9話 救う義理はない
文字数 1,886文字
酒場への踏み込み捜査を行ったその3日後、アランの予想通りに殺人は起きた。正確には『殺人が起こるようにアランが仕組んだ』と言うべきなのだが、血液の違法売買の取り締まりと『不死者 』による殺人との明確な因果関係がないので声を大にして言える話ではなかった。
「お疲れ様です」
現場に到着したアランを警官たちが出迎える。既に現場はロープで囲われており、関係者以外が進入出来ないようになっていた。
「被害者の身元は? 」
アランは警官たちに質問を投げ掛けながら現場のエントランスに向かって歩き出す。
「ルクルッド商工会議長、ポール=ベルツ氏とその奥方シャルロット=ベルツ氏です。遺体は確認されますか? 」
「おぅ…… おわっ、これはヒドい」
アランがしゃがみこんで遺体の顔にかけてある布を取れば、もう地獄しかなかった。ポール氏の顔はほぼ判別不可能な程に潰されていた。それも『拳の跡』がくっきりと残ったままである。
「で、シャルロット女史は文字通りの八つ裂きか。こりゃ間違いない」
遺体の確認を終えたアランが立ち上がる。質問はさらに続いた。
「床が綺麗だな。血痕は? 」
「かろうじて反応が出る程度ですね。ほぼ1滴残らず持ち去ったようです」
「そうか。すまんな」
メモに情報だけを書き取りアランが立ち去ろうとすると、エントランスの前がなにやら騒がしい。ふと見ればなにやら金持ちの雰囲気が漂う、上品な顔つきの女性が警官に噛みついている。
「あれは? 」
「今回の被害者であるお二人の一人娘、アリア=ベルツ嬢ですね。どうなさいますか? 」
現場検証をしていた警官の一人が肩を落としてため息混じりでアランに質問した。その間にもアリアは「そこのロングコートの方、私と話なさい」と連呼し、現場警備担当の警官たちを困らせていた。
「どうしたい? 」
「このまま吠え続けられてもうるさいですし…… なにせ今朝からずっとあの調子ですから」
「じゃあ話を聞いてやろう」
「了解です。申し訳ない」
─────────────────────
屋敷の2階西側に位置する応接間にアランとアリアは二人きりになった。正確には執事やらメイドやらが控えていたのだが、アランが強制的に人払いを頼んだのだ。資本家層の住宅はやはり豪勢なもので、二人で話をするには全ての調度品が大きすぎるほどだ。部屋の中央にあるテーブルを挟んで二人はソファーに座った。
「私はアリア=ベルツ。あなたは? 」
「リー=ブラウン。……で、何のご用かな? わざわざ吠えたんだろ? 」
アリアが紅茶をすする。そこから一気に言葉が雪崩れた。
「私が命令するのは三つ。まず両親を殺したやつの素性を教えなさい。次に私の身辺警護、三つ目はあなたの素性の公開よ」
数拍の間が流れる。アリアがアランを睨み付けるが、アランは黙って紅茶のカップを手に取り、静かに杯を空けた。
「1つ目、一般人に捜査情報は公開できない。二つ目、俺は軍人。任務は『国家を守ること』であり『国民の安全を保証する』事ではない。三つ目、名前は名乗った。それ以上知りたけりゃ金を積め馬鹿が。軍人の素性を一般人が知れるわけねぇだろうが」
「へ? 」
アリアが聞き返した。アランは何食わぬ顔で「もう一回言って欲しいか? 」と言い返す。
「ふざけないで! どうせ昨日の政府公報ラジオで言ってた『不死者』の犯行なのは分かってるの!! だから聞いてんのよ、あんたは誰って!! 」
アリアは机を叩いて声を張り上げたが、アランは1ミリたりとも動じる事なく静かに返した。
「その程度の脅しで屈服するような軍人が『不死者』討伐を一人で出来ると思うか? そもそもこのレベルの金持ちの屋敷での殺人だぞ? やすやすと外部の人間が理解できる内部構造などしとらんだろうが」
「何が言いたいの? 」
「お前が『不死者』じゃないかと疑ってるんだよ」
「何言ってるの! 私は…… 」
「だからその根拠はどこにあるって聞いてんのが分からんか? こんなに広い屋敷でピンポイントで二人も死んだんだぞ? どう考えたっておかしいだろうが」
アリアは黙るしかなかった。事も無げにため息をついてアランは立ち上がる。
「ということだ。帰っていいか? 」
「はい、お引き留めしてすみませんでした」
「どうしても、と言うなら傭兵でも雇っておきな。あくまで保険だがな」
上着の肩のホコリを払い、アランは部屋を後にした。
「お疲れ様です」
現場に到着したアランを警官たちが出迎える。既に現場はロープで囲われており、関係者以外が進入出来ないようになっていた。
「被害者の身元は? 」
アランは警官たちに質問を投げ掛けながら現場のエントランスに向かって歩き出す。
「ルクルッド商工会議長、ポール=ベルツ氏とその奥方シャルロット=ベルツ氏です。遺体は確認されますか? 」
「おぅ…… おわっ、これはヒドい」
アランがしゃがみこんで遺体の顔にかけてある布を取れば、もう地獄しかなかった。ポール氏の顔はほぼ判別不可能な程に潰されていた。それも『拳の跡』がくっきりと残ったままである。
「で、シャルロット女史は文字通りの八つ裂きか。こりゃ間違いない」
遺体の確認を終えたアランが立ち上がる。質問はさらに続いた。
「床が綺麗だな。血痕は? 」
「かろうじて反応が出る程度ですね。ほぼ1滴残らず持ち去ったようです」
「そうか。すまんな」
メモに情報だけを書き取りアランが立ち去ろうとすると、エントランスの前がなにやら騒がしい。ふと見ればなにやら金持ちの雰囲気が漂う、上品な顔つきの女性が警官に噛みついている。
「あれは? 」
「今回の被害者であるお二人の一人娘、アリア=ベルツ嬢ですね。どうなさいますか? 」
現場検証をしていた警官の一人が肩を落としてため息混じりでアランに質問した。その間にもアリアは「そこのロングコートの方、私と話なさい」と連呼し、現場警備担当の警官たちを困らせていた。
「どうしたい? 」
「このまま吠え続けられてもうるさいですし…… なにせ今朝からずっとあの調子ですから」
「じゃあ話を聞いてやろう」
「了解です。申し訳ない」
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屋敷の2階西側に位置する応接間にアランとアリアは二人きりになった。正確には執事やらメイドやらが控えていたのだが、アランが強制的に人払いを頼んだのだ。資本家層の住宅はやはり豪勢なもので、二人で話をするには全ての調度品が大きすぎるほどだ。部屋の中央にあるテーブルを挟んで二人はソファーに座った。
「私はアリア=ベルツ。あなたは? 」
「リー=ブラウン。……で、何のご用かな? わざわざ吠えたんだろ? 」
アリアが紅茶をすする。そこから一気に言葉が雪崩れた。
「私が命令するのは三つ。まず両親を殺したやつの素性を教えなさい。次に私の身辺警護、三つ目はあなたの素性の公開よ」
数拍の間が流れる。アリアがアランを睨み付けるが、アランは黙って紅茶のカップを手に取り、静かに杯を空けた。
「1つ目、一般人に捜査情報は公開できない。二つ目、俺は軍人。任務は『国家を守ること』であり『国民の安全を保証する』事ではない。三つ目、名前は名乗った。それ以上知りたけりゃ金を積め馬鹿が。軍人の素性を一般人が知れるわけねぇだろうが」
「へ? 」
アリアが聞き返した。アランは何食わぬ顔で「もう一回言って欲しいか? 」と言い返す。
「ふざけないで! どうせ昨日の政府公報ラジオで言ってた『不死者』の犯行なのは分かってるの!! だから聞いてんのよ、あんたは誰って!! 」
アリアは机を叩いて声を張り上げたが、アランは1ミリたりとも動じる事なく静かに返した。
「その程度の脅しで屈服するような軍人が『不死者』討伐を一人で出来ると思うか? そもそもこのレベルの金持ちの屋敷での殺人だぞ? やすやすと外部の人間が理解できる内部構造などしとらんだろうが」
「何が言いたいの? 」
「お前が『不死者』じゃないかと疑ってるんだよ」
「何言ってるの! 私は…… 」
「だからその根拠はどこにあるって聞いてんのが分からんか? こんなに広い屋敷でピンポイントで二人も死んだんだぞ? どう考えたっておかしいだろうが」
アリアは黙るしかなかった。事も無げにため息をついてアランは立ち上がる。
「ということだ。帰っていいか? 」
「はい、お引き留めしてすみませんでした」
「どうしても、と言うなら傭兵でも雇っておきな。あくまで保険だがな」
上着の肩のホコリを払い、アランは部屋を後にした。