8.ひとみの新商売

文字数 2,892文字

ひとみが三年の秋のこと、友達のミッカが急に、ひとみと富井の関係に興味を示しだした。
「ねぇ、ひとみ、富井君とは実際どういう関係なの? もう一年以上付き合ってるわけだし、毎日のように家に連れ込んでるんでしょう?」
「あ〜ぁ。ミッカは最近付き合い始めたから、急に、そんなことを聞くようになっちゃって。ミッカこそどうなの? どうなってるの?」
「えへへ。秘密。だけど、うまくいっていることは確か。そして、彼氏さぁ、すごく乗り気なんだ。私が許しちゃったら、どこまでもいきそう」
「へ〜」
「でもなぁ、いいなぁ、鍵っ子って。自分の家や部屋が自由に出来るんでしょう? 私は、いつも母親の監視が厳しくて、とても彼氏を連れ込んだりすることは出来ないし。中学生じゃ、ホテルなんて訳にもいかないし。だいたい、この辺にそんなとこないよね! あ〜ぁ、彼氏連れ込めるようなところがあったらなぁ〜」

この時、ひとみの頭の中にある考えが浮かんだ。それで、思い切って言ってみた。
「ミッカ、わたしの部屋貸してあげようか? 片付けたり、掃除したりしないといけないから、タダというわけにはいかないけど。一回二時間、○×円でどう?」
「ひとみって、見かけによらず、商売根性があるんだね。それ、考えとく。さぁ、お金用意しないと」
「じゃ、使いたい時に言ってね。使う日の数日前までには言ってね。それから、わたしの部屋は、ほんとは、富井君とわたし、二人だけのとっても大事な場所だから、そのことはよ〜くわきまえてね。わたし、お金が必要じゃなかったら、こんなことする訳はないんだから」

後で、ひとみは、富井にそのことを話した。
「ひとみさん、見かけによらず、商売根性があるんだね。ぼくだったら、そんなこと思いつきもしないけど。でも、ミッカさんと、誰だか分からない彼氏、大丈夫かな?」
「うん。彼氏のことはよく知らないけど、ミッカは信頼できる友達だから」
「それならいいけど。ところで、部屋を貸している間、ぼく達はどうする?」
「そうだねぇ〜。じゃぁ、この機会にちょっと繰り出そうか。街で、ウィンドウ・ショッピングをしたり、面白そうなのがあったら、映画でもみたり......」
「そうだね。たまには、そういうのもいいかもね。じゃ、考えておこうか」

そして、数週間のうちに、実際にミッカが彼氏を連れてひとみの部屋を借りる日が来た。ひとみと富井は、街に出て、ぶらぶらとした。いつも、ひとみの部屋で過ごしていたので、たまには、外出もいいものだとさえ思った。この時、富井は、ひとみに、とても高級とは言えないが、ネックレスを買った。ひとみは、それでも大喜びだった。そして、バイト先のマネジャーからもらった指輪のことを思い出して、苦笑した。その後は、ちょっとしたゲームセンターのようなところに入って、何回かゲームをしてみた。

ひとみは、それから、何回かミッカに部屋を貸した。ひとみと富井は、ボウリングをしたり、歩いて植物公園まで行ったり、自転車に二人乗りで、あてもなくさまよったりした。大した額ではないにしても、ひとみは何もしないで収入が入ることに気を良くしていた。

ところが、ある日、ひとみが富井を連れて家に帰ってきた時、なぜか、ひとみの母親がすでに帰宅していた。そして、異様に険しい顔をしている。
「ひとみちゃん、重要な話があるの。富井君、悪いけど、今日のところは、帰ってくれますか?」
ひとみも富井も相当に慌てた。何が起こっているのか全く想像が出来なかった。

富井が帰った後、母親は、涙ぐみながら、ひとみに言った。
「ひとみちゃん......、今日、仕事中に、急に校長に呼び出されたの。ひとみちゃんが他の生徒に部屋を貸していると言われ、追求されたの。そのことが生徒の間で話題になり、その後、教職員、そして、校長の耳にまで入ったんだって。収集のつかない状態だって。私は何も知らなかったんだけど、それは、言い訳にもならないし......。兎に角、校長はカンカンで、この事件が表沙汰になれば、市の教育委員会、マスコミと、とんでもないことになるだろうって。最良の手段は、何事もなかったとして、つまり、もみ消すことだろうって。それには、わたし達が十分に離れたところに引っ越して、ひとみちゃんもそこの学校に転校することだろうって」

母親は泣き出した。ひとみは唖然として何も言えなかったが、ことの重大さが分かってくると、やはり、泣き出した。しばらくして、母親が小さな声で話を続けた。
「ひとみちゃん、私、他の生徒達のことも聞いたの。だって、心配でしょう? そうしたら、校長は、『心配しないでいい』って言うの。それはね、他の生徒達のことは目をつぶると言うことらしいの。どうやら、他の生徒達は、成績も優秀で、校長はそのまま学校に残って、いい高校に進学してほしいということらしいの。それで、母子家庭で貧しい私達が、攻撃の的になっているみたいなのよ。そんなのって、ひどいわよね! ところが、校長の言い分は、もし、ひとみちゃんが部屋貸しをしなければ、こんなことは起こらなかった。つまり、これは、すべて、うちの問題だと言うのよ。そして、校長に言われた事は、今週の終わりまでに『自主的に』引っ越すようにと......。そして、それまでの間も、家族以外の者は一切家に入れないようにとも言われたの。私、もう、抵抗することも出来なかったのよ。ひとみちゃん、私達、茨城の実家に引き取ってもらうしかなさそう......」

ひとみは自分の部屋に引きこもった。その夕方、ミッカから電話があった。
「ひとみ、大変なことになっちゃった。私、ひとみになんと弁解していいか......。うちの両親、今日、呼び出されたんだけど、校長は、私と彼氏は、注意だけで黙認すると言ったらしいの。その変わり、ひとみだけ、自主転校を強いられると聞いたの。あまりにひどすぎる。私も同じように処分されるんだったら......、それだったら、私も納得する。私、この不公平な校長の対応をマスコミにすっぱ抜いてやろうかと思うんだけど。私、もう、こんな中学に行く気がしない!」

ひとみは黙ってミッカの言うことを聞いていた。暫くの沈黙の後、静かに答えた。
「ミッカ、そう言ってくれてありがとう。でも、わたしが転校すればすむことなんだから、ミッカ、そのままにしてくれる? 校長の言うとおり、すべてわたしが悪いの。わたし、もう覚悟したから」
「でも、ひとみ、富井君はどうするの?」
それを聞いた時、ひとみは受話器を置いて、泣き出した。ミッカは何が起こっているか簡単に察しがついた。ミッカはひとみが受話器を持ち上げるのを待ってから叫んだ。
「ひとみと富井くんだけ引き裂かれるなんて不公平だよ! ひどすぎるよ!!」
「ミッカ......。わたし、どうしよう? どうしていいか分からない。それでも、ミッカ、わたしは、転校するしかないんだから」

ミッカの電話が終わってすぐに、富井からも電話があった。ひとみが、状況を説明すると、富井は完全に黙ってしまった。二人は、ほとんど何も話さずに電話を切った。
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