その9 涙なんて見たくない

文字数 1,670文字

「無理無理無理無理無理無理りりりりりッー!」

僕が昼休みに奏音を助けた日、その放課後。
奏音にスカートをはいて校内を歩いてみることを提案してみたが、激しく拒否されていた。

「そんなの恥ずかしくて死んじゃう! バレたら“恥ずか死”だよ!? “死因:恥ずか死”そんなのやだーッ!」

そんな死因はない。
それに、丸見えで着替えしていた人間がよく言う。

「大丈夫だよ。なにかあったら僕が(昼休みのときみたいに大魔王になって)なんとかするから」
「じゃあ一緒に並んで歩いてくれる?」
「それはダメでしょ」
「なんでよ!」
「僕と一緒に歩いてたら奏音の評判が悪くなる。最終的にはスカートをはいて普通に学校生活を送れるようにするのが目的なんだから」

それを聞いて、奏音ははっとした表情になった。

「それってもしかして……私のために?」
「なんだと思ってたんだよ……」
「ただの嫌がらせかと……」

それはあんまりだ。

「でも、やっぱり恥ずかしいよ。私だって気づかれても恥ずかしいし、気づかれなくてもそれはそれで恥ずかしい」
「大丈夫だ。一人壁ドンの方がよっぽど恥ずかしいから」
「きぃーっ!」

実はもうすでに奏音はスカートを着用済みだ。
ウィッグもメガネも黒タイツもばっちりで、後は家庭科準備室から叩き出すだけなんだが……。

「安心しなって。奏音は美人だから大丈夫だ」
「はひっ!? な、なに言って――」
「いいかい? そもそも顔立ちがある程度整ってなきゃ、女の子が男装したところで王子様なんて呼ばれないよ」
「そ、そうなの……?」

奏音の前に姿見を持ってきた。

「奏音は自分をブサイクだと思うのかい?」
「それは……普通? くらいじゃない?」

今すぐルックスを気にしている全人類に謝って欲しい。

「で、でも……」

意外と手強い。
可愛いとか美人とか言ってあげればノってくれると思っていたが甘かった。
奏音が可愛いと思っているのは本心だけど、さすがに本人に向かって何度も言うのはこっちも恥ずかしい。
だんだん「僕なんかに褒められても別に嬉しくないんだろうな」とか思いはじめてしまうので、できれば早く意を決して欲しいのだが……仕方ない。

「……昼休み、助けてあげたよね?」
「うっ……そ、それは」
「僕はそのとき、あんまり人に見られたくない顔の傷を全開にしたんだけどなー」
「……わかったわよ。ほんと、なにかあったら助けてね! 絶対だよ!?」
「わかってるよ」
「外に出て、話しかけられたりしたらどうしよう?」
「それは好きにしたらいいんじゃない? 基本的には無視しとけば問題ないと思うけど」
「大丈夫かなぁ……」

見知らぬ美人が校内を歩いていたところで、いきなり話しかける奴の方が少数派だろう。
むしろ、この風貌で奏音と気づいてくれる奴がいればチャンスだ。
「スカートも似合うね!」なんて言ってくれれば奏音のスカート解禁は近い。

奏音は校内で知名度がある。
「スカートをはくこともある」という既成事実さえ作ってしまえば、どうとでもなる。
王子様の奏音をありがたがっている菫屋ハーレムの面々はショックだろうが、元はと言えば現状がおかしいのだ。
本当はスカートがはきたい奏音が我慢することで成り立っている関係なのだから。
北坂高校の制服に掛ける奏音の思いを伝えて理解してもらうのが一番だろうけど、奏音も言いづらいだろう。

だから、荒療治だ。

ふと「良かれと思ってやったことでも、相手から感謝されるとはかぎらない」という麗の言葉を思い出した。
その通りだった。
現に、奏音は嫌がらせだと思っていたようだった。

いいさ、別に感謝されたいわけじゃない。
いっそ嫌われたっていい。
その代わりに奏音がスカートをはけるのなら。
誰かが幸せになるなら上等じゃないか。

右目の傷に触れてみる。
僕はかつて“家族”を破壊した。
それはもう、誰も幸せにならない結末だった。

もう、誰かが。
奏音が泣いてるところなんて見たくないんだ。
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