第10話 猫好きの娘
文字数 2,396文字
私が手掛けた無味無臭の恋愛小説だが、出版社のお情けなのか書籍化が決まった。
寅本が言うには、書籍化で人気が出る作品もあるという。
という訳で、今日は書籍化にあたり打ち合わせである。
「書籍化にあたり表紙を決めたいのですが」
「それはデザイナーの仕事じゃないのか?」
「表紙は単行本の顔ですからね。できるだけ読者の目を惹くデザインじゃないと」
「そのへんはよくわからんから、デザイナーと決めてくれ」
私は文字書きなのでデザインの良し悪しはわからない。
そもそも小説というのは中身が大切なのだから、最低限タイトルと著者名が判ればいいと思うのだが……。
寅本はテーブルに幾つかの紙を並べた。
そこにはアニメのようなイラストが描かれていた。
「この中から選ぶとしたら、どの絵師さんがいいと思います?」
「何が?」
「表紙のイラストです。なるべく若者受けする人に描いて貰おうと思って」
「ちょっと待て。俺の小説にこの漫画みたいな絵を載っけるのか?」
「はい。内容がティーン向けの青春恋愛ものなので、表紙絵もイメージの近いもので10代にアピールします。この辺の絵師さんなんて、いいと思うんですけど」
待ってくれ。確かにあの小説は私が得意とする作風とは、てんでかけ離れていた。
だからといって、いかにも漫画みたいな絵を表紙にするなんて、それはあんまりじゃないか?
これでは私が書店で馬鹿にしていた、あの山積みされたライトノベルと大差ない。
「こういったのは好きじゃないな。もっと抽象的な、それこそタイトルと著者名さえ書いてありゃいいんだけど」
「お気持ちはわかりますけど、それじゃ売れないんですよ。最近の人はほとんど表紙の絵で買うかどうかを決めますからね。ジャケ買いって言うんですか?ぶっちゃけホラ、表紙が良ければ騙せますから!」
「騙せる……」
「この人の絵とか、結構いいと思うんですけど。先生のイメージ的にはどうですか?」
寅本はどれもこれも似たり寄ったりな絵を指さして説明するが、今の私にはまったく響かない。
「つまり、小説の中身より表紙の方が大切だと」
「そういうわけじゃないですけど、やっぱり一番は買って貰う事ですし!」
寅本は非常に仕事熱心な編集だ。業務には真面目に取り組むし、人当たりもいい。
しかし、ビジネス上の付き合いとして、私とは非常に相性が悪い。彼は売り上げを第一に考えている。
無論、作品は売れるに越したことはない。
しかし、作家にとって自分が手掛けた作品より、表紙の見てくれが大事だと言われると、それはもう作家としてのプライドがズタズタなのである。
ここで、ベストセラーを何作も生み出しいる売れっ子作家なら、「ふざけるな!」と一言怒鳴り、漫画の絵をぶちまけただろう。しかし私は売れない底辺小説家である。
そのうえ、不本意とはいえ三匹も猫を養う身である。
あいつらに食わせる為にも、ここでプライドを見せる訳にはいかんのだ。
怒りと悔しさで震える喉元に、ぐっと力を入れた。
「絵についてはよくわからんから、一番売れそうなのを選んでくれ」
「そうですか。では、スケジュールが合いそうな絵師さんを適当に選んで、頼んでおきます」
結局私の小説には、キラキラとした漫画の絵が飾られた。
表紙絵の効果か、思ったよりこの作品は売れたのだが、これはまた後の話である。
「ところで先生、また猫ちゃん増えたんですって?」
寅本は唐突に猫の話題をふっかけた。
いつもなら乗らない話題だが、今の苛立った感情を抑えるにはちょうどよかった。
「ああ、野良猫ばっかり三匹」
「いいですね。猫ちゃんが三匹もいると可愛さも100倍ですよね」
「どの国の計算法をすればその数値が出るんだ……?」
「そういえば最近若いバイトの子が入ったんですけど、その子も猫が好きって言ってましたよ。ねえ、根津ちゃん」
「はあい」
根津ちゃんと呼ばれた若い女性が駆け寄ってきた。
まだ学生だろうか?
取り立てて美人ではないが、若い。とにかく若い。
茶色く染めた髪をおかっぱのようにカットして、目の周りと唇をやたらと赤く化粧していた。
「こちら、天音先生」
「はじめまして、根津と申します」
「あ、どうも」
普段会話をしない若い女性相手だと、どうもそっけなくなってしまう。
「天音先生、猫いっぱい飼ってるの。根津ちゃんも猫好きだよね?」
根津ちゃんとやらの目がキラリと光る。
「はい!猫大好きです!天音先生んちの猫ちゃんも見てみたいなあ」
根津ちゃんとやらは飛び上がって食い付いてきた。こういう若い女のテンションには到底ついていけない。
「じゃあさ、今度天音先生のお宅にお邪魔しちゃえば?生の原稿も見せて貰えるし」
「本当ですか!?嬉しい!」
「ちょっと!」
待て。何故お前が私の家に若い女を呼ぶ話をけしかけるんだ。当人である私を置いてけぼりで話を進めるな。
「あ、やっぱまずいっすか?」
寅本が調子よくにへへ……と笑う。
「いや、別にまずいって事はないけど」
ここで断ったら私の方が心の狭い悪人に見えてしまう。
盛り上がっている相手に水を指すような真似をすると、一気に空気の読めない、つまらない人間の立場になってしまう。
「適当に暇な時とかなら、別に構わないけど」
しどろもどろになりながら、曖昧な返事をしてしまった。
「本当ですか!?じゃあ今度暇な時にお邪魔します!」
根津ちゃんとやらは、大喜びで二つ返事をした。
もしかすると彼女は、「自分が暇な時」と勘違いしているのではないか。
遠回しに「こっちに暇な時が出来るまでは来るな」という意思表示をしたのだが。
「私、土曜日暇なんですけど、その日にお邪魔してもいいですか?」
ジーザス。やっぱり。
断る訳にもいかず、結局私は次の土曜日に、会ったばかりの若い女性を自宅に呼ぶ事になってしまった。
だから猫なんか飼うとろくなことがない。
まったくあいつらが引き寄せるのは不幸ばかり。三匹の疫病神は、またしても厄介ごとを持ち込んでくれたのだった。
寅本が言うには、書籍化で人気が出る作品もあるという。
という訳で、今日は書籍化にあたり打ち合わせである。
「書籍化にあたり表紙を決めたいのですが」
「それはデザイナーの仕事じゃないのか?」
「表紙は単行本の顔ですからね。できるだけ読者の目を惹くデザインじゃないと」
「そのへんはよくわからんから、デザイナーと決めてくれ」
私は文字書きなのでデザインの良し悪しはわからない。
そもそも小説というのは中身が大切なのだから、最低限タイトルと著者名が判ればいいと思うのだが……。
寅本はテーブルに幾つかの紙を並べた。
そこにはアニメのようなイラストが描かれていた。
「この中から選ぶとしたら、どの絵師さんがいいと思います?」
「何が?」
「表紙のイラストです。なるべく若者受けする人に描いて貰おうと思って」
「ちょっと待て。俺の小説にこの漫画みたいな絵を載っけるのか?」
「はい。内容がティーン向けの青春恋愛ものなので、表紙絵もイメージの近いもので10代にアピールします。この辺の絵師さんなんて、いいと思うんですけど」
待ってくれ。確かにあの小説は私が得意とする作風とは、てんでかけ離れていた。
だからといって、いかにも漫画みたいな絵を表紙にするなんて、それはあんまりじゃないか?
これでは私が書店で馬鹿にしていた、あの山積みされたライトノベルと大差ない。
「こういったのは好きじゃないな。もっと抽象的な、それこそタイトルと著者名さえ書いてありゃいいんだけど」
「お気持ちはわかりますけど、それじゃ売れないんですよ。最近の人はほとんど表紙の絵で買うかどうかを決めますからね。ジャケ買いって言うんですか?ぶっちゃけホラ、表紙が良ければ騙せますから!」
「騙せる……」
「この人の絵とか、結構いいと思うんですけど。先生のイメージ的にはどうですか?」
寅本はどれもこれも似たり寄ったりな絵を指さして説明するが、今の私にはまったく響かない。
「つまり、小説の中身より表紙の方が大切だと」
「そういうわけじゃないですけど、やっぱり一番は買って貰う事ですし!」
寅本は非常に仕事熱心な編集だ。業務には真面目に取り組むし、人当たりもいい。
しかし、ビジネス上の付き合いとして、私とは非常に相性が悪い。彼は売り上げを第一に考えている。
無論、作品は売れるに越したことはない。
しかし、作家にとって自分が手掛けた作品より、表紙の見てくれが大事だと言われると、それはもう作家としてのプライドがズタズタなのである。
ここで、ベストセラーを何作も生み出しいる売れっ子作家なら、「ふざけるな!」と一言怒鳴り、漫画の絵をぶちまけただろう。しかし私は売れない底辺小説家である。
そのうえ、不本意とはいえ三匹も猫を養う身である。
あいつらに食わせる為にも、ここでプライドを見せる訳にはいかんのだ。
怒りと悔しさで震える喉元に、ぐっと力を入れた。
「絵についてはよくわからんから、一番売れそうなのを選んでくれ」
「そうですか。では、スケジュールが合いそうな絵師さんを適当に選んで、頼んでおきます」
結局私の小説には、キラキラとした漫画の絵が飾られた。
表紙絵の効果か、思ったよりこの作品は売れたのだが、これはまた後の話である。
「ところで先生、また猫ちゃん増えたんですって?」
寅本は唐突に猫の話題をふっかけた。
いつもなら乗らない話題だが、今の苛立った感情を抑えるにはちょうどよかった。
「ああ、野良猫ばっかり三匹」
「いいですね。猫ちゃんが三匹もいると可愛さも100倍ですよね」
「どの国の計算法をすればその数値が出るんだ……?」
「そういえば最近若いバイトの子が入ったんですけど、その子も猫が好きって言ってましたよ。ねえ、根津ちゃん」
「はあい」
根津ちゃんと呼ばれた若い女性が駆け寄ってきた。
まだ学生だろうか?
取り立てて美人ではないが、若い。とにかく若い。
茶色く染めた髪をおかっぱのようにカットして、目の周りと唇をやたらと赤く化粧していた。
「こちら、天音先生」
「はじめまして、根津と申します」
「あ、どうも」
普段会話をしない若い女性相手だと、どうもそっけなくなってしまう。
「天音先生、猫いっぱい飼ってるの。根津ちゃんも猫好きだよね?」
根津ちゃんとやらの目がキラリと光る。
「はい!猫大好きです!天音先生んちの猫ちゃんも見てみたいなあ」
根津ちゃんとやらは飛び上がって食い付いてきた。こういう若い女のテンションには到底ついていけない。
「じゃあさ、今度天音先生のお宅にお邪魔しちゃえば?生の原稿も見せて貰えるし」
「本当ですか!?嬉しい!」
「ちょっと!」
待て。何故お前が私の家に若い女を呼ぶ話をけしかけるんだ。当人である私を置いてけぼりで話を進めるな。
「あ、やっぱまずいっすか?」
寅本が調子よくにへへ……と笑う。
「いや、別にまずいって事はないけど」
ここで断ったら私の方が心の狭い悪人に見えてしまう。
盛り上がっている相手に水を指すような真似をすると、一気に空気の読めない、つまらない人間の立場になってしまう。
「適当に暇な時とかなら、別に構わないけど」
しどろもどろになりながら、曖昧な返事をしてしまった。
「本当ですか!?じゃあ今度暇な時にお邪魔します!」
根津ちゃんとやらは、大喜びで二つ返事をした。
もしかすると彼女は、「自分が暇な時」と勘違いしているのではないか。
遠回しに「こっちに暇な時が出来るまでは来るな」という意思表示をしたのだが。
「私、土曜日暇なんですけど、その日にお邪魔してもいいですか?」
ジーザス。やっぱり。
断る訳にもいかず、結局私は次の土曜日に、会ったばかりの若い女性を自宅に呼ぶ事になってしまった。
だから猫なんか飼うとろくなことがない。
まったくあいつらが引き寄せるのは不幸ばかり。三匹の疫病神は、またしても厄介ごとを持ち込んでくれたのだった。