その10 北坂高校オールスター戦

文字数 2,246文字

突然だが、僕の通う公立北坂高校の有名人を紹介しよう。

まず、「美辞麗句が使われたとき、そこにアイツが居る」でおなじみ。
“王子様”菫屋奏音。二年一組。

入部後、即エース。ボウズでもイケメン。野球部のエース暮内優。二年一組。

誰も彼を止められない。「女の子に声をかけるのは義務」と口にしてはばからない。
イタリア人のような気質だが、ご先祖は中国系。
超自由人。張自由(ちょうじゆう)先輩。三年四組。

ここに「悪名」の方の有名人を加えるなら、僕が入ってくる。二年四組。

所詮は学校内限定の有名人と言うなかれ。
この学校という閉鎖された社会の中でも、ある程度の地位であり続けるには、それなりに大変なはずだ。
人気者でも、そうでなくても、なんとかやりくりして僕らは“青春”しているのだ。

そして今、新たな有名人が誕生しつつある。
「謎の美女」――そう、スカートをはいた奏音だ。

家庭科準備室から出て(正確には僕が無理やり叩き出して)五分と経たずにそれは起こった。

放課後、思い思いの目的のために行き交う生徒が、割れた。
まるでモーゼが起こした奇跡のように。

正面から向き合えば、おそらく本能で脇に避ける。
奏音が視界に入っていない生徒は、周囲の反応を見て存在に気づく。
何気なくすれ違った生徒は、二度見、三度見する。

遠くから人を割って歩く奏音を眺める僕は、隠そうともせずにドヤ顔をしている。
どうだ! お前らが王子様扱いしている女の子はなあ、こんなに可愛いお姫様なんだぞ!

情けない?
それで結構。

僕はいわば召喚士みたいなものだ。
絶世の美女を解き放ったのは僕だぞ!

…………わかってる。
僕は奏音を家庭科準備室から叩き出しただけで、何もしていない。
凄いのは奏音だ。
でも、きっかけを作ったことくらい誇らせてくれ。

そんな風に考えながら遠巻きに眺めていると、奏音とすれ違ったであろう何人かの生徒の会話を耳にした。

「……でかいな」
「ああ……あれはいいものだ」

「たまらん」
「たまらんな」
「踏まれたい」
「罵られたい」

「ブヒ、ブヒブヒヒ、ブヒィ!」
「ブイブイ、ブブゥー、ブヒッ!」

いかん。
ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。
既に人としての機能を失っている生徒が出はじめている。
このままでは菫屋ハーレムがなくてっても菫屋豚舎ができてしまう。

そのとき、一人の生徒が奏音に声をかけた。
奏音と同じくらいの背丈に、長髪タレ目の自由人。
そう、張自由先輩だ。

「俺の王国に、キミを姫として迎え入れたいナ」

自由すぎる。
その名に偽りなし。
そして、顔を向けることもせずに通り過ぎる奏音。

「ね、ねぇキミ! 待ってヨ!」

奏音は振り返らない。
追いすがる張自由先輩。

「ま、待って! 話だけでも……ブ、ブヒ……ブヒィ!」

人が豚に堕ちていく過程を見てしまった。



この状況に対して、僕は奏音がどんな表情をしているのか確認したくなったので、先回りして奏音を進行方向から見守ることにした。
ちなみに、僕は先程から学校の外なら職質すっとばして懲役労働させられるレベルの怪しいムーヴをしているが、スカートをはいた奏音のインパクトが強すぎるせいだろう、誰からも気に留められていない。

気になる奏音の表情は……。

ブヒ……はっ!?
危ない。
奏音は少し目を細め、ツーンとした表情をしつつも、周囲の反応に満足しているのだろう、口元の笑みを殺しきれていない。
そのせいで、「天上天下、我以外皆豚」みたいな表情になっている。
お姫様を解き放ったつもりが、とんでもねえ女王様になっていた。

奏音には、とりあえず周囲の反応がある程度確認できたら、家庭科準備室に戻るように言ってある。
だが、さっきから奏音は戻るどころかどんどん遠ざかっていく。

一体どこに向かっているのかと思ったら、奏音は二年一組――奏音のクラスに入っていった。
あいつのことだ。
間違いなく調子にノっている。
滅茶苦茶やってスカート姿の奏音が認知されるきっかけになればいいと思ってはいるが、面倒なことをしでかすなよ……と思って二年一組を覗いてみると――。

壁ドンしていた。

奏音が暮内くんに(・・・・・・・)

おおおい!
お前なにやってんの!?

しかも暮内くん、部活に向かおうとして着替えてる最中だったのだろう。
上は野球の練習着だが、下はパンツのままだ。
意外にも白のもっさりブリーフだ。

奏音はしてやったりのドヤ顔。
暮内くんは混乱しつつも、高校球児の日に焼けた肌でもわかるくらい頬を朱に染めていた。
ただし下半身はブリーフだ。

なんだこの構図は。

おそらく奏音的には「今までよくもベタベタ触ってくれたな!」「私は女じゃ!」という復讐のつもりなのだろうが、状況が酷すぎる。
しかもなぜ壁ドン。
教室に残っていた生徒は「キャー!?」「なになに!?」という反応だ。

暮内くんの表情は複雑だった。
まあ、着替え中にブリーフ全開で美女に壁ドンされたのだから当然かもしれない。
ただ、色んなものがごちゃまぜになったような表情で、そこにどんな感情が含まれているかまでは読み取れなかった。

満足したのか、奏音はくるっと踵を返すと、僕の顔を見つけたからか、笑ってみせた。
それは楽しさを噛み殺しきれていない笑みで、“にこっ!”ではなく“ニタァ……”だった。

ブヒィ!
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