落として、なんとかツタの拘束(こうそく)から解放された流水は、緑への攻撃を続けつつ距離を取った。ところが、そんな流水の背後には木が待ち構えていた。突然その木の枝が動き出し、流水の左腹部を(つらぬ)いた。

「ぐっ……!?」

 慌てて背後を確認する流水に、いつの間にか近づいていた緑が回し蹴りを食らわせる。蹴りの勢いで、貫通した枝が傷口から勢い良く抜けて行き、流水は宙を飛んだ。傷を治さないと……このまま追撃されたら、まずい……! と、(あせ)った流水は治癒水を使い損ねた。緑が流水の腕を引き留めて、(みどり)生い茂る(お しげ )木の中に叩き込んだ。

 木の枝が流水の体に穴を開けてゆく。木枝(きえだ)(おり)の中で流水は、もがいた。蕾花能力を使う隙を与えない枝の攻撃で傷が増えて行き、徐々(じょじょ)に身体が動かなくなってきたのだ。

 このままでは不味い! どうにかして此処(ここ)から出ないと……!

 危機感を覚えた流水は、()間無(まな)く続く痛みを一瞬無視して蕾花能力を使った。自分を水玉で包み、その周りに氷の壁を造って、攻撃が当たらないようにしたのだ。ほんの数秒で展開したそれに本人が驚き、蕾花の成長を確認した。蕾花は、いつも以上に蕾花力を出していた。

「ピンチになると、蕾花は成長するんです」

 雫が言っていたことを思い出した流水は、傷を治して木の中から抜け出した。枝の(おり)を突き破って出てきた流水を見た緑が呟いた。

「ほう、無傷とは……」

 天井(てんじょう)が木枝で出来ている部屋で、二人は対峙(たいじ)した。

 流水は考えていた。緑糞爺は首を斬っても死なない。何処を斬れば死ぬのかが分かれば勝ち目がある。この戦いは、(すで)に開花している緑糞爺より、まだ開花していない私のほうが有利だ。全力で殺しにかかれば何とかなる筈だ。

 緑は考えていた。スイ君は、傷の完全修復が可能みたいだ。致命傷(ちめいしょう)でも回復出来るとは……儂は少々、水園家の蕾花能力を(あなど)っていたようだな。大体の動きや能力攻撃法が分かった事だ、次からは確実に殺す為の攻撃をしてみるとするか。

 次の瞬間、二人が同時に攻撃を仕掛(しか)けた。防御と攻撃を同時に(こな)している流水と、攻撃が防御も兼ねている緑……力の差は、数ミリ程度だ。

 天井から木の枝が降り注ぎ、頬や肩を掠めていく。それでも致命傷は負っていないので問題は無いと、走り続ける流水の首筋を、緑のツタが掠めていった。しかし流水は止まらずに緑の間合(まあ)いへ飛び込み、緑を輪切りにした。

 仕留(しと)めたと思い、油断した緑は流水に輪切りにされた。緑の死体を足蹴(あしげ)にしつつ首の傷を治す流水は、緑色の液体に(まみ)れた緑の死体を確認し、あることに気がついた。緑の蕾花が()()()()()()()()のだ。

 切り刻んでも死なないという事実に、流水は驚愕(きょうがく)した。修復されていく緑の死体から素早く離れた流水は、攻撃態勢を維持(いじ)して待機する。緑の液体を撒き散らしながら、ボコボコと音を立てて一塊(ひとかたまり)になり、人形(ひとがた)成形(せいけい)されてゆく緑。数秒後に完全に回復した緑は、流水にツタを飛ばした。流水は氷盾(こおりだて)で防ごうとするが、ツタは盾を貫通して流水の腹を(えぐ)って行った。

「あ、がっ! ぅぐっ……!」

 枝が刺さったのとは比べ物にならない激痛に、流水は顔を歪めた。今(うずくま)ったら、殺される……と、(かろ)うじて立っている流水に、緑は(とど)めを刺しにかかる。氷盾でも防ぐことの出来ないツタなんて聞いたことが無いと、苦痛に耐えつつ流水は思った。それだけ緑木家の当主は強いということなのか……流水は治癒水を使いつつ、空へと逃げた。

 緑の放ったツタは、逃げた流水を何処までも追尾(ついび)して来る。流水の飛ぶ速度を、緑のツタが上回った。そしてツタが迫った瞬間、流水は覚醒(かくせい)した。右眼が青い光を放ち、緑の攻撃を避けたのだ。先刻(せんこく)まで目視出来なかった緑の攻撃を、右眼が捉えて回避した。流水の蕾花は、開花したのだ。

 緑の攻撃や動きを読めるようになった流水には、緑のどのような攻撃も通用しなかった。苦戦する緑に、流水が水を浴びせた。その水を凍らせ、緑の動きを封じる流水は、冷凍した緑を流水がズタズタに斬り裂いた。赤い血を流して、山となった緑を流水は眺めた。蕾花は枯れていない、凍ってもいない。緑の蕾花には、氷雪蕾花(ひょうせつらいか)が通用しないと分かった流水は、自分に勝ち目がないことに気がついた。そして思う、逃げたい。油断した流水に、回復した四十代くらいの緑が襲いかかる。

 今更になって、戦っている相手は桁が違うというこを思い知った流水は、足がすくんで逃げ遅れた。緑の攻撃によって、水平に飛ばされる流水。着地の瞬間に背中に雪を出現させて、衝撃を緩和(かんわ)した。
 流水は、次々に自分に降り注ぐ枝やツタを唖然(あぜん)と眺め、思い出したようにかまくらを造り、攻撃を防いだ。しかし、かまくらを突き破ったツタと枝が、流水に突き刺さった。流水の体を貫通したツタと枝を、無意識のうちに冷凍する流水は、疲弊(ひへい)していた。
 意図(いと)せず溢れ出る血液は止まらず、流水の衣服を伝って、足下に血溜まりをつくった。

 体から熱が失せていく感覚に(おび)えた流水は、自分の蕾花をみた。なんと、凍っていた蕾花の二花弁が、四花弁に増えていたのだ。蕾花が凍ったら、死ぬ……? 一抹(いちまつ)の不安が過ぎった流水の頭は、別の意味で冷えた。しかし、雪の精霊を宿して凍ったものなら、死なない筈と考え直した流水は立ち上がった。

 深雪や雫、澪と家族の(かたき)である緑糞爺を、この手で殺す。その目的が、強い執念(しゅうねん)が、流水を突き動かした。
 今迄以上に素速い攻撃を放ち、緑を達磨にした流水は、右眼の激痛に蹲った。その隙きに緑は蕾花力を使って再び(よみがえ)り、流水の両肩を貫いて床に縫い留めた。

 叫び声にならない悲鳴をあげた流水の右眼から、血が溢れた。しかし、諦めてなるものかと、死に物狂(ものぐる)いでツタを引き抜いた流水は、ツタを引く反動(はんどう)を利用して跳び起き、ツタで引き寄せられた緑の上半身と下半身を雪刃(せつじん)で斬り離した。緑の切断面から緑色の液体が溢れ出し、流水の両手を染める。
 出血した流水の傷口が凍って行く。直後、膝をついて倒れた流水を、完全回復した緑がツタで突き刺した。胸を貫かれた流水は痙攣(けいれん)し、呻き声を上げた。

 まだだ……立ち上がれ、諦めるな負けるな逃げるな……守るんだ……今度こそ、失わないために──! 絶対に守り切る。奪わせはしない! 痛みに負けるな逃げるな、自分の全てを出し切って守れっ!

 弱い僕は、いつも居る。立っている私の足を引っ張ってくる、でも負けるな。そんな奴は、ただの弱い自分の影で、そいつを消しとばす力が私にはある! 実物の自分が影に呑まれてどうする? 倒れるな諦めるな、まだ、まだ戦うんだ! こんなんじゃ誰も守れない……頑張ったんだろうが!
 家族のために! 救えたはずの命のために!
 絶対に負けない!

 弱い僕は、私が超えるんだ。

 胸を突き刺す痛みに耐え、立ち上がった流水は、瞳に強い光を宿していた。その光にたじろいだ緑の隙を突いた流水は、床を蹴って緑にタックルを決める。馬乗りになった流水を、緑のツタが次々に貫いていく。しかし流水はビクともせず、緑の首を切り離した。

 口からも目からも腹からも血を流しても尚、自分を殺しに掛かってくる流水を面白いと感じた緑は、()()()()()()()()()()

「──咲け、満花(みつるばな)! 蕾花満開(らいかみっかい)
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