第16話 雑誌の取材がやって来る
文字数 3,143文字
来たる猫雑誌取材に備え、まずは散らかりまくった部屋を掃除することにした。
見苦しいごみは捨て、脱ぎ捨てた衣服はクローゼットにしまう。
最新のカメラは小さな埃まで写してしまう恐れがあるので、塵一つ残らないよう入念に掃除をする。
あまりにもこざっぱりし過ぎると嫌味に感じられそうなので、さり気なく日頃の愛読書や過去作を飾り、小説家感を出す。
もちろん原稿用紙やペンも忘れずに。
片付けすぎず仕事道具は見せておくのがポイントである。さもしい小細工ではあるが。
そうそう忘れてはいけない。
猫雑誌の取材なのだから、普段いかに猫を可愛がっているかもわかるようにしなければ。
床に散らばった猫じゃらしやネズミのおもちゃは、綺麗な収納ケースに入れて見せる収納にする。
猫砂が散らばらないようトイレの下に敷いた新聞紙は、見苦しいので捨てておこう。
キャットフードは置いておいた方がいいだろうか?
いや、スポンサーの関係もあるのでメーカー名が写るのはまずいかもしれない。
丸一日掃除に費やした結果、「質素ながらも愛猫と生活しながら小説を手掛ける作家の部屋」が完成した。
取材は明後日、インタビュアーとカメラマンが来るという。
そして取材当日、私は普段着よりも高級な、それでいていかにもブランド品を見せつけるような下品さはない上等な服を身に着けた。
こういう時全身高級品で固めるのは、見栄っ張りの下劣な魂胆である。
うん。なかなかよくできた、知性と清潔感溢れる立派な小説家ファッションではないか。
作家にファッションが関係あるのかはわからぬが。
猫三匹は昨夜代わる代わるブラッシングをしたので、毛並みは美しく滑らかな輝きを放っている。
無論ブラッシングを嫌がる猫共の恨みを買い激しく威嚇されたが、取材の為なら致し方ない。
褒美のおやつで許せ猫共よ。
取材班は具体的にどの猫を撮るとは言っていないが、できるだけ銀次郎を多く撮って貰いたいものである。
黒兵衛は見ての通り全身黒尽くめで見栄えが悪いし、斑丸はお世辞にもいい顔とは言えない。
グレーの毛並みと整った顔立ちの銀次郎が、最も写真映えするのだ。
ところがどっこい、今日に限って朝から銀次郎を見失っているのである。
別に行方不明になるほど広い家ではないのだが、何かを察してかどこかに隠れてしまっているのだ。
黒兵衛は呑気にベッドで昼寝をしていた。
「おい黒兵衛、銀次郎知らないか?」
「知らんニャ」
布団の下、クローゼットの中、猫用ベッドにもいない。
「銀次郎、銀次郎おいで。おやつだぞ」
声をかけながら探していると、壁と棚の僅かなすき間にうずくまる小さな灰色の物体を見つけた。
「なんだ銀次郎。そんなすき間に隠れて」
銀次郎は飼い主に尻を向けて聞こえないふりをしている。
「ほら、出ておいで」
私は銀次郎の腰を掴み、強引に引きずり出した。
「ギャババババ……」
「なんだその態度は!」
銀次郎は床に爪を立てて、威嚇の声を上げる。
まあいい。取材班が来た時に引っ張り出せばいいだろう。
約束の時間の5分前、ついに猫雑誌の取材班がやって来た。
「天音先生、はじめまして。『ニャンコの気持ち』編集部の小尾と申します」
「はじめまして、カメラマンの足立です」
小尾さんは30代半ばくらいの明るい女性、足立さんはモッサリと髭を構えた眼鏡の中年男性。
どちらも猫柄の服を着ているところが、いかにも猫好きという感じだ。
「はじめまして、天音です。汚いところですがどうぞ」
我々は名刺交換もそこそこに、取材の準備を始めた。
「さて、取材なのですがインタビューと撮影、どちらから始めましょうか?」
「どちらからでも……」
「天音先生の猫ちゃんのご都合でお願いします。猫ちゃんによって撮影を怖がる子と怖がらない子がいるんですよ。人懐っこい子でしたら、先に写真を撮っちゃいましょう」
「はあ、そうなんですか」
「もし人見知りしているようでしたら先にインタビューをして、慣れてきた頃に撮影をしましょう」
さすが猫雑誌の記者。私の都合ではなく猫の都合に合わせてスケジュールを組むのか。
その時であった。普段素知らぬ顔をしている黒兵衛が、我々のもとにやって来た。
「ニャアアン」
「あら~可愛い!この子黒兵衛ちゃんですね!」
さすが猫雑誌の記者。紹介していないのにもう我が家の猫を把握している。
「ウニャアン」
黒兵衛は小尾さんの膝にスリスリと頭をこすりつけ、甘えたそぶりを見せ始めた。
「ふふふ、可愛い。この子人見知りしませんね」
さすが猫雑誌の記者。すでに黒兵衛を手懐けている。
「先に撮影からしちゃいますか」
カメラマン足立さんの提案により、まずは写真撮影となった。
そういえば銀次郎はどこへ行ったのだろう。できれば奴を撮ってほしかったのだが。
「あの、うち三匹いるんです。出来れば他の猫を撮ってほしいのですが……」
「大丈夫ですよ!猫ちゃんは全員撮らせていただきますので!まずは黒兵衛ちゃんからにしましょう!」
小尾さんもこう言っているので、とりあえず黒兵衛から撮って貰うとするか。
「ではそうですね。光の加減もあるので……。そこの本棚の前で、黒兵衛ちゃんを抱いていただけますか」
さすが猫雑誌のカメラマン。的確な指示でポジションを決めてくれる。
本棚の前なら、私の過去作も写るしちょうどいいではないか。
「はあ~い。撮りますよお。猫ちゃあ~ん」
ううむ、このカメラマン髭面の大男の癖に、文字通り猫撫で声で少々気持ちが悪い。
「コラ黒兵衛、暴れるんじゃない」
突然の撮影に驚いたのか、黒兵衛はグニャグニャと体をくねらせもがき始める。
「大人しくしなさい!」
私は力ずくで黒兵衛を押さえつける。
「自然な感じでいいでちゅよ~。あ、いいですよ~」
おいおいこの男、私にまで赤ちゃん言葉を使うんじゃない。
暴れる黒兵衛をどうにか抱きかかえ、私は出来るだけ自然な笑みを浮かべた。つもりでいた。
撮り終えた写真を足立さんが確認する。
「えーと……えっと、天音先生、ちょっと見てください……」
「どれ……」
そこには引き攣った笑顔を浮かべこれから猫を虐待しようとしているとしか思えない、サイコキラーのような男が写っていた。
「ね、猫ちゃんは写真が苦手な子もいますからね!別の子も撮ってみましょうか!」
足立さんの必至な口ぶりから、一瞬にして(この写真は使い物にならない)という事実を察した。
「ほかに斑丸ちゃんと銀次郎ちゃんもいるんですよね!」
小尾さんが明るい声かけで空気を換えようとする。
「はい、よくご存じですね」
「先生のブログを拝見したので」
「その辺にいると思うので連れてきます」
二匹は台所の隅で身を寄せ合っていた。突然の来客に驚いたのだろう。
「銀次郎、おいで」
銀次郎は目をつぶり、耳を後ろに寝かせて身を反らせた。
「そんな虐待を受ける子供のような反応をするんじゃない」
逃げ腰の銀次郎を抱き抱えてリビングへ連れて行く。
「ウボァーーッ!」
銀次郎は腹の底から絞り出すような悲鳴を上げて逃げようとする。
「だ、大丈夫ですか!?」
小尾さんは正気の沙汰ではない銀次郎の悲鳴を聞き、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です。普段は大人しい猫なんですよ……」
その時だった。
銀次郎は全身の筋肉を力ませ、両手両足の爪を立てながら垂直に飛び上がった。
まるでロケットを発射するかの如く。
一瞬の出来事に、呆気に取られる一同。
凍り付く私。
家の何処かへ行方をくらます銀次郎。
「アア……血!」
小尾さんの怯えたような声で気付く。
私の首筋には一本の細長い傷ができており、そこからタラリと血が流れていた。
血はとめどなく流れて、私の一張羅を赤く染め上げた。
「消毒!消毒しないと!」
足立さんも慌てて私の止血を手伝い始めた。
本当に取材などできるのだろうか。
傷の手当てをしながら、一抹の不安を感じるのであった。
見苦しいごみは捨て、脱ぎ捨てた衣服はクローゼットにしまう。
最新のカメラは小さな埃まで写してしまう恐れがあるので、塵一つ残らないよう入念に掃除をする。
あまりにもこざっぱりし過ぎると嫌味に感じられそうなので、さり気なく日頃の愛読書や過去作を飾り、小説家感を出す。
もちろん原稿用紙やペンも忘れずに。
片付けすぎず仕事道具は見せておくのがポイントである。さもしい小細工ではあるが。
そうそう忘れてはいけない。
猫雑誌の取材なのだから、普段いかに猫を可愛がっているかもわかるようにしなければ。
床に散らばった猫じゃらしやネズミのおもちゃは、綺麗な収納ケースに入れて見せる収納にする。
猫砂が散らばらないようトイレの下に敷いた新聞紙は、見苦しいので捨てておこう。
キャットフードは置いておいた方がいいだろうか?
いや、スポンサーの関係もあるのでメーカー名が写るのはまずいかもしれない。
丸一日掃除に費やした結果、「質素ながらも愛猫と生活しながら小説を手掛ける作家の部屋」が完成した。
取材は明後日、インタビュアーとカメラマンが来るという。
そして取材当日、私は普段着よりも高級な、それでいていかにもブランド品を見せつけるような下品さはない上等な服を身に着けた。
こういう時全身高級品で固めるのは、見栄っ張りの下劣な魂胆である。
うん。なかなかよくできた、知性と清潔感溢れる立派な小説家ファッションではないか。
作家にファッションが関係あるのかはわからぬが。
猫三匹は昨夜代わる代わるブラッシングをしたので、毛並みは美しく滑らかな輝きを放っている。
無論ブラッシングを嫌がる猫共の恨みを買い激しく威嚇されたが、取材の為なら致し方ない。
褒美のおやつで許せ猫共よ。
取材班は具体的にどの猫を撮るとは言っていないが、できるだけ銀次郎を多く撮って貰いたいものである。
黒兵衛は見ての通り全身黒尽くめで見栄えが悪いし、斑丸はお世辞にもいい顔とは言えない。
グレーの毛並みと整った顔立ちの銀次郎が、最も写真映えするのだ。
ところがどっこい、今日に限って朝から銀次郎を見失っているのである。
別に行方不明になるほど広い家ではないのだが、何かを察してかどこかに隠れてしまっているのだ。
黒兵衛は呑気にベッドで昼寝をしていた。
「おい黒兵衛、銀次郎知らないか?」
「知らんニャ」
布団の下、クローゼットの中、猫用ベッドにもいない。
「銀次郎、銀次郎おいで。おやつだぞ」
声をかけながら探していると、壁と棚の僅かなすき間にうずくまる小さな灰色の物体を見つけた。
「なんだ銀次郎。そんなすき間に隠れて」
銀次郎は飼い主に尻を向けて聞こえないふりをしている。
「ほら、出ておいで」
私は銀次郎の腰を掴み、強引に引きずり出した。
「ギャババババ……」
「なんだその態度は!」
銀次郎は床に爪を立てて、威嚇の声を上げる。
まあいい。取材班が来た時に引っ張り出せばいいだろう。
約束の時間の5分前、ついに猫雑誌の取材班がやって来た。
「天音先生、はじめまして。『ニャンコの気持ち』編集部の小尾と申します」
「はじめまして、カメラマンの足立です」
小尾さんは30代半ばくらいの明るい女性、足立さんはモッサリと髭を構えた眼鏡の中年男性。
どちらも猫柄の服を着ているところが、いかにも猫好きという感じだ。
「はじめまして、天音です。汚いところですがどうぞ」
我々は名刺交換もそこそこに、取材の準備を始めた。
「さて、取材なのですがインタビューと撮影、どちらから始めましょうか?」
「どちらからでも……」
「天音先生の猫ちゃんのご都合でお願いします。猫ちゃんによって撮影を怖がる子と怖がらない子がいるんですよ。人懐っこい子でしたら、先に写真を撮っちゃいましょう」
「はあ、そうなんですか」
「もし人見知りしているようでしたら先にインタビューをして、慣れてきた頃に撮影をしましょう」
さすが猫雑誌の記者。私の都合ではなく猫の都合に合わせてスケジュールを組むのか。
その時であった。普段素知らぬ顔をしている黒兵衛が、我々のもとにやって来た。
「ニャアアン」
「あら~可愛い!この子黒兵衛ちゃんですね!」
さすが猫雑誌の記者。紹介していないのにもう我が家の猫を把握している。
「ウニャアン」
黒兵衛は小尾さんの膝にスリスリと頭をこすりつけ、甘えたそぶりを見せ始めた。
「ふふふ、可愛い。この子人見知りしませんね」
さすが猫雑誌の記者。すでに黒兵衛を手懐けている。
「先に撮影からしちゃいますか」
カメラマン足立さんの提案により、まずは写真撮影となった。
そういえば銀次郎はどこへ行ったのだろう。できれば奴を撮ってほしかったのだが。
「あの、うち三匹いるんです。出来れば他の猫を撮ってほしいのですが……」
「大丈夫ですよ!猫ちゃんは全員撮らせていただきますので!まずは黒兵衛ちゃんからにしましょう!」
小尾さんもこう言っているので、とりあえず黒兵衛から撮って貰うとするか。
「ではそうですね。光の加減もあるので……。そこの本棚の前で、黒兵衛ちゃんを抱いていただけますか」
さすが猫雑誌のカメラマン。的確な指示でポジションを決めてくれる。
本棚の前なら、私の過去作も写るしちょうどいいではないか。
「はあ~い。撮りますよお。猫ちゃあ~ん」
ううむ、このカメラマン髭面の大男の癖に、文字通り猫撫で声で少々気持ちが悪い。
「コラ黒兵衛、暴れるんじゃない」
突然の撮影に驚いたのか、黒兵衛はグニャグニャと体をくねらせもがき始める。
「大人しくしなさい!」
私は力ずくで黒兵衛を押さえつける。
「自然な感じでいいでちゅよ~。あ、いいですよ~」
おいおいこの男、私にまで赤ちゃん言葉を使うんじゃない。
暴れる黒兵衛をどうにか抱きかかえ、私は出来るだけ自然な笑みを浮かべた。つもりでいた。
撮り終えた写真を足立さんが確認する。
「えーと……えっと、天音先生、ちょっと見てください……」
「どれ……」
そこには引き攣った笑顔を浮かべこれから猫を虐待しようとしているとしか思えない、サイコキラーのような男が写っていた。
「ね、猫ちゃんは写真が苦手な子もいますからね!別の子も撮ってみましょうか!」
足立さんの必至な口ぶりから、一瞬にして(この写真は使い物にならない)という事実を察した。
「ほかに斑丸ちゃんと銀次郎ちゃんもいるんですよね!」
小尾さんが明るい声かけで空気を換えようとする。
「はい、よくご存じですね」
「先生のブログを拝見したので」
「その辺にいると思うので連れてきます」
二匹は台所の隅で身を寄せ合っていた。突然の来客に驚いたのだろう。
「銀次郎、おいで」
銀次郎は目をつぶり、耳を後ろに寝かせて身を反らせた。
「そんな虐待を受ける子供のような反応をするんじゃない」
逃げ腰の銀次郎を抱き抱えてリビングへ連れて行く。
「ウボァーーッ!」
銀次郎は腹の底から絞り出すような悲鳴を上げて逃げようとする。
「だ、大丈夫ですか!?」
小尾さんは正気の沙汰ではない銀次郎の悲鳴を聞き、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です。普段は大人しい猫なんですよ……」
その時だった。
銀次郎は全身の筋肉を力ませ、両手両足の爪を立てながら垂直に飛び上がった。
まるでロケットを発射するかの如く。
一瞬の出来事に、呆気に取られる一同。
凍り付く私。
家の何処かへ行方をくらます銀次郎。
「アア……血!」
小尾さんの怯えたような声で気付く。
私の首筋には一本の細長い傷ができており、そこからタラリと血が流れていた。
血はとめどなく流れて、私の一張羅を赤く染め上げた。
「消毒!消毒しないと!」
足立さんも慌てて私の止血を手伝い始めた。
本当に取材などできるのだろうか。
傷の手当てをしながら、一抹の不安を感じるのであった。