25、流津の見聞き

文字数 5,386文字

 付けっぱなしだった連絡水玉の通信を繋ぐと、ちょうど水様が別れの挨拶をした所だった。そこで私は、緑木家の緑爺さんのことを、調べることにした。水様のイヤリングから、こっそりと離れて、私は緑爺さんの靴にへばりついた。

 水様が帰った後、緑爺さんは何処かへ向かっているようだった。大樹の家を出て辿り着いた先は、朝顔の鉢が並ぶ家だった。緑爺さんは、ズカズカとその家に入って行き、庭で水()りをしていた白髪に紫の髪束が混じった長髪の女児に、前回水様から取り上げた本を渡した。

「例の本が見つかった。奴の研究の足しにしろ」

「……ありがとうございます緑様。渡しておきますね」

「用事はこれだけだ。父上に宜しく言っておけ。それと、実験体が必要なら、いくらでも集めてやると、奴に伝えておけ」

「はい、かしこまりました……ご足労(そくろう)をおかけして、申し訳ありません。お心遣(こころずか)い、感謝致します」

 少女は受け取った本を抱えて、緑爺さんを見送った。その後、緑爺さんは大樹の家に戻り、地下へ向かった。地下には、金城家(かねしろけ)の当主が座って居た。銀髪を頭の後ろでまとめ上げ、三編みにしている銀眼の少年が、金城家の当主様だ。隣に立っている当主の従者らしき金髪天パの青年は、銀の糸で作られた目隠しを着けていた。当主様は緑爺さんを見るなり、笑いかけて言った。

「ふん、水園家の若いのは、随分(ずいぶん)と民を大事にしているのだな。民なんぞ、自分達の事しか考えて()らず、無関心を(よそお)って居る癖に、不利になれば、寄ってたかって上に立つ者を攻撃する……とても自分勝手で、利己主義(りこしゅぎ)な奴らだというのに……皆んな家族だと(うた)うなんて……理解出来ないな」

「そのとおりで御座います。奴らの勝手な考えが、どれだけ私たちを苦しめたか……!」

「まあまあ、落ち着きたまえよ御二方(おふたかた)火陽家(ひようけ)の当主を譲ってくれた事に、感謝する。もう一つお願いがあるのだが、聞いてくれるか?」

 険しい表情に豹変(ひょうへん)した金城家当主様に、怒りを込めた声で賛同する従者を、緑爺さんが、(なだ)めた。姿勢を崩して、舌打ちをした金城家当主様だったが、数秒後には、笑顔で嫌味を言っていた。

「……チッ、仕方ないですね、()()を下さると約束してくださっているので、聞き入れない訳がない事を分かっていながら、そのような事を(おっしゃ)るとは……少々、性格が曲がっていらっしゃいますよ、緑様?」

「銀様、緑様に失礼でしょう? そのような事は、心中(しんちゅう)に留めておくべきでございますよ……失礼致しました緑様。(うけたまわ)らせて頂きます。一体、どの様な事でございますか?」

「はっ、有能な御二方にとっては、簡単な事でございましょう……水園家(みずぞのけ)壊滅(かいめつ)して頂きたい」

「ほほう……良いのか? ……まあ、()さ晴らしには、もってこいだ。行ってくるとしよう。約束の品を用意して待っているのだな、緑様よ」

 銀様と呼ばれた金城家当主は、ほくそ笑み、従者を連れて階段を上って行った。残された緑爺さんは、溜息を吐いて、ボソリと言った。

彼奴(あやつ)らは、扱い難い……早く目的を達成して、おさらばしたいの……」

 緑爺さんは、私に気がついていないようで、こちらを一度も気にかける素振りをしなかった。緑爺さんから離れるタイミングを掴み損ねた私は、数分後に訪れた襲撃の対処に、集中する事にした。

 とある休憩時間になって、緑爺さんの所に通信を繋いで見ると、姉さんに焔心(えんしん)さん、火陽の姫君が拘束されていた。三人は酷くやつれており、怪我の量が尋常(じんじょう)じゃなかった。恐らく拷問を受けたのだろうと、緑爺さんを睨んだ。

「やぁ、君、儂の生活を観察するのは、楽しかったかね?」

 緑爺は水玉である私を摘み上げ、真っ直ぐにこちらを見て、そう言った。

 気づかれていた事に焦りを感じて慌てるが、心の乱れは蕾花力(らいかりょく)に影響するので、一旦深呼吸をした。バレているのなら、何をしたって意味が無い。腹を(くく)った私は、蕾花力を送り等身大になった。すると、緑爺さんが拍手をして言った。

「おぉ、すごいすごい! やはり便利だなぁ水は……で? 君は、水園家の奴だよな? スイ君に命令されて監視でもしていたのかな?」

 私が無言を貫くと、緑爺さんは、ニヤニヤと笑いながら

「おいおい、仲良くしようじゃあないか! 凪津(なぎつ)君よぉ? 一人でこっそり、やっているんだろう?」

 と言ってきた。奴は、私の正体をとっくに分かっていたのだ。私は、低い声で(たず)ねた。

「何が目的なんです」

「スイ君に仕えるのを辞めて、儂のところにかないか? 噂で聴く限り、君はスイ君のせいで前主人を失ったらしいじゃないか。スイ君に(つか)えているのは、前主人の命令だからなんだろう? (かたき)の嫌いな奴なんか裏切って、緑木家(こちら)へおいでよ……君は優秀だ。仲間の顔をし続けて、スイ君が助けを求めたときに裏切るんだ……その方が──」

「お断りさせて頂きますっ……!」

 私は反射的に断っていた。しかし緑爺さんは、(いぶか)しげに問う。

「何故だ? このままスイ君に仕え続けたって、不利益しかないんだぞ?」

 確かにその通りかもしれない。という思いと、不利益ばかりでは無い。という賛否の声が、私の答えを揺らがせた。

「……それでも、それでも上様の最後の願いを……叶えて差し上げたいのです……」

「はっ、人がせっかくチャンスを与えてやったというのに……(そろ)いも揃って馬鹿ばかりだな……」

 そう呟いた緑爺さんは、ツタを操り、(うつむ)いていた姉さんの肩を貫いた。姉さんが(うめ)き、傷口からは炎が立ち昇った。絶句して何も言えずに黙り込んで居ると、緑爺さんが冷たく言い放った。

「君がこちら側につかぬと言うのなら、この女を()()

 緑爺さんは冷やかな目で私を見つめ、姉さんは苦しそうな声を漏らした。

「な、ぎつ……私の事はいいから、な、水様のことを、優先しなさい……」

「……今夜まで、じっくり考えろ、待ってやるからな。それでも断るなら、残念だが、この連中を……全員殺すことにしよう」

 姉さんの声を聞いた緑爺さんは、姉さん達を黙って数秒眺めた後、(こく)な選択肢を突き付けた。私は再び絶句し、姉さんは()えた。

「なっ……」

「アンタ……! 話が違うじゃない……! だま──」

「騒ぐな、問題ない……彼は、きっと正しい判断を下す。儂らは、それをゆっくり待って居れば良いんだよ、なぁ?」

 私は、逃げるように視界通信を切った。しかし、その後も緑爺さんに言われたことが頭から離れず、通信を再度繋いだ。それからというもの、姉さん達のことが気掛かりで、気がつくと頭は、その事ばかり。不安で仕方なくなってしまい精神が乱れ、蕾花能力を上手く操れなくなっていた。
 私は連絡水玉の通信を切ることが出来ず、通信を続けた。右耳と右眼は、常時緑木家の地下室の情報を流し続けていた。火陽の姫君や焔心さんに、どうしてこの様な状況に在るのかを聞くことも出来ずに、襲撃の処理に追われた。
 常時遠方と通信していせいだろう。蕾花力の使いすぎで、出血した。水様に手当てをされて、私は視力が回復した。水様は意図(いと)も簡単に、私の何十年間もの努力を超えたのだ。憎い嬉しいなど、色んな思いが渦巻き、なんとも複雑な気持ちになった。

 私が居なくなっても、水様は一人でやっていける……その事実を改めて実感した瞬間だったのかもしれない。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「水様、失礼します」

 元怪我人達を解散させて執務室に戻ると、先に帰って居た水様が出迎えてくれた。

「お帰り雫。書類は後少しで書き上がる、待っていてくれ」

「あ……はい」

 水様は、数秒後に書き上げた書類を渡してきた。

「雫のおかげで、書類仕事が格段に減った。本当に感謝しかない……」

 独り言にしては大きい、微妙な声量で水様は呟いた。私が持って来た追加の処理済み書類を二人で仕分けつつ、言うなら今しか無いと、私は勇気を出して話しかけた。

「……水様、お話があります」

「……突然どうした? 悩み相談か?」

 首を振って否定してから、震える喉を潤し、私は口を開いた。

「今まで、私の本名は凪津(なぎつ)でしたが……青雫家(あおしずくけ)は主人によって名前を変えるんです。なので、此れからは仕事中以外の時、流津(ながつ)とお呼び下さい」

 水様は、一瞬間抜けな顔をした。その後、意味を理解したのか、静かに涙を流した。私は水様に突然泣かれて、ギョッとした。

「ありが……ありがとう……ごめん……」

「やっ、やめて下さいよ、たかが名前だけで、そんなに喜ぶの……」

「だって、認めてくれたってことじゃないか、雫が、私のこと……」

「……もっと前から認めてましたよ、ただ、恥ずー時間がなくて中々言えなかったんですよ、すみませんね」

「そうか……青雫家の事を調べた時から、ずっと気になっては居たんだ。雫の名前は、どうなっているのだろうって……伝えてくれてありがとう……とても嬉しい」

 水様は、そう言って、はにかんだ笑みを浮かべた。普段は、あまり笑顔を見せない水様が、プロポーズされた乙女の様な表情(かお)をしたことに、少し慌てた。上様は、幼少の流水様の、この笑顔に胸を射抜かれたのかもしれない……。

 結局流水様は、何処までも素直で優しい心を持っている。お人好しだから、自分以外の為にしか努力をしない、力を発揮しない、磨かない……そんな人だったのだ。それを解っていた上様は、流水様に手厚かったのだと、ようやく理解することが出来た。

「はぁ……流水様のことを、上様が大好きな理由が解りましたよ……これからも、宜しくお願いしますね」

「あぁ、勿論(もちろん)、これからも宜しくな、流津(ながつ)

「はい、それでは、お休みなさい水様」

 執務室から出て一息つき、固まった心に決心を刻む。私は、水様について行くと決めた……水様のために、姉さんを見捨てることになっても。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 全ての仕事を終えた私は、自室に戻った。体を洗い、ベットに入り、ちょうど微睡み始めた頃、入れっぱなしの連絡水玉から姉さんの声がした。その直後、耳を襲った激痛に跳び起きた。外していた眼鏡をかけて、連絡水玉の通信を入れると、接続されたメガネのレンズには、緑爺さんの笑みと姉さん達の姿が映った。

「やぁ、こんばんは凪津君。心は決まったかね?」

「……はい。私は……姉さん達を選びます。緑木家に就きます」

「……そうか、それは良かった。では、今から君は、緑木家の下僕(しもべ)だ。ちゃんと考えられる頭を持っていて良かったよ。これからの活躍を期待しているよ。所で、スイ君のことは良かったのかね?」

 こんな質問、嘘をつけばいいと思っていた。あんな人、私の主にはふさわしくないと。しかし、自分の意志とは関係なく、私の口は真実を吐いた。

「いえ、大切に決まっています。名前も貰いましたから。しかし、姉さんたちを救いたいという気持ちもありますし、緑木家に忍び込んで、情報を水様に流したほうが有益(ゆうえき)と考えたのです」

 思ってもみない事をスルスルと述べた自分の口を、驚きで押さえつける。すると、苛立(いらだ)った様な声色(こわいろ)の緑爺さんが、一言一言を区切って、威圧的(いあつてき)に吐き捨てた。

「なるほどなぁ……儂がそんな簡単で、抜け道のある、生易(なまやさ)しい、提案を持ちかけたと思っていたのだな? はっ、そんなわけないじゃないか! 馬鹿だなぁ、水園家の奴は、どいつもこいつも、純粋で馬鹿なんだな!」

 気色の悪い笑みを張り付けた緑爺さんが、うっとりした様な声で、(たの)しげに続けた。

「あぁ、君の驚く顔が目に浮かぶよ、凪津くん……不思議だろう? 嘘を吐こうと思っていただろう? はっ! 契約だよ! 君の居ない間に儂の血液を水玉にかけておいた。優秀な君なら意味が分かるよなぁ? 再び通信を繋げば、血の混じった蕾花力が君の所に帰る……通信を続けている今この瞬間も、君は私の血を身に取り込んでいるのだ……はっ、残念だったなぁ? (くや)しいだろう?」

 私は、急いで通信水玉と繋がっている蕾花のパイプを絶って通信を切ろうとするが、何かに(はば)まれるかのように、全く私の意思をきかなくなっていた。何度も試す私を見て、緑爺さんは笑う。

「はっ、無駄だよ。君の意思では、この通信は切れない……そうだ、絶望すると良い。君は二度と自分の意思で、蕾花力を操れないからな。おっと、まぁ、そう(いきどお)るな、君の守りたかった者達は無事だ。しかし、君が命をかけて契約を破棄しようとものなら、此奴(こやつ)らも道連れだ……儂の手から、逃れられると思うなよ? お前がスイ君を助けようと、護ろうとする度に契約がお前を縛る。姉や恩人を見捨て、命を懸けて契約を破ろうとしたって無駄だ。儂の手先が、お前を逃がさない」

 そこで通信は途切れた。私は、踏んではいけない木の根を踏んでしまったのだった。後悔や自責に(さいな)まれる夜を越えた私を迎えたのは、通信水玉から流れる緑爺さんの声だった。

「やあ、おはよう凪津君! 昨晩はよく眠れたかね〜? ごほん、君に良いお知らせを持って来たぞ、さあさあ走り給え。金城家の飛翔爆弾が、君の元へ向かっているよ」

 テンション高めな声の緑爺さんは、全然良くないお知らせで、私を(あお)って来た。仕方なしに着替えをして、急いで部屋を出ると、蕾花能力が突然使われて、いきなり猛スピードで飛ばされた。突き当たりの壁にぶつかって停止したが、額をぶつけた。
 耳に流れ込んでくる緑爺さんの笑い声を聞きながら、私も彼の事を緑糞爺(りょくくそじじい)と呼ぼうと決意した。
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