第12話 約束

文字数 3,839文字

 この後は、俺がハンターに変身する。

 どういうわけか、そのハンターはターミネー○ーに出てくる悪役みたいな黒づくめで、まさしく「殺し屋」のイメージにぴったりだ。こんな密猟者、いるわけないだろう!

 文句を言っても始まらないので、ハンターのシーンを、台本通りに演じていく。

 するとどういうわけか、全て一発OKでスムーズに撮影が進む。

「翔太、悪役演じるの、上手ね」

 それ、あんまり褒め言葉に聞こえないぞ。

 で、そうこうするうちに、いよいよクライマックスシーン。
 優衣の手には、包帯を巻かれた小さなツチノコの造形が抱きかかえられている。

 雅人の渾身の仕上げにより、「リアル」と「かわいらしさ」の両立が実現した傑作だ。どういう仕掛けなのか分からないが、その首と目は自動的にちょっと動く。

「へへっ、とうとう見つけたぜ、幻のツチノコを。しかもまだ子供か。そいつなら毒も少ないし、持って帰ることができるな」

 俺は、実際には決してやってはいけない、「銃口を相手に向ける」行為を行っている。

 緊張した面持ちの優衣、そして美玖。
 ちなみに雅人は、この場面では撮影に徹している。

「この人殺し! 翔太だけじゃなく、私たちまで殺そうっていうの!」

「なんだ、あのガキ、死んじまったのか。まあ、そうだろうなあ。腹を打たれたんだもんなあ。まあ、けど、素直にそのツチノコを渡したら、お前たちの命だけは助けてやってもいいぜ」

 普通は俺(翔太)が撃ち殺された時点で警察を呼ぶんだろうけど、そういうツッコミはなしだ。

「ふざけないで! たとえ私たちが殺されたとしても、この子だけはあなたには渡さないわ!」

「へえ、そうか、そういう事言うのか……だったら、望み通り殺してやらあ!」

 銃を改めて構え、優衣に狙いを定める。

「カートッ! うん、OK。翔太、迫真の演技だったよ」

 現場の緊張が解け、怯えた、けれども真剣な眼差しをしていた優衣の表情は、本来の笑顔に戻っていた。

「でも、翔太凄いわね。私、本当に撃ち殺されるかと思ったわ。何か私に恨みでも、ある?」

「ははっ、まさか。全部演技だよ」

 本当は今回虐げられている俺の役に対して恨み山積みだったけど、もちろんそんな事はおくびにも出さない。

 では、次のシーン。ここは現時点では撮影不可能だが、銃を撃とうとしている俺の足に、ツチノコが噛みつく。その後の展開。

「うっ、い、いてえぇ! うわぁ、なんだこいつ、噛みつきやがった!」

 俺は必死に足を振り払う。しかし、なかなか外れない。ここはツチノコの模型が、バネを仕込んだ口で実際に噛みついているのだ。

「う、いっつっ!」

 今度は左腕に襲いかかる、別のツチノコ。その時点で、手元から銃を取り落とす。

「うわぁ、た、たすけ……た……」

 四方から無数に飛びかかってくるツチノコの群れに、体をくねらせて悶え苦しむ俺。ここはCGの合成が入ることになる。

「カーット! OK! ナイスリアクションだったわ! 悶えるの、うまいね」

 そんなので褒められても、何にも嬉しくない。

「さあ、いよいよ極悪ハンターの最後よ。数千匹のツチノコに連れて行かれるわ。どうやって撮影するか、いろいろ考えたけど……やっぱりこれが一番ね」

 嬉しそうに語る優衣の手元には、束ねられたロープが握られていた。ものすごく嫌な予感がするんだけど。

「これを翔太の足にくくりつけて、私と雅人君で力一杯引っ張るわよ」

 やっぱり。俺、こんな役ばっかりだ。アクション担当って、そういう事だったのか。もっとかっこいいシーン、想像してたのに。

「じゃあ、さっそくやってみよう! ミクちゃん、撮影お願いね」

 地面に仰向けに寝て、両足をロープで縛られる俺。こんなとこ、一般の人に見られたらどうするつもりだろう。

 今撮影している場所は、雑木林の中でもやや木々が少なく、地面も平らで、木の葉が適度に積もっていて、滑りやすい環境ではある。けど、尖った石とか埋まっているかもしれない。見た目以上に危険だと思うんだけど。

 俺の両足から伸びるロープは、この平坦な空間の端の方にある大きな木の幹でその向きを百八十度変え、また俺の方に向かってきて、通り過ぎ、その先を優衣と雅人が持っている。美玖は優衣と雅人のコンビと、地面に仰向けに横たわっている俺の中間に立ち、そして遠ざかる俺だけを撮影するという段取りだ。

「じゃあ、行くわよ……スタート!」

 かけ声と共に、俺の足首に力が加わり、予想よりずっと早い速度で引っ張られていく。

「ぎええええぇえええぇーーっ!」

 演技ではなく、素で恐怖の叫び声を上げてしまった。

 ところどころで木の根っこかなんかに体が辺り、小さくバウンドする。結構痛いし、それ以上にもっと固い何かにぶつかりそうで、そっちの方が恐ろしい。
 端っこまで辿り付くと、ようやく動きが止まる。

「カットー! ……いまいち迫力が足りないわね……」

 ええ、もう一回やるのか? もうやだ。

「……そっか。仰向けだから、なにかまぬけな感じなんだわ。翔太、うつぶせになってみて。……て言っても、自分じゃ動けないか」

 その通り。
 俺は優衣と雅人に両腕を引っ張られて、元の位置にセットされる。完全にモノ扱いだ。

 そこで優衣の指示通り、うつぶせになる。

「いいわね。その体勢で、引っ張られた直後に木の枝か根っこか何かを掴んで、抵抗するの。けどそれも叶わず、指が離れ、さらに勢いよく木々の脇を抜けていってしまう」

 なんか細かいな。けど、ま、実際にそうなったなら、少しでも抵抗を試みるはずだから、リアリティは確かに出るかもしれない。

「じゃあ、スタート!」

「ぐわあぁあああーーっ!」

「……だめだめ、無抵抗だったじゃない、もう一回!」

「ぎょえええぇえええぇー!」

「……まあまあだけど、最後はやっぱり下に落ちた方がいいわね。斜面の下までロープを伸ばして、もう一回」

「あぎゃぎゃぎゃぎぇーっ! ほっ……ほええぇえぇー」

 勢い余って斜面から滑り落ちる俺。
 何とか二人共がロープを持っていてくれたから助かったけど、あのまま手を離されていたら、麓まで一気に落下していたかもしれない。シャレにならん……。

「はい、OK! いやあ、良かったわ。まさに迫真の演技だったわ。これで翔太の出番はおしまい。お疲れ様」

 あんなのが俺の最後だったんだ。悲しい……。

 前回同様、泥や落ち葉で汚れた俺の顔を優衣が濡れタオルでぬぐってくれる。

 けれども、俺は昨日以上に不機嫌だった。

「……もう、そんな顔しないで。大変だったのは分かるけど、どうしても必要なシーンだったから、妥協したくなかったの」

 さすがに優衣も、悪かったと思っているらしい。

「ああ、分かっているよ」

 口ではそう言っているが、やはり態度で不満な様子が出てしまう。

「……汗と泥で、体中、汚れちゃったね」
「ああ……」
「後で一緒に、お風呂入ろっか? 私、背中洗ってあげるから」

 ……ええええええええっーーー!

「マ……マジで?」
「うん。だから……機嫌、直してよ」
「分かった、直す!」

 沸き上がる期待感、幸福感。

「……すっごい笑顔ね。そんなに嬉しいの?」
「そりゃまあ、な。でも、本当にいいのか?」
「うん。それだけ翔太には感謝してるのよ」

 ああ、やっぱり優衣は、すばらしい女の子だ。彼女で良かった。

 もちろん、この会話のやりとりは小声でこっそり行ったので、雅人と美玖には聞こえていない。

 ていうか、彼らは彼らでちょっとテンパっていた。
 なぜなら、もうすぐ二人のキスシーンの撮影だったからだ。

 これは本当はクライマックスよりかなり前の場面なのだが、俺が登場するシーンを先にまとめ取りしていたため、後回しになっていたのだ。

 しかし、本当にキスシーン、撮影するんだな。
 美玖の方は雅人が好きだからまあいいとして、雅人はまだ態度を明確にしていなかった。ていうか、ひょっとしたらまだ優衣のこと、好きなのかもしれない。

 とりあえず、ツチノコの子供を手当てするシーンを撮影し、いよいよ問題の場面へ。

 優衣の「スタート」のかけ声とともに、それは開始された。

 雅人が、意を決したように美玖を抱き寄せる。
 彼女は頬を赤く染めており、一瞬雅人を見つめる。

 そして雅人は顔をゆっくりと美玖の方に近づける。彼女も少し背伸びをして、目をつぶって彼を待つ。

 ごく自然に、本当に自然に唇を重ねる二人。その時間、約三秒。
 そしてゆっくりと離れると、お互い照れたように下を向いた。

「カットー! 完璧! ね、翔太、良かったでしょ!」
「ああ、文句の付けようがない出来だ。俺、ちょっと感動したよ」

 これは本音だった。まさか奥手だと思っていた二人が、カメラの前でこれだけのキスシーンを爽やかに演ずるとは!

「そう言ってもらえるとよかったです。二人で何回も練習した甲斐がありましたぁ」

 恥ずかしそうにそうカミングアウトする美玖。

 練習? なんだ、もうプライベートでキスしてたのか。

 なんだかんだ言って、雅人も美玖の事が気にいっていたんだな。今も真っ赤になってはいるが、ぜんぜん嫌そうじゃない。これで策略家の優衣の狙いどおりになったな。

 キスを何回も練習か、うらやましいなあ。俺と優衣だって、まだあのときの一回だけだというのに。

 けど、俺と優衣、今日一緒に風呂に入る約束、してたんだ!
 どくん、と胸が高鳴るのを感じる。

(まてよ……優衣は策略家……なにか裏があるのでは……)

 一抹の不安がよぎった。
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