第17話 真相

文字数 5,325文字

 その日の午後、俺達は二階堂刑事に参考人として事情聴取を受けた。

 そこで、なぜ清水容疑者の空き巣の映像を早く見せてくれなかったのか、と厳しく質問してきたが、「警察が信用できなかったから」という雅人の言葉に、反論できないようだった。

 事実、俺たちは「二階堂刑事も共犯かもしれない」という疑いを持っていた。
 そして考え得るあらゆるパターンを想定して、徹夜であやかし山での追跡作戦を計画したのだ。

 万一、清水容疑者が逃亡した場合、四人で協力して彼女を追い込んでいこうと考え、その通りの展開になった。
 その時に使用した映像は、雅人と美玖が美術、技術担当し、優衣が演じた頭部のない幽霊で、清水刑事が本当に生首を埋めたのであれば、過剰に反応するはずだと予測していた。

 そして犯行を確信したときのために、彼女を追い詰める事になる恐ろしい演出を生み出したのは、その才能を発揮した優衣だった。
 映像は小型のプロジェクターで投影した。これはもっと早い時間、暗い内にしか使えないかもと考えていたが、濃い霧がゆらゆらと揺れるスクリーンの役割を果たし、日が昇ってからも有効に働いてくれた。
 清水容疑者が山中のどこにいるかは、彼女が逃亡を始めた瞬間に俺が投げつけた小型の発信器が教えてくれた。

 粘着性のジェルに覆われたそれは清水容疑者の背中にうまく付着し、発せられる電波によりその位置情報を優衣がモニターで監視。俺と雅人が彼女の無線指示に従い、逃げる相手の行く先に先回りし、例の幽霊映像を見せたのだ。

 清水容疑者に聞こえたであろう不気味な声は、発信器に内蔵しているスピーカーから、美玖が発していた。
 そして彼女が逃亡を始めた直後、優衣は二階堂刑事に連絡を取っていた。
 彼が共犯である可能性も考え、最後の逮捕の瞬間まで、その一部始終を腕時計型やペン型の隠しカメラで録画、録音していた。

 二階堂刑事は、俺たちが取った行動に対して、その推理力、技術力、チームワーク、そしてなによりその行動力に感嘆していた。また、犯罪者は逃さない、という意志の固さに対しても。
「さすがは国家権力と闘う、と断言しただけのことはあるな」
 二階堂刑事はそう冗談を言ったが、その目は少しも笑っておらず、寂しさと脱力感だけが感じられた。

 時が経つにつれて、事件の全容が明らかになってきた。
 被害者と彼女との接点は、表面上は意外にも薄く、面識もほとんどなかったという。

 その彼女は、いわゆる『キャバ嬢』だった。
 彼女に言い寄る男は多く、その一人が、清水容疑者の彼氏だったのだ。
 後に分かったことだが、彼女とその男性は、単なる店員と客という関係だけではなく、かなり親密な仲に発展していたという。

 そこにどれほどの憎悪劇があったのか、俺には分からない。ただ、何らかの理由で、彼女は人を殺した。

 刑事の身分を悪用すれば、人は簡単に騙されてしまう。
 今回、被害者を拉致したときも、「彼氏が酔っ払って暴れ、警察で身柄を保護している。あなたと面会したがっているから来て欲しい」という言葉を、警察手帳を見せながら話せば、すぐに導かれるまま自分の車に乗り込んで来たという。

 また、自分の恋人でもある彼の携帯をあらかじめこっそり盗んで電源を切っており、被害者が彼と連絡の取れない状態にしておいたらしい。
 そして、彼女は刑事らしく、犯罪に使われる薬品に対しても豊富な知識を持っていた。
 詳しい手口は明かしてもらえなかったが、それを悪用し、被害者を車中で眠らせた。
 清水容疑者が自宅で一人暮らしであったことも、犯行を行いやすくした。ガレージのシャッターを閉めれば、誰にも目撃されることなく被害者を絞殺することができたのだ。

 その後、自分の家の浴室に死体を運び込み、解体した。
 通常の人間ならば、その作業を行うにあたり、精神的に参ってしまうかもしれない。
 しかし彼女は刑事として何度も事故や事件に巻き込まれた死体を見ていたことから、ある程度耐性が付いていたのだろう。
 それでも、自分がとんでもない犯罪を犯したという事実、それが露見する事に対しての恐怖は、さすがに初めての経験だった。

 警察官が人殺しをするなど、あってはならない。
 しかし、殺してしまった以上、隠さなければならない。
 彼女は焦り、人気のない山道に入って、切断した遺体を投げ捨てた。
 被害者の首から下だけが、しかもバラバラの状態で見つかっても、正確な身元の確認は相当時間がかかる。

 被害者が一人暮らしで、同僚が捜索願いを出すまでに時間がかかった事も初動捜査を遅らせた。
 ただ、頭部があっては話が別だ。
 人相から、歯の治療痕から、最悪の場合、骨格からでも生前の顔かたちを把握することができる。
 刑事である彼女は、その事を知っていた。だから、頭部を自宅の冷凍庫に保存していたのだ。

 しかし、いつまでもそんな物を自宅に置いておくわけにはいかない。
 殺された彼女は事件当時に行方不明になっていたので、被害者の可能性がある人物として捜査対象リストには入っていた。しかし、彼女の職業柄、知人は非常に多かった。だから該当の男性には辿り付いても、大勢いる単なる常連客の一人と判断され、彼の別の彼女にまでは捜査の手が及んでいなかった。いや、及ばないように細工されていたのだ……捜査担当者である、清水刑事によって。

 あとは、俺たちが推理した状況と似ていた。
 一度捜索された場所は、二度は捜索されない。
 それを悪用して、彼女はあやかし山のあの場所に、頭部を埋めた。
 人通りがあり、一見危険な様にも思われるが、それが彼女の狙いだった。
 人通りがあると言うことは、自分が歩いていても自然な事なのだ。
 逆に普段人気がない山中に入っていけば、その方が不自然であり、「何かあるのではないか」と思われる。

 また、犯罪者の心理として、『隠した何か』に異常がないかどうか、監視したいという衝動にかられるものだという。その点でも、定期的に訪れても不自然ではないあやかし山は都合が良かった。
 それでも彼女は、誰かに見られた場合でも自分に疑いがたどり着く事のないよう、わざと特徴的な漆黒の長髪、目立つ口紅、そしてサングラスで変装した。

 清水刑事は、元々直射日光を浴びると、皮膚が赤くなりやすい体質だった。
 あの日も、彼女は出勤日となっていた。仕事で日を浴びる分には赤くなっても問題ないが、プライベートで早朝から屋外での作業を行ったことがばれるのは面倒だと考え、日焼け止めクリームを大量に塗っていた。それにより膚が真っ白になった。しかし、その方がかえって都合が良かったという。なまじ平凡な外見よりも、数々の特徴を持つ虚像の人間の方が攪乱できるとの計算だった。

 あやかし山では一歩遊歩道から外れれば、そこには滅多に人が立ち入らない場所が、何カ所もあった。
 彼女は、その中でも特に好条件の場所を選んだ。
 遊歩道からは死角になっており、埋める作業を見られる可能性が低く、そして比較的平坦であるため、雨が降っても周囲の土が流れ出ない場所。そして一度捜索対象となった場所から、三百メートルも離れていない場所。それがあのポイントだった。
 そしておぞましいことに、彼女が頭部を埋めていたのは、俺が優衣や雅人にロープで引きずり回されたポイントから、二十メートル程しか離れていなかった。

 俺たちが乱暴な撮影を続けていれば、万一にも生首を見つけてしまうかもしれない。
 撮影二日目の早朝に、清水刑事は二階堂刑事と一緒に、俺たちに撮影を止めさせるつもりで警告に来た。また、俺達が長髪の女の正体に気づいているかどうか確認する意味もあったらしい。
「住民からうるさいと苦情があった」と言っていたが、それは彼女の自演だった。

 二階堂刑事と一緒に来たのは、一人で警告に行くよりも効果的で、かつ、自分に疑いの目が向けられにくくするためだったという。
 しかし、俺たちは警告を無視して撮影を続けた。
 その様子を知った彼女は大いに焦り、とりあえず一時的に俺たちがそれ以上の撮影をできないよう、また、あわよくば撮影を完全に諦めるよう、カメラを盗んだと言うことだった。

 雅人の部屋に侵入した方法は、これもはっきりした手口を明らかにはしてもらえなかったが、刑事であれば鍵を持っていなくても、わずか数秒でドアを開ける手段はあったという。

 変装が同一だったのは、単純に何種類ものパターンを準備出来ていなかったことと、もし誰かに見られたとしても、「あやかし山で出会った不気味な女と、空き巣事件の発生時刻で目撃された人物の特徴が似ている」だけでは絶対に自分に結びつかないという自信があったからだ。

 そもそも、その程度の空き巣事件では警察は本気では動かないし、また、「不気味な女」の正体が分からない以上、俺たちを余計に混乱させ、怖がらせる結果になるかもしれないとも考えていたという。
 そこでの彼女の失敗は、薄暗い室内に入ったためにサングラスを外し、半分開いたカーテンの前に立ってしまった事だ。

 まさか、超望遠レンズで録画され、そして俺によって正体がばれることになろうとは、露程も考えていなかったらしい。
 そして俺達は、カメラを盗まれてもなお、あやかし山を徹底的に調べると言い出した。

 彼女としては、もし生首が見つかったとしても、誰もあの長髪の女が自分だと気づいてはいないはずだった。そういう意味では放置していても問題なかったのだか、一度疑心暗鬼になってしまうと、全てが悪い方に考えが向かってしまう。

 このままではまずいと思い、もう一度掘り起こして、別の場所に隠そうとしたのだという。
 冷静に考えれば極めて稚拙な行為だったのだが、人間追い詰められると、そのような行動を取ってしまうものだと改めて痛感させられた。
 結局のところ、彼女の最大の誤算……それは俺達四人が、ただの高校生では無かったということだ。

 今回の件、清水刑事の正体に気づいたところで、確定的な証拠がない以上、警察に通報しても相手にされない事案だった。高校生が自分たちだけで犯人をおびき出し、追い詰める事など、普通ならばできなかったはずなのだ。
 あながち、優衣が美玖に使った台詞である「自分達は特別な能力を持っている」は、誇大表現ではなかったのかもしれない。

 この事件は、日本中を震撼させる大ニュースとして報道された。
 現役の女性刑事、しかもバラバラ死体事件の捜査担当者が真犯人だった。
 マスコミは連日、事件の概要を(憶測も含めて)、大々的に取り上げた。
 それらは、俺達はあまり見たくないものだったし、実際にほとんど見なかった。
 そして懸念した通り、あやかし山には報道関係者が連日大挙して訪れる、ツチノコフィーバーの時以来の賑やかさとなった。
 ただし、今度は負のイメージの舞台として……。

 連日報道される今回の事件で、俺たちの存在が明らかにされることは無かった。俺たちが殺人・死体遺棄そのものには直接関係がなかったこと、そしてまだ高校生である、ということが配慮されたからだ。
 正直、それはありがたかった。

 なぜなら俺たちも、何とも言えないやるせなさを、今回の事件で実感してしまっていたからだ。
 自分達が取った行動は、正しかったのだろうか。
 清水刑事を、あそこまで追い詰める必要があったのだろうか。
 感情だけで行動した部分があったのではないだろうか。

 なにより、自分達の知っている人物が残虐な殺人犯だった事、そして人間が一人殺され、あやかし山に生首が埋められていたという事実。
 逮捕当日は無我夢中だったが、じわじわと暗く、陰鬱な感情がわき起こっていた。

 盗まれたビデオカメラとメモリカードは帰ってきた。
 しかし、放課後に視聴覚室に全員集まる日の方が珍しくなってしまった。
 また、集まったとしても、今後の予定を立てることができないでいた。
 梅雨時期の嫌な天気が続いたことも、俺たちの気持ちを暗くした。
 それでも……日が経つにつれて少しずつ、笑顔を取り戻しつつあった。
 そして七月に入って、騒動が沈静化してきた頃だった。
 放課後の視聴覚室。

「みんな……冒険映画、完成させよ! 内容はとっても明るいものだから、大丈夫よ」
 優衣が元気そうに叫んだ。
「でも、あやかし山が舞台のままだぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫。っていうか、私たちが、あやかし山を、元の誰でも散歩できる、住民に愛されるものに戻さなきゃ。そのためにも、このドラマで皆に楽しい気分になってもらいたいの」
「けど、あれで俺、撃ち殺される場面があるぞ?」
「いいの、あれは。ほんのギャグなんだから」

 殉職シーンはぐっとくる、なんて事言ってたけど、やはり本音はそうだったか。
「……ま、そうだな。せっかくあそこまで頑張って撮影したんだ。とりあえず、完成させるか。上映するかどうかは、作ってから決めればいいんだ」
 俺の言葉に、一年生の二人も顔を上げる。
「はい、お二人がそう言うなら、僕も頑張ります」
「えっと、私も……ですぅ」

 全員の意見が一致した。そしてここから、本当に一つになった。
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