1話 男は闇より出づ
文字数 1,869文字
正統歴7年4月12日、トーガ連合国 首都カーヴァル中央部 地下牢獄最下層
そこは正しく『何もない』空間であった。無機質な長いトンネルの両側に坑道を無理やり改修して造ったかのような独房が並んでいる。
「アラン・カルヴァイン、起きろ」
群青色の制服に身を包んだ男二人が独房の中で寝転がる男を警棒でつつく。男はやる気のない寝返りをうち、刑務官の顔を見上げながらあくびをした。
「なんでっしゃろ? 」
アランと呼ばれた男が立ち上がる。他の独房囚人がぼろきれの様な服しか与えられていないのに対し、アランだけは上着も整ったちゃんとした格好をしている。独房の中も、木箱に布をかけただけのベッドではなく富豪が調度品として用いそうな種々の家具が使われている。
「お上がお呼びだとよ。お前を議場まで引っ立てろとの事だ」
「あっそ」
男はあっさりと立ち上がり、刑務官の差し出した手錠の片方を自らはめる。その様子に一瞬だけ刑務官は驚いたが、その後何事もなかったようにもう一方をかけた。
「髭は剃るか? 」
「今さら良いや、どうせ死ぬんだし」
その言葉を最後に男は黙り込んだ。刑務官も男の心持ちを察したのか、何も言わずに手錠を引っ張り彼を引き立てた。
男の名はアラン・カルヴァイン。後に彼は英雄として名を刻む事になるのだが、まだこの時はアラン本人すらそんな未来を知る由がない。
「エレベーター乗るか? 」
「結構。最後くらい脚に仕事をさせんとな」
アランは黙って刑務官の一歩先を歩く。戸惑うように刑務官たちがアランの手錠につながるロープを握った。
牢獄から出され、地上の護送区域に連れて来られたアランは一瞬だけ目を細めた。だがそれは街並みが眩しいだとか七年ぶりの空が美しいだとかの理由ではない。
「あの大惨事があったってぇのに七年で復興か? この国の技術力はとんでもねぇ進化だなおい」
アランの眼前に並ぶのは天を突くとも表現出来るほどのビルの群れ。その下を走るのは自動車、それも荷車に蒸気機関を据え付けただけのお粗末なものではなく『他人を乗せて高速で走る』理想の形であった。彼が投獄された七年前と比べればあり得ないレベルの技術の革新が起きていると感じたのだ。
「違う。そんな簡単に進歩が起こるわけないだろ、錬金術だよ錬金術」
『錬金術』、刑務官が発したその言葉を受けてアランの顔が険しくなる。
「お前ら、というよりは国民はなぜあの『災害』が起きたか知ってるのか? 」
「原因は恐らく錬金術だろ? あの『災害』の後に取って付けたように禁止事項が増えたからな、錬金術を学んだ事のある人間はある程度察しがつく」
刑務官がアランの顔を見る。アランは特に驚く様子も見せなかったが、相変わらず何かに怒っているかのような目を保ち続けている。
「そういやアラン、独房にいる間ほとんど飯を食ってなかったがなんで痩せないんだ? 」
「さぁな、体質らしい」
そうこうしている間に護送区域に1台の車が滑り込んで来る。しかしその車はトラックの荷台を人間用に改装した護送車ではなく、鷹の紋章をボンネットにあしらった黒塗りのセダン車である。
「早く乗れ。今回は行き先がややこしいんだ」
刑務官たちに急かされ、『なぜこの車なのか? 』等と考える余裕もなくアランは後部座席に押し込まれた。
────────────────────
アランが連行された場所、そこは政府中央議会場である。刑務官から引き継ぎを受けた二人の軍人がアランを挟みながら歩く。コロッセオを改修して造られたということもあり、内部はとてつもなく大きい空間となっている。
「お疲れ様です」
いわゆる一階にあたるフロアの一番奥に連れられたアランが見たものは、扉の前を警備する軍人と、『議長室』と書かれた板が打ち付けられている扉である。警備の兵の肩章を見る限り、彼の地位は恐らく少佐クラスであろう。
アランに付いていた軍人二人が扉の前で立ち止まり、扉の前に立っている佐官に敬礼すると、佐官は扉をノックして部屋の内側に向かって声を上げた。
「議長、アラン・カルヴァイン様がお見えになりました」
「通してくれ」
扉の奥の声が聞こえた瞬間、軍人たちが『気をつけ』の姿勢で動かなくなった。アランが渋々扉を開けると、そこにはアランにとって懐かしい存在が座っていた。
「あんたが議長か。面白い」
「やぁアラン、七年ぶりだな」
そこは正しく『何もない』空間であった。無機質な長いトンネルの両側に坑道を無理やり改修して造ったかのような独房が並んでいる。
「アラン・カルヴァイン、起きろ」
群青色の制服に身を包んだ男二人が独房の中で寝転がる男を警棒でつつく。男はやる気のない寝返りをうち、刑務官の顔を見上げながらあくびをした。
「なんでっしゃろ? 」
アランと呼ばれた男が立ち上がる。他の独房囚人がぼろきれの様な服しか与えられていないのに対し、アランだけは上着も整ったちゃんとした格好をしている。独房の中も、木箱に布をかけただけのベッドではなく富豪が調度品として用いそうな種々の家具が使われている。
「お上がお呼びだとよ。お前を議場まで引っ立てろとの事だ」
「あっそ」
男はあっさりと立ち上がり、刑務官の差し出した手錠の片方を自らはめる。その様子に一瞬だけ刑務官は驚いたが、その後何事もなかったようにもう一方をかけた。
「髭は剃るか? 」
「今さら良いや、どうせ死ぬんだし」
その言葉を最後に男は黙り込んだ。刑務官も男の心持ちを察したのか、何も言わずに手錠を引っ張り彼を引き立てた。
男の名はアラン・カルヴァイン。後に彼は英雄として名を刻む事になるのだが、まだこの時はアラン本人すらそんな未来を知る由がない。
「エレベーター乗るか? 」
「結構。最後くらい脚に仕事をさせんとな」
アランは黙って刑務官の一歩先を歩く。戸惑うように刑務官たちがアランの手錠につながるロープを握った。
牢獄から出され、地上の護送区域に連れて来られたアランは一瞬だけ目を細めた。だがそれは街並みが眩しいだとか七年ぶりの空が美しいだとかの理由ではない。
「あの大惨事があったってぇのに七年で復興か? この国の技術力はとんでもねぇ進化だなおい」
アランの眼前に並ぶのは天を突くとも表現出来るほどのビルの群れ。その下を走るのは自動車、それも荷車に蒸気機関を据え付けただけのお粗末なものではなく『他人を乗せて高速で走る』理想の形であった。彼が投獄された七年前と比べればあり得ないレベルの技術の革新が起きていると感じたのだ。
「違う。そんな簡単に進歩が起こるわけないだろ、錬金術だよ錬金術」
『錬金術』、刑務官が発したその言葉を受けてアランの顔が険しくなる。
「お前ら、というよりは国民はなぜあの『災害』が起きたか知ってるのか? 」
「原因は恐らく錬金術だろ? あの『災害』の後に取って付けたように禁止事項が増えたからな、錬金術を学んだ事のある人間はある程度察しがつく」
刑務官がアランの顔を見る。アランは特に驚く様子も見せなかったが、相変わらず何かに怒っているかのような目を保ち続けている。
「そういやアラン、独房にいる間ほとんど飯を食ってなかったがなんで痩せないんだ? 」
「さぁな、体質らしい」
そうこうしている間に護送区域に1台の車が滑り込んで来る。しかしその車はトラックの荷台を人間用に改装した護送車ではなく、鷹の紋章をボンネットにあしらった黒塗りのセダン車である。
「早く乗れ。今回は行き先がややこしいんだ」
刑務官たちに急かされ、『なぜこの車なのか? 』等と考える余裕もなくアランは後部座席に押し込まれた。
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アランが連行された場所、そこは政府中央議会場である。刑務官から引き継ぎを受けた二人の軍人がアランを挟みながら歩く。コロッセオを改修して造られたということもあり、内部はとてつもなく大きい空間となっている。
「お疲れ様です」
いわゆる一階にあたるフロアの一番奥に連れられたアランが見たものは、扉の前を警備する軍人と、『議長室』と書かれた板が打ち付けられている扉である。警備の兵の肩章を見る限り、彼の地位は恐らく少佐クラスであろう。
アランに付いていた軍人二人が扉の前で立ち止まり、扉の前に立っている佐官に敬礼すると、佐官は扉をノックして部屋の内側に向かって声を上げた。
「議長、アラン・カルヴァイン様がお見えになりました」
「通してくれ」
扉の奥の声が聞こえた瞬間、軍人たちが『気をつけ』の姿勢で動かなくなった。アランが渋々扉を開けると、そこにはアランにとって懐かしい存在が座っていた。
「あんたが議長か。面白い」
「やぁアラン、七年ぶりだな」