2.放課後

文字数 1,867文字

次の日、学校が終わって、ひとみが校門のところに来ると、すでに富井が待っていた。ひとみが駆け寄って一緒に歩き始めると、やはり、周りの視線が集まっているのは明らかだった。それでも、二人共気にしないふりをして、ひとみの家へ向かった。

昨日と違い、二人共、当たり前のようにひとみの家に入り、台所の椅子に座った。その途端に、ひとみが笑いだした。
「何がおかしいの?」
「え〜! だって、今日のわたしたち、まるでずっと付き合ってるみたいにしているじゃない。昨日のきみのことを思い出したら、おかしくなっちゃった」
「そうだよね。ところで、水飲んでいい?」
「あれっ、やっぱり、喉乾いているんだ」

「うん。そうだよ。やっぱり。で〜、昨日さぁ、ひとみさん、ぼくが来た途端に水くれたじゃない。それって、凄いことだよねぇ。どうして、ぼくが喉乾いているって分かったの?」
「大したことじゃないよ。だって、きみ、水の中からすくい出した金魚みたいな顔してたから」
「ほんとにぃ? ぼく、よっぽど情けなかったんだね。可哀想になっちゃったわけ?」
「うん、ちょっとね」
「すごいねぇ! やっぱり、二年生のお姉さんだね。ぼくはまだ小学生気分が抜けきれてないかも......」
「いいよ、それで。可愛いから。わたしが、可愛がってあげるから」

それを聞いて、富井はなんとも言えない顔をした。彼には、ひとみの言ったことの意味がはっきり分からないどころか、全く想像が出来なかった。でも、それを詮索する勇気があるわけでもなく、もう一杯水をもらって飲み干した。

その後、しばらく沈黙が続いた。お互いに、時々、相手の顔色を伺っているが、何を喋ったらいいかよくわからないと言った感じだった。ずいぶんと経ってから、ひとみが突然に口を開いた。
「ねぇ、こっちに来ていいよ」
ひとみは、さっさと立ち上がると、台所から出ていった。富井は、慌てて、ついていった。ひとみは狭い廊下を通って、自分の部屋に入り、富井を中に入れるとドアを閉めた。

それは、かなり小さな部屋だった。中には、子供用かと思われるような小さなベッドと、勉強机、そして、小さな洋服ダンスがあった。壁には小さな男の子が好むような壁紙が貼ってあった。ほとんど少女趣味のものはなく、とても、女子中学生の部屋とは思えなかった。ひとみは、富井の反応を面白がっているようだった。ひとみは、富井をベッドの端に座らせ、自分も隣に座った。

「女の子の部屋じゃないみたいでしょ?」
「うん〜。そうだね。これ、ひとみさんの趣味なの?」
「べつに。前の家族が住んでいた時、ここは、小さな男の子の部屋だったんだって。わたし達は、引っ越してきても、模様替えをするお金もなかったし、そのままになってるの。でも、自分の部屋があるだけでいいんだ」
「そうだよね! ぼくは、小学校に入るまで、弟と一緒の部屋だったけど、ほんとーに、やだったよ」
「そうだったの? でも、兄弟姉妹がいた方がいいこともあるよね?」
「そうかもしれないけど、ぼくはいらない。でも、ひとみさんみたいなお姉さんだったら、いいけど」

「きみ、わたしのこと、お姉さんのつもりでいるの?」
「う〜ん。そういうわけじゃないよ。それより、ぼく達、友達になったよね! 一緒に学校から帰ったり、もう、友達だよね?!」
「うん。そうだね。友達だね」
その後、二人は、ひとみは部屋の中にあるものについて、一つづつ話をしていった。

その後、突然、ひとみが富井のカバンを取り上げて言った。
「ちょっと、きみのカバンの検査をするよ」
「えっ? いいけど。どうして?」
「どうしても」
ひとみは、富井のカバンの中からいろいろと取り出して、詮索を始めた。筆箱を取り出した時は、ジッパーを開け、鉛筆を点検するような様子だった。
「みんな、折れてるじゃない。どうしたの?」
「うん。悪い友達に折られちゃった」
「これじゃ、使い物にならないから、わたしが削ってあげようか」
ひとみは、自分の筆箱から持ち運び用の鉛筆削りを取り出し、富井の鉛筆を一本ずつ入れてきれいに削ってあげた。
「これでいい?」
「ありがとう。ひとみさん、やっぱり、お姉さんみたいだね」
「それを言うんだったら、きみは、まだ、小学生に毛が生えたようなもんだよね」
「そんなー! ちゃんと声変わりもしたし、体だって、大きくなってるじゃない」
「ほんとかな? 今度、身体検査をしないとね」

それからと言うもの、二人は、放課後は必ず校門のところで待ち合わせ、ひとみの家に行き、台所で水を飲んでから、ひとみの部屋で、二人だけの時間を過ごすのだった。
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