2話 再び剣を取る時が来た
文字数 1,978文字
アランの眼前に映る人物、それは彼にとって意外な人物であった。
「あなたが議長とは、クロウド先出世したものですね」
クロウド=ブラウン、今世界最高の錬金術師と称えられる錬金術の大家 である。白髪混じりの黒髪、誰が見ても美形と言わざるを得ない整った顔、学者とは思えぬ引き締まった体、仙人の様な髭を蓄えたその風格は文字で表現出来ぬ何かがある。
「そうかもしれんな。さ、ここに来たついでに茶でも飲むかね? アラン」
まだコロッセオだった時代は貴族がVIPルームとして使用していたのだろう巨大な部屋の中央に置かれた円卓と椅子。両方とも高級品であることは言うまでもない。男はアランに椅子を勧め、部屋の端に設けてあるポットで嬉々とした様子で紅茶を淹れ始めた。
「痩せましたね、先生。もうすぐ50でしたっけ? 」
「今年で47だ。白髪が増えたんだよ、やることが多過ぎてな」
クロウドが軽く髪をなびかせる。確かに四十代で若白髪であったとして、その白髪の割合は異常と言えた。
「ま、飲んでくれ。良い茶葉が手に入ったんだ」
カップを差し出すクロウド。アランはやや警戒しながら黙って紅茶を飲んだ。
「…… 」
「どうしたアラン、何か不服か? 」
「違う、ここに来るまでに見た景色を思い出してたのさ。国民は『不死者 』の事を知らない、のか? 」
「よく気づいた、その通りだよ。軍の中でも特に討伐に関わる可能性のある部隊と政府関係者以外は知らん。だが誰も分からんように『禁忌 』に人体改造の条項を付け、錬金術を使うには免許が要るように制度を変えた。あの大惨事はもう二度と起こさぬように…… 」
クロウドが円卓に手を付き、窓を見やる。恐らく色々なことを飲み込んでいたのだろう、彼の口は止まらなかった。
「材料とエネルギー、然るべき術式を揃えて合体させるだけで目的の物が出来上がる『錬金術』、しかしそこには莫大なエネルギーが必要とされた。最も良いのは錬金術でのみ意味をなすエネルギー、『術力』を有する人間の血。その次が火や電気といったエネルギーそのものだ」
「懐かしい講義だな、先生の門下だった時に散々聞かされた」
「そうだな、だが本来次点に収まるべき純粋なエネルギーが簡単に取り出せるようになった事で錬金術は進化した。そして触れてはいけない所に触れた……『人体改造』に」
クロウドの口が重くなる。アランは黙って相槌を打った。
「このトーガ連合を構成している四つの国は、技術競争の結果としてほぼ同時に『不死者』の開発に成功した…… 」
「『そして悲劇が始まった。善悪の判断に関する術式を加えていないが故に不死者は暴走、何百万人という犠牲を払い、全部で700体造られたと不死者のうち500体を葬った』か? 」
アランがクロウドを遮って呟いた。クロウドは静かに頷き、アランが座っているのと反対側の椅子に腰を下ろした。
「『不死者』との戦いの後、この国の暦は『正統歴』へと変わった。対『不死者』用の武器を開発して対抗はしているが未だ50体しか狩れておらん」
「…… 俺に戦え、か」
「話が早くて助かる」
クロウドが静かに柏手を打つと、扉が開き奥から秘書であろう女性が二人、カーゴに載せた指輪と小さなポーチを持ってきた。
「君に返そう。そして陸軍特務少佐及び議会直属内務捜査官、国家特等錬金術師に任命する。必要な免許証と身分証明書はこのポーチの中だ、偽名として死んだ私の甥『リー=ブラウン』を使うと良い」
クロウドがポーチを渡す。アランは一礼した後に膝を付き、両手でポーチを受け取って中身を確認した。
「指輪も…… と言いたいが、何せ重すぎる。持っていってくれ」
「了解した」
アランが指輪を持ち上げる。指輪には赤い十字架状の宝石があり、その周りを蛇が巻き付いている様な装飾が銀細工で施されていた。
「八年ぶりか…… 懐かしい」
アランが指輪を灯りにかざす。宝石は一切輝きを増すことなく、ただ静かに煌めくだけであった。
「さて、じゃあ俺は早速…… 」
アランが部屋を出ようと踵を返した刹那、部屋全体が少しだけ震え、遠くの方から爆音が響いてきた。数秒もしないうちに数名の兵士がバタバタと駆け込んできた。
「『不死者 』です! 即座に避難を!! 」
その時、クロウドがアランを見た。アランはクロウドに少しだけ頷き、なにも言わずに扉を蹴破って出ていった。
「議長! 早く彼を止めないと…… 」
「そう思うなら彼を追いなさい。今更私の命などあって無いような物、気にせず行くと良い」
蹴破られた扉を見て、クロウドは静かに兵隊の肩に手をかけた。
「あなたが議長とは、クロウド先出世したものですね」
クロウド=ブラウン、今世界最高の錬金術師と称えられる錬金術の
「そうかもしれんな。さ、ここに来たついでに茶でも飲むかね? アラン」
まだコロッセオだった時代は貴族がVIPルームとして使用していたのだろう巨大な部屋の中央に置かれた円卓と椅子。両方とも高級品であることは言うまでもない。男はアランに椅子を勧め、部屋の端に設けてあるポットで嬉々とした様子で紅茶を淹れ始めた。
「痩せましたね、先生。もうすぐ50でしたっけ? 」
「今年で47だ。白髪が増えたんだよ、やることが多過ぎてな」
クロウドが軽く髪をなびかせる。確かに四十代で若白髪であったとして、その白髪の割合は異常と言えた。
「ま、飲んでくれ。良い茶葉が手に入ったんだ」
カップを差し出すクロウド。アランはやや警戒しながら黙って紅茶を飲んだ。
「…… 」
「どうしたアラン、何か不服か? 」
「違う、ここに来るまでに見た景色を思い出してたのさ。国民は『
「よく気づいた、その通りだよ。軍の中でも特に討伐に関わる可能性のある部隊と政府関係者以外は知らん。だが誰も分からんように『
クロウドが円卓に手を付き、窓を見やる。恐らく色々なことを飲み込んでいたのだろう、彼の口は止まらなかった。
「材料とエネルギー、然るべき術式を揃えて合体させるだけで目的の物が出来上がる『錬金術』、しかしそこには莫大なエネルギーが必要とされた。最も良いのは錬金術でのみ意味をなすエネルギー、『術力』を有する人間の血。その次が火や電気といったエネルギーそのものだ」
「懐かしい講義だな、先生の門下だった時に散々聞かされた」
「そうだな、だが本来次点に収まるべき純粋なエネルギーが簡単に取り出せるようになった事で錬金術は進化した。そして触れてはいけない所に触れた……『人体改造』に」
クロウドの口が重くなる。アランは黙って相槌を打った。
「このトーガ連合を構成している四つの国は、技術競争の結果としてほぼ同時に『不死者』の開発に成功した…… 」
「『そして悲劇が始まった。善悪の判断に関する術式を加えていないが故に不死者は暴走、何百万人という犠牲を払い、全部で700体造られたと不死者のうち500体を葬った』か? 」
アランがクロウドを遮って呟いた。クロウドは静かに頷き、アランが座っているのと反対側の椅子に腰を下ろした。
「『不死者』との戦いの後、この国の暦は『正統歴』へと変わった。対『不死者』用の武器を開発して対抗はしているが未だ50体しか狩れておらん」
「…… 俺に戦え、か」
「話が早くて助かる」
クロウドが静かに柏手を打つと、扉が開き奥から秘書であろう女性が二人、カーゴに載せた指輪と小さなポーチを持ってきた。
「君に返そう。そして陸軍特務少佐及び議会直属内務捜査官、国家特等錬金術師に任命する。必要な免許証と身分証明書はこのポーチの中だ、偽名として死んだ私の甥『リー=ブラウン』を使うと良い」
クロウドがポーチを渡す。アランは一礼した後に膝を付き、両手でポーチを受け取って中身を確認した。
「指輪も…… と言いたいが、何せ重すぎる。持っていってくれ」
「了解した」
アランが指輪を持ち上げる。指輪には赤い十字架状の宝石があり、その周りを蛇が巻き付いている様な装飾が銀細工で施されていた。
「八年ぶりか…… 懐かしい」
アランが指輪を灯りにかざす。宝石は一切輝きを増すことなく、ただ静かに煌めくだけであった。
「さて、じゃあ俺は早速…… 」
アランが部屋を出ようと踵を返した刹那、部屋全体が少しだけ震え、遠くの方から爆音が響いてきた。数秒もしないうちに数名の兵士がバタバタと駆け込んできた。
「『
その時、クロウドがアランを見た。アランはクロウドに少しだけ頷き、なにも言わずに扉を蹴破って出ていった。
「議長! 早く彼を止めないと…… 」
「そう思うなら彼を追いなさい。今更私の命などあって無いような物、気にせず行くと良い」
蹴破られた扉を見て、クロウドは静かに兵隊の肩に手をかけた。