第14話 盗撮

文字数 6,475文字

 日曜日、撮影した画像の編集をしたいと言っていた美玖と雅人に、マスターのメモリカードごとビデオカメラを渡していた。バックアップは取っていない。

 カメラだけなら、最近は三万円もあれば買い戻せるが、あの映像はもう還って来ない。
 今朝、雅人が学校に来るときは、それらは確かに彼の部屋に存在していたという。

 雅人の棲むアパートは、校舎から歩いて五分の近距離にある。ビデオカメラ二台を朝から校舎内に置いておくよりは、放課後に取りに帰った方が安全だと考えていたらしい。

 ところが、さっき美玖と一緒にアパートに帰ってみると、部屋の鍵が開いており、空き巣に荒らされていたというのだ。
 もちろん、ビデオだけでなく、現金やノートパソコン等も、ごっそり持ち去られていた。

「大変じゃないか、すぐに警察に知らせないと……」
「はい、でも、まずお二人にこの事を言っておかないといけないと思って……」
 それで二人して視聴覚室で俺たちを、しょんぼりと待っていたのだ。
「……まあ、こうしていてもしょうがない。警察に行って、犯人を捜してもらおう。見つかる可能性は低いけど……」
 もう俺としても、それしか言いようがなかった。

「犯人なら、分かるかも……」
 美玖が、蚊の泣くような小声でそう言った。
「えっ……今、何て言った?」
「でも……そうすると、多分、私……まーくんに嫌われますぅ」
 もう既に、彼女は泣き始めている。

「ミク、本当に犯人が分かるのか? どういう理由でか分からないけど、それが本当なら、僕は絶対君を嫌ったりしないから……教えてくれないか?」
 雅人は必死だ。そうだろう、金銭的にはともかく、俺たちの苦労の結晶である撮影データが、自分のアパートから盗まれたのだから……。
「分かりました……皆さん、私の家に来てくださいぃ」
「え……ミクちゃんの家に?」
 優衣だけでなく、俺も雅人も、きょとんとしてしまった。

 彼女の家は、雅人のアパートよりも少し遠かったが、それでも歩いて十分ほどと、それほどの距離ではなかった。
 駅前の一等地にある、高層マンション。しかも、最上階だ。
 両親は共働きのエンジニアで、夜八時ごろまでは帰って来ないという。
 そして通された彼女の部屋。

「うおぉ」
 俺は思わず感嘆の声を上げた。
 およそ女の子の部屋らしからぬ、最新電子機器の数々。
 PCは馬鹿でかいタワー型にマルチディスプレイ。一眼レフのデジカメも見える。
 ビデオカメラも、見るからに高倍率対応のでかいレンズの付いた物が二台、並べられている。
 テレビも、八畳の部屋にしてはやや大きめ。たぶん四十二型ぐらいだ。
 他にもブルーレイレコーダーやノートパソコンなどが整然と並べられている。
 そのほとんどが黒で統一されており、美玖が普段見せる印象とはかけ離れて、部屋全体がクールな印象だ。

 なぜこれほど最新のAV機器が揃っているのか美玖に聞いてみると、彼女の父親が大手電子機器メーカーの新製品開発室長だということで、納得がいった。

 さすがに会社で開発中の製品を自宅に持ち込んでいるわけではないが、休日などでも市販のAV機器を改造したりして研究を怠らないという。それを自分の娘と一緒に行うところが、一般の家庭と違うところか。

 そして彼女は、パソコンラックへと向かう。俺たちもその後に続く。
 ためらいながら、PCにIDとパスワードを打ち込む。
 するとそこには、雅人の笑顔のアップが、壁紙として表示されていた。
 思わず吹き出しそうになるのを我慢する。優衣も雅人も、ちょっと引いていたが、まあこれは想定の範囲内だ。

 しかし、これで何故雅人のアパートに侵入した空き巣が分かるというのか。
 美玖は、今度はかなり躊躇した挙げ句、「ごめんなさい!」と叫んで、画面上のアイコンの一つをダブルクリックした。
 するとそこには、いくつかの写真が並んで飾られているアプリケーションが表示された。
 見たことのあるアパートらしき建物の全景、その内のドアの一つのアップ、そして窓越し、わずかに開いたカーテンの隙間から、部屋の中の様子がはっきりと映されている。
 角部屋で、廊下からはのぞき込むことが出来ない位置にその窓はある。だから油断してきちんとカーテンを閉めていなかったのだろう。
 そしてそれはどこかで見覚えのある特徴的な部屋……雅人のそれだった。
 しかし、前見たときと違って、かなり散らかっている。
「これって僕の……それも、今の……」
「そう……まーくんの部屋の、今の様子ですぅ」
 えっ? 今の?
 これって、ひょっとして……写真じゃなく、生中継?
「どっ……どういうことなのさ?」
 雅人がすっとんきょうな声をあげる。当然の反応か。

「ごめんなさいぃ……私、前から、まーくんの部屋、ずっとここの三台の望遠カメラで見てたんですうぅ」
 一同、唖然。

 なるほど、確かにこの高層マンション、それも最上階からならあたりの景色を一望できる。雅人のアパート、その向こうには学校も見える。そうか、授業中の様子なんかも、ここから撮影していたんだな。
 けど、これはちょっとダメだろう。部屋の中まで撮影していたのなら、本格的にストーカーじゃないか。もし同じ事を、俺が優衣に対してしていたならば、間違いなく彼女に殺されるレベルだ。

「でも、なんでカーテンがずっと半開きだったんだ?」
「それは……あのぅ……」
 美玖が口ごもる。彼女は何か知っているようだ。
「……すみません、僕は毎朝、綾樫高校の生徒が登校している様子、見てたんです」
「生徒の登校……つまり、優衣の登校をか」
 俺に核心をつかれ、ぎょっとした顔になる雅人。そして真っ赤になって視線を落とす。
「でも、最近は私がまーくんの家の近くまで行くと、出てきてくれるようになってましたぁ」
 美玖がちょっと嬉しそうな、恥ずかしそうな、そして申し訳そうな表情で語る。

「それで美玖ちゃんを見かけたら、慌ててそのまま半開きのまま出てきてたのね。でも、ずっと生徒の様子見てたんじゃあ、生徒の方からも雅人君が見えてたんじゃないの? それだと不審がられない?」
「いえ……少なくとも日中は、外から部屋の中は、光がギラギラ反射してはっきりとは見えないはずだったんです。僕も時々、降りてきたら確認してました。開けっぱなしといっても、ほんの十センチぐらいだったし、こんなにはっきり部屋の中が映っているなんて……」
「……なるほど、偏向レンズか」
「へんこう……レンズ?」
「ああ」
 説明がちょっと面倒くさかったので、俺はそのキーワードを今操作しているPCの検索サイトに入力し、結果をみんなに見せた。

「……ふーん、ガラスに映るギラギラを押さえるレンズなのね」
「そう。こういうのに詳しい美玖なら、知っていて当然だろう」
 俺にそう指摘され、彼女はまた泣きそうな顔で下を向いてしまった。
「じゃあ、謎が解けたところで、本題に入るわね。さっきの話だとこの画像、録画されているみたいね」
 優衣、お前は何故そんなにさらっと流せるんだ。まあ、今回の場合、そうした方がいいけど。
「はい……二十四時間、最低三日分は録画してますぅ」
 これも凄い。さすがに雅人に同情してしまう。
「じゃあ、早速、今日彼が登校した後の様子、見てみましょう」
「はい……」
 美玖は力なく返事すると、「録画画像」と書かれたタブを手慣れた手つきで操作していた。

 ちなみに雅人はこの時、口をあんぐりと開けて床に座り込み、うつろな目で天井を見つめていた。かわいそうに……。

 画像を雅人が登校した直後まで戻すと、部屋は片付いていた。
 ここから少しずつバーを操作し、時間を進めていく。
「あっ……ここよ!」
 そこには、雅人の部屋の前であたりを見渡した後、しゃがみ込んで明らかに怪しい挙動をそている人影が映っていた。
「えっ……これって……あやかし山で会った怪しい女だ!」
「「「えええっ!」」」
 俺の指摘に、他の三人が同時に叫んだ。

「長髪、サングラス、濃い口紅……間違いない!」
「でも、どうして雅人君の部屋に……」
 そうしている内に、ドアは開いた。
 女は、一度あたりを見渡した後で、素早く部屋の中に入り、そしてまたドアを閉めた。
「……この女、何者なんだ……」
 全員、薄気味悪い恐怖を感じているようだった。

 そして一瞬、わずかに開いたカーテン越しに、女が映る。
 しかしそれに気づいた女が、すぐにそのカーテンを閉めた。その一瞬のみ、サングラスを外した彼女の顔が、鮮明に写っていた。
 ぞわっ、と俺の頭の中に、何か――たぶん、いわゆる「脳内物質」――が噴出されるのを感じた。

「清水……刑事?」

 俺のつぶやきに、他の三人が、「えっ?」と反応し、きょとんとした視線を向けた。
「今の、窓ガラスに映った女の顔をもう一度映してくれ!」
 興奮気味に、俺は美玖に詰め寄った。
 彼女は、少し怯えながら、震える手でマウスカーソルを戻した。
 再び表示された、サングラスを外した女の素顔。極端に色白で、異常なほど鮮やかな口紅。そして焦りを感じてるのが見て取れるその目に、俺は確かに見覚えがあった。

「この目、そして鼻筋……清水刑事に間違いない!」
 興奮し、大声で叫んでしまった。
「そんな、まさか……体型も、輪郭も全然違うじゃない。清水さんは、もっとほっそりしているわよ」
「いや、俺は騙されない。一見、丸顔にみえるが、頬がおかしい。たぶん何か詰めている。体型だって、何か着込んでいるに違いない。不自然に長い髪はウイッグだ。けど、目鼻だけはごまかせない。化粧をしていたって分かる、これは絶対に清水さんだ!」

 俺の断言に、雅人、美玖は唖然としている。だが、長いつきあいの優衣だけは分かってくれていた。

「……二人とも、信じられないでしょうけど……翔太は一度見た顔は、今まで一度も忘れたことがないの。私もビックリするぐらい、良く覚えている。だから、翔太が同じ人だって言うのだったら、その通りなのよ」
「ああ。特に若い女の人の顔とかだったら、もう本当に絶対に忘れない!」
 ……脇腹に優衣の肘打ちが突き刺さり、俺は悶えた。

「とにかく……二人ともよく見て、翔太の言うとおり、清水刑事っぽいと思わない?」
 しかし、返事はない。
 美玖は美玖で、自分の所行が雅人に知られてしまった事実に今だうちひしがれている様子だし、雅人も自分のプライベートが覗かれていたショックから抜け出せていない。つまり、半分「心ここにあらず」、といった感じだ。
 その後の部屋の中は、カーテンが閉められたため分からない。

 そしてものの三分で、彼女は重そうな大きなカバンを抱え、早々とその場を立ち去った。
「……一体、何が起きているんだ……」
 俺も優衣も、理解不能な状態に陥った。
 混沌。
 この状況を一言で表すならば、まさにそれだった。
 とりあえず、このままじゃラチが開かない。
 少々強引だが、ここは俺がなんとかまとめなければ。

「とりあえず、状況を整理しよう。まず美玖。おまえは雅人に対して、とんでもない裏切り行為をしていたんだ。それは分かるな」
「はい……ごめんなさいぃ」
「俺に謝るより、雅人にあやまらなきゃならない。そして、今回のは、一生かけてでも償わなければならない。それを認識しなきゃダメだ」
「はい……」
 さすがに反省しているのか、ずっとすすり泣いている。

「それから、雅人。落ち込む気持ちは分かるが、おまえは今回の犯人を調べるにあたり、『絶対に美玖を嫌ったりしない』って言ったんだ。だから彼女も、お前にすべて打ち明けた。それにこんなに反省しているんだから、許してやらなきゃダメだ」

「はい、それは分かってて……僕も、ミクの事、嫌ったりしません。ただ、夜もカーテン、半開きにしてたことがあったんです。アパート、二階だから、下からだったら部屋の中までは見られないと思っていました。それがミクに全部見られていたっていうのが、ショックで……」

「あら、そうなの? 別にトイレや風呂場が覗かれていたんじゃないし、男の子なんだから、見られたって平気なんじゃないの?」
 優衣は分かっていないなあ。一人暮らしの健全な青年が、自分の部屋で一体何をしているのか。

「いずれにせよ、後は二人の問題だからよく話し合って解決するしかないな。俺たちも相談には乗るし、二人には仲良くなってもらいたいと思ってるよ。それはそれとして、問題はこの空き巣の正体だな……」

 俺たちはなお念入りに、録画された映像を検証した。そして、彼女以外、雅人が帰ってくるまで誰も部屋に入っていないことを確認した。
「……でも、これとんでもない事じゃない? 現役刑事が空き巣なんて……全国ニュースレベルよ。当然、彼女は警察をクビになるわ」
 優衣の言葉に、全員真剣な表情になった。

「ああ……だが、この映像だけじゃ、たぶん警察は動かない。俺がどれだけ確信していても、ただ単に『似てる』っていうだけだ。それに、何か盗んでいるところがはっきり映っているわけでもない。そもそも、十万円にも満たない被害額の空き巣事件なんだ、鑑定に回して詳細に分析したりもしないだろう。疑われているのが身内とすればなおさらだ。……ただ、それよりももっと気になることがある。なんでこんな事をしたのか、だ」
「……この人、空き巣の常習犯で、たまたま今回雅人君のアパートに入った……って訳じゃ無いわよね」
 優衣の冷静な分析。

「ああ。それは絶対にない。最初っから雅人を狙っていた。いや、雅人をっていうより、おそらく目的は、あのあやかし山で撮影した動画だろう」
「僕が持っていた動画? どうしてですか? 何かまずい物が映っていたとか」
「そう、動機はそんなとこだろう。でも、一体何を……」
「やっぱり、ツチノコ?」
「いや、それはないって」
「じゃあ、なんなのよ」
「何だろう……彼女は刑事……今担当しているのは、例のバラバラ事件……」
「じゃあ、考えられるとしたら、生首?」
「まさか。生首は作り物だったって、わざわざ警察に謝りに行ったじゃないか。あのときさんざん文句言ってきたのも、清水刑事だった。彼女はあの山に本物の生首はないと知っている」
「そっか……じゃあ、どうしてあの後もあの人、あやかし山に行ってたのかしら? 念のためもう一度探しにいったとか」
「だから、何度も言うように、生首を探すなんて事はないって。一旦捜索して見つからなかったし、イタズラって分かったんだ。もう一度探すなんて事はしないはずだ」
「へえ……でも、もう探さないんだったら、私が犯人だったら、あえてそこに隠すわね」
「なるほど、それはそうかもしれない。でも、生首の捜索したなんて知っているのは、俺たちの他は、警察内部の人間……だ……け……」

 そこまで話した俺の背中に、ざわざわっ、と冷たいものが流れた。
 一度捜索した場所を、もう一度捜索することはない。
 それを知っている犯人ならば、あえてそこに隠す。
 生首騒ぎがあった後、長髪の怪しい女と、早朝にあやかし山の麓で出会った。
 あのとき、リュックを背負っていたが、それに見合う重量の荷物が入っている様には感じられなかった。
 もし、登ったときだけに何か入れていたとしたら、何を入れていた?
 そして、どうして今回、自分の人生まで賭けて、俺たちのビデオカメラを盗んだ?

 そこに……そこに生首が映っているかもしれない、とでも思ったのか?
 そもそも、なぜ彼女は女性でありながら、バラバラ死体遺棄という残酷な事件の捜査担当をしているのか?
 数々の疑問が、ある一つの可能性を浮かび上がらせる。
 まさか、まさか、まさか――。

「優衣、雅人、美玖……俺たちは、想像を絶する大事件に巻き込まれているのかもしれない。こんな空き巣なんかよりも、もっと恐ろしいことに……」
 全員、なんとなく察したのか、俺の言葉に真剣に聞き入っている。
「……揺さぶりをかけてみよう。そしてこの事は、時が来るまで、絶対に誰にも言うな。わかったな?」
 三人とも、一斉に頷いた。
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