その15 いわゆる「楽しい高校生活」

文字数 3,121文字

絶体絶命ノーパン事件があった日の放課後。
僕と奏音は通信技術愛好会の部室に来ていた。
奏音は麗と吠場に改めてスカート姿をお披露目している。

「うわー、すごい! スラックスのときとまるで印象が違うから別人みたいだよ! 容赦なき美貌!」

やはり皆にはスカート姿の奏音は“別人”に見えるらしい。
確かに始めて見たときは驚いたけど、僕にはそこまで違うようには見えないんだけど。

「ははは……ありがとう」
「すごく踏まれたい!」
「え? 踏めばいいの?」
「やめろ! 変態!」
「ひぎぃ! これはこれで良き!」

吠場の変態発言に気づかない奏音。
そして、ツッコミの激しい麗。
マイペースな吠場。

この部室に奏音がいる光景はちょっと違和感があるけれど、奏音はなんだか楽しそうなのでよかった。

「昼休みは本当に助かったよ。二人とも本当にありがとう」
「おかげでお昼ごはん食べそこねたわよ」
「それは今度埋め合わせするよ。でも、よく僕と奏音のことがわかったね」
「あんたたちのことは気づいてたわよ。まさかノーパンだとは思わなかったけど」
「うう……それは言わないで……」
「今はちゃんとはいてるんでしょうね……?」
「えっ!? ……うん、大丈夫。ちゃんとはいてた」

おい、わざわざ確認しないとダメなレベルなのか。
奏音にとってパンツとは。

「麗は謎の美女が奏音だって気づいてたのか?」
「なんとなくね。ある日急に栄介が菫屋のことを聞いてきて、前以上に部活に顔を出さなくなったら、ね」
「じゃあ、昨日の放課後も――」
「暮内クンと揉めてたあたりからボクが見てましたなぁ」

吠場に見られてたのか……こんなに存在感のある豊満ボデーなのに、視線しか感じなかった。

「それに、同じ時期に放課後に変な女がうろつくようになったら、さすがにおかしいと思うわよ」
「へ、変な女……」

麗の発言に奏音がショックを受けている。

「変よ。確かに見た目はいいかもしれないけど、なんか取って付けたような感じがするわ。特にウィッグとメガネとタイツ。普段から着慣れてないのがバレバレなのよ」

そう言って麗は奏音からウィッグとメガネを無理やり取り去った。

「ふぁ!?」
「ほら、こっちの方がぜんぜんいいじゃない。スカートはきたいならさっさとはきなさい。以上」
「そ、それは……」
「どーせ恥ずかしいとか、取り巻きのメンバーから称賛されなくなるのが怖いとか思ってるんでしょ?」
「はい……」

麗に矢継ぎ早に痛いところを指摘され、奏音がどんどん小さくなっていく。
さすがにだんだん可愛そうになってきたので、奏音の事情を麗に説明した。

「まあ、同情はしてあげる。あたしも同じ状況なら言いづらいもの。まあ、一年近く我慢はしないけど」
「菫屋サン! パンツが汚れた日はノーパンでスラックスをはいたのかな!?」

僕が気になっていたことを平然と聞いてしまう吠場には、シビれたりあこがれたりしてしまいそうになる。

「そうだよ!」

吠場も吠場だが、奏音も奏音だ。

「とは言え、この何日か栄介に協力してもらってたわけでしょ? あとは菫屋自身が決断するだけよ。はっきり言うけどね、部員である栄介を巻き込まれてこっちも迷惑してんの」
「麗、そんな言い方は――」
「ごめんなさい」

僕の言葉を遮るように。
奏音が急に立ち上がって。
まっすぐ麗の目を見て。
深々と頭を下げた。

「私、栄介に甘えてた。ずっと一人で抱えてた気持ちをわかってくれる人ができて、甘えてた。本当にごめんなさい」
「わ、わかってるならいいわよ……」

奏音の真っ直ぐな瞳に、さすがの麗もたじろいだようだった。

「スカート大作戦を発動するしかないようだな……」

ロボットアニメの寡黙な司令官のように、組んだ手に顎を乗せて押し黙っていた吠場が、急におかしなことを言い出したが、いつものことだ。

「ちょっと吠場は黙ってて」
「ここは通信技術愛好会として、菫屋さんをスカート着用をバックアップするべきだと思うんだよね。名付けて“スカート大作戦”ッ!」
「まあ……そうね。乗りかかった船だし、菫屋がスカートをはければ、栄介も開放されるわけだし。吠場にしてはいいこと言うじゃない」

それを聞いて、奏音の顔がぱあっと明るくなた。

「ほんと!? ありがとう!」
「勘違いしないでよ。本来なら菫屋はあたしたちとは別世界の住人なんだから」
「……別世界?」
「そう。明るく楽しい青春。理想的な高校生活。スカートをはいても、そんな生活があんたを待ってるわ」

麗は今の発言で、奏音との間に線を引いたように感じた。
でも、どうしてだろう。
僕も奏音は異世界の住人だと思っていたけど、こうして傍から見ていると、なんか違和感を感じてしまう。

「そんなことないと思うんだけどな……」

麗に一線を引かれたことを奏音も気づいたらしい奏音は、不満そうだった。

「あなたがそう思わなくても、周りはそう思っちゃくれないわ。それに、こっちはこっちで楽しくやってるの。別にオタクだの陰キャだの言ってくれてかまわないから、お互いの領域で青春しましょってことよ」
「確かにそんな風に言う人もいるかもしれないけど、私は違うからね」

きっぱりと言い切った麗に対して、奏音も真正面から向かい合う。
一秒にも満たない時間だったと思う。
奏音と麗の視線がぶつかる。

「早速案を思いついたんだけど、ボクが菫屋さんの弱みを握って、スカートをはくように脅されているっていう設定はどうだろう?」

なにかを察したのか、吠場がテキトーな作戦案をぶっこんできた。
吠場のこういうところは本当に頭が下がる。

「却下よ。洒落になってない。まあでも、外的要因で仕方なくスカートをはかざるを得ない状況を作り出すという点は悪くないわね。スカート姿の菫屋が既成事実化されてしまえばいいわけだし。菫屋はどう思う?」
「う、うんうん! がいてきよういん? いいと思う! いいよねー、がいてきよういん」
「あんた絶対にわかってないでしょ……」

少し考えてみれば意外と簡単なことだ。
スカートをはかざるを得ない状況を作り出す。
つまり、スラックスがはけなくなってしまえばいい。
奏音は、スカートがはけなくなって仕方なくスラックスをはいたのだ。
なら、その逆をやればいい。

「うん、いいんじゃない?」

僕の提案が可決された。

「菫屋のスカート姿に対する周囲の反応だけは蓋を開けてみるまでわからないけど……周りから不評でも、菫屋自身が『意外とこっちの方がよかった』とかテキトーな理由を言っとけばどうとでもなるわ。それくらいできるでしょ?」
「うん! 大丈夫!」

互いに顔を見合わせた。
皆楽しそうだった。

「みんな、本当にありがとう。高校に来て、今が一番楽しいよ」
「ふん、いちいち大げさなのよ。まったく……」

しみじみと感謝の意を表した奏音に、麗が照れている。

「う――ぽぎぃ!」

おそらく「麗たん照れてるの可愛い!」と言おうとしたのだろう。
吠場が口の形を「う」にした直後、麗に張り倒された。
行政に見習って欲しいくらいの対応の速さだ。

「話は聞かせてもらったわ! 私にもなにか手伝わせなあばぁ!」

直後に部室の扉が勢いよく開き、乙華先生までやってきた。
だが、勢いよく開けすぎて跳ね返ってきた引き戸が直撃し、自滅した。
正直、話がややこしくなるから乙華先生は関わらないで欲しい。

っていうか、話聞いてたならもっと早く入ってこい。
あんた教師だろ。
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