17、前進する蕾花

文字数 4,075文字

 いつも元気に笑っている澪の、疲弊(ひへい)しきった顔を見たのは初めてだった。動揺を抑えきれずに澪の容態を訊ねる僕に、未綾(みあや)さんが答えてくれる。

(れい)? 澪っ……え……澪は大丈夫なんですか?」

「……えぇ。契約が切れて、蕾花力(らいかりょく)をごっそり持っていかれたようで……意識は無いけれど……命に別状はありませんわ」

「そうですか……では、澪を……頼みます。また来ますね……」

 未綾さんの言葉を聞いた雫が眉を寄せたのが気になるが、一旦安心できた僕は、澪の顔を目に焼き付けてから露草家(つゆくさけ)を後にした。しばらく歩いた後、モヤモヤする胸から出た言葉で、雫に問う。

「雫、なんで教えてくれなかったんだ! ……澪が、あんなことになっていると」

「すみませんでした。せっかくの流水様(ながみさま)のやる気を、削ぎたくなかったんです」

 素直に謝った雫に気味の悪さを感じたが、それどころではない心情で怒鳴る。

「……やる気? そんなものより、澪の容体の方が大切だろ!」

「そうですか……では、言わせてもらいます。未綾さんが言っていたのは、嘘です。澪さんは命を削られている状態にあって、意識が戻るかは不確かです。契約を結んだ向日葵家(ひまわりけ)に、随分(ずいぶん)と蕾花を持って行かれたようですよ」

「は? そんな……こと……」

 契約の負荷は、能力源を削られるのか。向日葵家の花家階級は、最下位だったはず……澪は階級二位なのに? 二階級も違うというのに負荷が重いのか? 色々な思考が飛び交っている僕を他所(よそ)に、雫は淡々と続けた。

「あと、追い討ちをかけるようで申し訳ないですが、雨水家家長の雨優(うゆう)さんが、流水様の態度が水園家当主に相応しくないと、言っていましたよ。確かに、もうちょっと風格が出ると良いですよね。口調も水様に寄せた方が良いのでは?」

 見下したような口振りに怒りが湧いてしまった。きっと、当たり前の事を言われただけだというのに、何故心が(すさ)むのだろうか……本当、自分が嫌になる。

「……そうだよ。僕なんかは、水園家当主になんか相応しくないんだよ。解ってるだろ? 僕が、どれだけ駄目な奴か……」

「あ、すみませ──」

 自虐(じぎゃく)を言い始めた私に、雫は若干(じゃっかん)慌てて謝るが、私はそれを遮る。

「雫だって、認めていないだろう? 私のことを、水様(すいさま)と呼ばないじゃないか……ごめん、こんなんじゃ、ダメだな。逃げないって決めたのに……うん、認めてもらえるように頑張るよ。こればっかりは、自分の行動で示さなければいけないから」

 言っている途中で、これは正しくないと考えを改める事ができ、僕は前を向いた。それを雫が、流れで応援してくれた。

「あ、はい、頑張って下さい?」

「じゃあ早速、家に戻って勉強だ。先に帰るね!」

「え? は、流水様っ?」

 私は、雫を置いて走って帰った。雫の驚いた表情は傑作(けっさく)だった。走ったせいもあってか包帯が解けて、傷口はパッカリと開いていた。チクチクとした痛みが全身から消えることは無かったが、何故か前向きな気持ちが溢れていたのだ……少なくとも、この時は未だ──

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 その日から僕は、自分の一人称を私に変え、口調も父上を真似るように気をつけた。僕を殺して、私に生まれ変わる為に。水園家内の家長への挨拶回りを全て終える頃には、水様呼びが雫にも定着した。私は挨拶のついでで、皆にこう説いた。

「家族を一番に、大切にすることを心掛けるように。とにかく家族が一番だ。水園家の民は皆んな家族だ」

 私が家長になってからは、花家同士などの交流も深めるようになった。家族同士で助け合う心を育む目的があったのだ。雨水家の雨優(うゆう)さんから領主関係の仕事を教わった雫は、水雫(みしず)さんが使用していた日記を手本に、青雫家(あおしずくけ)の家長として家を纏めていた。

 私は父上の日記を頼りに、水園家当主の仕事をした。毎日各家々からの報告書が届き、それを確認して、問題や提案などを片付ける。事によっては早急な対処が必要で、毎日大忙しだった。慣れないことも多く、分からないことだらけで、足りない知識や技術、能力までもを隙間時間に詰め込んだ。

 蕾花能力(らいかのうりょく)も雫に教わり、ある程度操れるようになった。しかし、まだまだ修練が足りず、付け焼き刃な能力は大したことはなく、評価で言うと従者の雫より下のままだった。
 雫で言うと、癒しの水玉……治癒水(ちゆすい)。雨水家で言う、雨雲発生。氷雪家で言う、雪や氷に関する物を操るなどの、特出した能力がまだ出現していないのだ。

 それでも私は困っては居なかった。兄上のように空を飛べるようになったし、飛んだり滑ったり……蕾花を使った走りは、かなり得意になったからだ。
 心の底では強い力を切望している。強くならなければ、誰も護ることが出来ない。兄上や父上の言葉を思い出しては、強くならなくてはと、強くなりたいと願っている。

 今日は、雫との蕾花能力を使った模擬戦(もぎせん)がある。今は先に走って行った雫を追いかけている。雫(いわ)く、

「命の危機になったら、能力源の蕾花が急成長して、新しい能力を出現させるかもしれません……ですが、土像の時だって、あんなにピンチだったって言うのに、水様の能力は発動しませんでしたもんね? 望みは薄いですけど、取り敢えず水様をボコせるのが楽しみです」

だそうだ。

 確かに、どんなピンチなら私の蕾花は成長するのだろうか? 家長になって、蕾花能力の詳しい情報を得た私は、自分の蕾花能力の凄さを知ったのだ。あの時……父上や、兄上の言っていたことは、僕を持ち上げるための嘘なんかじゃなく、事実だったのだ。
 基本的には、蕾花能力の(もと)となる蕾花があり、それが放つオーラみたいなものを、蕾花能力として体外に出現させることが出来るのだ。

 特出能力は、産まれた家の血筋に影響される。たとえで言うと、雫は青雫家(あおしずくけ)の生まれだから、氷雪家(ひょうせつけ)氷雪蕾花(ひょうせつらいか)は使えない……みたいな。水園家当主一族は、水に関するものなら何蕾花でも使えるらしいが、相当の努力と大きな蕾花が必要らしい。
 蕾花の大きさを計る器具は無いが、自分の蕾花をはっきりと感じられる様になると、他人の蕾花も見えるようになるみたいだ。それで言うと私の蕾花は、とても大きいらしい。

「そんなとこだけは、水園家当主に相応しいですよね……」

 と、雫が言っていた。

 蕾花は意識すれば、する程、能力を操れるようになるらしい。自分は、まだまだなので、ぼんやりとしか存在を確認出来ていない。自分の蕾花がはっきりと見えるようになると、蕾花が成長し、オーラの排出量が多くなって、特出能力が使えるようになる。蕾花が満開になると最強になれるらしいが、詳しいことは分かっていないんだとか。
 ちなみに私は、満開を目指している。強くなるには、もってこいの目標になるからだ。

「あっ、待ってましたよ水様! 楽しみですねぇ、色々と……」

「仕事を終わらせて真っ先に一人で走って行ったのは、雫だろう?」

「久しぶりに心踊ってまして。仕事で当主様をボコせるなんて……願ったりかなったりで最高ですよ!」

「ははは、そうか……よかったな」

 とても嬉しそうな表情で、ぴょんぴょんと跳ねて回る雫を横目で見て、傷……まだ完治していないんだけどな……と不安になる。まあ、あんまり無理な体勢になったりしなければ、傷が開くことは無いだろう……ガッチガチに包帯巻いて来たし。

「はい! では、始めますか!」

 雫の掛け声でスタートして、五分が経過した。開始以降、攻防戦が続いている。ギリギリで(かわ)せるような攻撃ばかりで、命の危機を感じることは一度も無かった。
 雫は、水玉の弾丸や水刃(すいじん)を使って攻撃している。一見防御をしていない様に見えるが、全身を水の玉で覆っている為、私の水鉄砲(みずでっぽう)攻撃が、雫の体に当たることは無かった。

 蕾花能力は、とにかくイメージが大事だと教わった。ホースから水をただ単に放つより、口を平く潰して強い水圧の水を出した方が、水の流れは鋭くなる。その原理を思い浮かべて、両手を前に突き出すと、鋭い水の刃を放つ事が出来た。
 油断していた雫は、私の新しい技を見て、慌てて防御を何重にも張ろうとするが、私の攻撃のスピードの方が速かったようで、水玉の防御は破れた。防ぎ切れないと(さと)ったのか、雫は瞬時に膝を屈めた。直後、ビチっと肌を切り裂く音がした。雫は、切れた頬を気にかけることは無く、水玉を柔軟に変形させて、攻撃を跳ね返した。
 ブーメランのように帰って来た水刃を流す事が出来ず、真正面から受けたと思ったら、刃は髪一本を切り裂き、背後の壁にぶつかって消えた。首の皮一枚……いや、髪の毛一本で攻撃を避けて、無傷で助かった私は、安堵(あんど)の息を吐いた。

「っちょと! 手加減して下さいよ! 首切られるかと思いましたよ!」

 水刃が消えた直後、ギャーギャーと文句を言う雫に謝る。

「ごめっ、す、すまない! ……そんなつもりじゃ……あ、傷これで押さえた方が……」

「……そんなの要りません。これくらいの傷、秒で治せるんで」

「そうか……私、帰って来たヤツをどうすれば消せるのか分からなくて、髪の毛切れたんだが……」

 叩き落とされた自分のハンカチを、じっと眺めて反省を述べると、盛大に笑われた。

「……ははっ、バッカじゃないですか、だっさ〜」

「雫さん、何笑ってるんですか?」

 いつの間にか雫の背後に現れた深雪(みゆき)が、落とされていた筈のハンカチを拾い上げて、雫の傷を力強く押さえていた。深雪、なんか怒ってるな……貼り付けたような笑みが怖いよ……。

「ヒッ……み、深雪さんですか、驚かせないで下さいよ」

「流水を虐めているのかなぁ? ん?」

 笑顔を崩さない深雪に恐怖を抱いた雫は、私のハンカチを受け取って傷を押さえつつ、深雪から少しずつ距離をとっていた。

「い、虐めてなんかいません……よ? 水様が、飛んで走る以外の蕾花能力を使えるようになったので、褒めていただけです……」

「そっか、ならいいんだ。じゃあ、私とも模擬戦しようよ、流水」

 満面の笑みで「闘おうよ」と言ってくる深雪に、苦笑いを返して呟く。

「今日私は、最強お化けに殺されるみたいです……」
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