十四 静止軌道上の戦い 三

文字数 5,480文字


 フェルミ艦隊は、ISS-BS1からのミサイルとビームパルス攻撃を受けていっせいに反撃した。フェルミ艦隊が放つ多弾頭多方向ミサイル・ヘッジホッグがISS-BS1から迫りくるミサイルの群を迎え撃つ。
 ISS-BS1から放たれたビームパルスの群は、フェルミ艦隊から放たれた位相反転ビームで消滅するか、放たれた高速のデコイで拡散反射されている。

 だが、ISS-BS1のレールガンから放たれた50キログラムのチタン合金高速運動量弾の連続速射は、旗艦〈フェルミナ〉の艦首から放たれる寸前の1トンのロドニュウム弾を高速高熱のプラズマに変えて旗艦〈フェルミナ〉の艦体に襲いかかった。

 1トンのロドニュウム弾を高速高熱のプラズマに変化されて、旗艦〈フェルミナ〉の巨大レールガンを防御する厚さ三メートルのロドニュウム鋼隔壁はプラズマ化した。その高速高熱のイオン化された金属ガス流体は、旗艦〈フェルミナ〉の艦首から艦尾へ金属ロドニュウムの艦体隔壁を切り裂き焼き尽くし高速高熱のイオン化された金属ガス流体に変えて、周囲のあらゆる物体を焼き尽くして突き抜け、後続のフェルミ艦隊に襲いかかった。

 レールガンの連続速射と、レーザーと粒子のビームパルス、高速ミサイルの連射で、旗艦〈フェルミナ〉の駆動中枢は、スキップドライブ(亜空間転移推進装置)が捕捉しているヒッグス場の全エネルギーを解放して、巨大なヒッグス粒子と化した。
 解放されたヒッグス粒子は、旗艦〈フェルミナ〉の駆動中枢防護隔壁を分子に変えて、さらに原子から素粒子、そしてヒッグス粒子へ変え、ドライブ格納区画、そして旗艦〈フェルミナ〉の艦体を、そして艦隊全艦を、分子に変えてさらに原子から素粒子へ、そしてヒッグス粒子へ変えて、ダークマター空間へ消えた。


 ISS-BS1のJたちとPDは気づかずにいたが、フェルミ艦隊から地球の自転方向へ36000キロメートル離れた静止軌道上に、宇宙戦艦〈ガヴィオン〉級の、八個の曲面を持つアステロイド型幾何学立体の巨大戦艦がステルス状態で留まっていた。その最大長は〈ガヴィオン〉と同様に20キロメートルだ。
 その戦艦は〈ザルド〉といった。

 戦艦〈ザルド〉の執務室で、レプティリアの女帝リズ(lizard)は大口を開けて笑った。
「旗艦〈ユウロビア〉についでフェルミ艦隊がプラズマと化して消滅したぞ!
 応戦するまもなく壊滅したぞ!
 無敵のフェルミ艦隊が聞いて呆れる!
 精神生命体ニオブの末裔の一族・フェルミは碌でなしだ!
 まあいい。戦況はこれだけか?」
 女帝リズは執務室に投影された3D映像から近衛隊司令官のアーサー・ブリット大佐に視線を移した。

「映像の先をご覧ください」
 アーサー・ブリット大佐は3D映像を切り換えた。
 レールガンによる艦隊爆発のエネルギー波を浴びながらISS-BS1に異状はない。
「これらは全て、静止軌道上の情報収集衛星からの映像です。
 情報収集衛星同様、ヒューマ(人類)の戦艦〈ヒューム〉もシールドに守られて、電磁パルスの影響さえ受けていません」
 アーサー・ブリット大佐はISS-BS1を戦艦〈ヒューム〉と呼んで、ISS-BS1を示した。

「位相反転シールドだ。当然だろう」
 女帝リズはアーサー・ブリット大佐を睨んだ。
 フェルミ艦隊を壊滅させたこいつの首をちょん切って、他の近衛隊大佐に挿げ替えてやろうか・・・。

「問題はこの戦艦〈ヒューム〉ではなく、静止軌道上の一ヶ所です」
 3D映像がISS-BS1から、フェルミ艦隊がいた静止軌道上の位置から地球の自転方向とは逆方向へ36000のキロメートルの、静止軌道上の何も無い空間に変った。

「フェルミ艦隊がヒッグス場に変る前の一瞬ですが、旗艦〈フェルミナ〉がブラズマ化した際に発したエネルギー波が屈折しているのです。
 戦艦〈ヒューム〉の大きさに匹敵する物体が存在しています」

 アーサー・ブリット大佐は、3D映像の静止軌道上の一ヶ所を示した。
 旗艦〈フェルミナ〉がプラズマ化した瞬間の3D映像だ。一瞬だが、海面に漂う透明な海月のように、一瞬何かか浮んで消えた。

「AIザルドの分析から結論づけたか?」
 女帝リズは獲物を狙うような不審な眼差しで近衛隊司令官アーサー・ブリット大佐を見た。女帝の目は金色の虹彩で縦長の瞳孔だ。
「AIザルドは、何も無い、と判断していますが、この映像から静止軌道上に小天体に相当する質量を感じます」

「アーサーが気にするのだから何かあるのだろう」
 マコンダはAIザルド以上の事実を関知して的確な判断を下す能力がある・・・。
 アーサーは、ヒューマの戦艦を探るため、フェルミのレプリカ艦隊とレプリカン兵士を犠牲にすると言ったが他意はないのか?それとも、私の思考もアーサーは見通しているのだろうか・・・。
 女帝リズはアーサー・ブリット大佐にそう感じた。

 アーサー・ブリット大佐は女帝リズだけがわかるように、女帝の斜め背後に控えているブリット侍従を目配せした。
 思わず女帝リズはアーサー・ブリット大佐の金色の虹彩の縦長の瞳孔を見て生唾を飲んだ。
「ジョン。ここに、アーサーと私のお茶を運んでくれ。
 準備を整えたら、自室へ戻って休め。
 私はアーサーと作戦会議をする。気にせず休憩してくれ」
 女帝リズは獲物を狙う鋭い眼差しでジョン・ブリット侍従に命じた。

「はっ、はい。わかりました。ただちに準備します」
 女帝の威圧的な眼差しにジョン・ブリット侍従はその場を去りながら、アーサー・ブリット大佐を一瞥した。
 私がいない間にアーサーは、私に聞かれて困る作戦を女帝に進言する気だ。
 アーサーめ、いったいお前は何を考えてる?
 お前はフェルミ艦隊を壊滅されたんだぞ!
 これ以上ブリット一族の恥を晒すな!
 ジョン・ブリット侍従は、かつてのブリット一族と女帝リズの一族の対立を思った。


「それで、何だ?」
 ジョン・ブリット侍従が執務室から退出すると、女帝リズはアーサー・ブリット大佐に質問した。

「分散統治を変更したらいかがですか?」
「どう言う事だ?」
「陛下に以前も述べたように、ヒューマが惑星ガイアを支配していますが、実質は陛下の指揮下でフェルミが動き、ヒューマを間接統治している状況です・・・」


 惑星ガイアは民主主義国家の多国連合と独裁国家に別れて対立している。
 独裁国家は三国だが規模から考えれば二国だ。そして、どっちつかずの第三の国家がある。
 さらに発展途上の第三世界は国の数は多いが支配層の意識が低く、洗脳するに至っていない。
 女帝リズがフェルミを使って支配するのは独裁国家だ。そして、もう一つ支配しているものがある。


「計画はアポトーシス的(プログラムされた細胞死)状況でしたが、現況はネクローシス的状況(制御されない細胞死)です。
 独裁者の首を挿げ替えてはいかがですか?」
 アーサー・ブリット大佐は考えていた。
 独裁者の感情的な指示による戦闘で穀倉地帯の大地は傷ついた。
 これまで独裁国家も民主国家も、ガイアが不用とみなして地下に埋没させた物質を掘り起こして産業に用いて大地を汚染し、ヒューマみずからが居住環境を破壊している。ヒューマの行動はウィルスや細菌や寄生虫と同じだ。宿主(しゅくしゅ)を破壊すればヒューマ自身が居住できぬ事を考えていない・・・。

「独裁者の首を挿げ替えても結果は同じでしょう。
 子々孫々にわたって精神と意識を継承する我々とは違い、彼らは祖先から精神と意識を継承しておらぬゆえ、子々孫々が歴史から学ぶだけだ。
 まちがった歴史を学べば、民主主義国家のような、それなりの国家が育つ・・・」
 女帝リズは、この宇宙は階級世界だと考えている。
 実際、食物連鎖が有機生命体の階級世界を如実に説明し、物質世界では素粒子が階級世界を支配している。
「それで、アーサーの言う分散統治の変更とは何だ?」

「独裁国家と民主主義国家の勢力均衡を図りましたが、偏向した精神を学んだ独裁者の暴走は止りません。
 独裁者の首を挿げ替えても同じなら、民主主義国家の支配を強めていいかがですか?」

「独裁者は一代限りにしろ、と言うのだな・・・」
 女帝リズは一瞬考えた。アーサーは何を考えている?

 アーサー・ブリット大佐は現況の打開を考えていた。
 独裁国家の宇宙侵攻を阻む存在を確認した今、それらを的確に壊滅せねば宇宙侵攻どころか惑星ガイア支配もままならぬ。
 惑星ガイアを支配する傀儡は、自己の感情に溺れたまま国民の反感に対処できず、暴走を続ける独裁者が支配する現況のような覇権国家ではない。
 また、代々金貸しを生業にして民主主義国家の経済を裏で支配している一族でもない。
 惑星ガイアを支配する傀儡は、女帝リズの指示で動く大国でなければならない。

 アーサー・ブリット大佐は言った。
「民主主義国家の経済を完全支配して、独裁国家を一国だけにするのです。独裁者が三人もいては独裁国家が動きません。いっそのこと、独裁者二人を抹殺すれば惑星ガイア支配に一歩近づくと思います」

「惑星ガイアの勢力が二分化しているのは独裁国家が三国あるからだ。これが一国になれば、現在の独裁体制と民主主義体制の勢力的均衡が崩れる。
 現在、私は、どちらの体制がヒューマの増加に適しているかを見定めている。経済支配とは別だ。
 そしてここに移動したのは、我々の侵攻を阻む者の実体を見極めるためだ。
 アーサー。お前はヒューマの戦艦〈ヒューム〉の他に、まだ何かかが存在すると言うのだから、早急に正体を掴め!
 おそらく、存在している何かは、国際宇宙ステーション・ISS(ジャイロ型ISS)だろう。しかし、位相反転シールドしてステルス状態を保っても、我がAIザルドは確実に感知するはずだ。
 今、ISSはどこにいる?」
「おそらく、我々の位置と惑星ガイアを結ぶ直線上で、惑星ガイアの向こう側にいると思われます」
「AIザルドは4D探査できないのか?」
「ISSの波動残渣を探査できません」
「何だと!その事自体が緊急事態だぞ!」

「しかしながら、陛下。
 ヒューマの戦艦〈ヒューム〉がこうして姿を現したのですから、国際宇宙ステーション・ISSが姿を消していられるの僅かな間でしょう。
 もし、恒久的にステルスが可能なら、戦艦〈ヒューム〉もステルスのまま、フェルミ艦隊を攻撃したはずです」
 アーサー・ブリット大佐はおちついてそう言った。

「そうだな。〈ヒューム〉は惑星ガイアの向こう側だろう。
 フェルミ艦隊を壊滅したのが戦艦〈ヒューム〉だとわかったのだから、対処方法を考えろ。そして、一刻も早く、ニオブのニューロイドを月へ行かせのだ。わかったか?」
 そう言った時、すでに女帝リズは、国際宇宙ステーション・ISSの波動残渣の存在を忘れていた。女帝リズ同様に、アーサー・ブリット大佐もISSの波動残渣の存在を忘れていた。

 波動残渣は時空間構成粒子の経時変化だ。PDや、PDが存在する高度なAIはそれら時空間構成粒子の変化と痕跡を探り、過去に生じた現象を再現する。時空間構成粒子の変化が時空間から亜空間へ連続する限り、探査と空間現象の再現が可能だ。意図的にスキップ(時空間移動)等で時空間構成粒子の経時変化を消滅しないかぎり、波動残渣は存在し続ける。
 女帝リズもアーサー・ブリット大佐も、この事を忘れていた。

「わかりました陛下。
 惑星ガイアの支配体制は現況を続行するのですね?」
「アーサー。同じ事を何度も言わせるな。
 私は、独裁国家と民主主義国家のどちらの体制がヒューマの増加に適しているかを見定めている、と言ったはずだ。現況を続行し、我々の侵攻を阻む戦艦〈ヒューム〉を叩き潰し、一刻も早く、ニオブのニューロイドを月へ行かせのだ」

「わかりました。しかし・・・」
 アーサー・ブリット大佐が答えたその時、女帝リズが指を唇に当てた。
 アーサー・ブリット大佐は口を閉ざした。
 執務室のドアが開き、ジョン・ブリット侍従が係員とともにお茶を運んできた。お茶と言っても、食事が添えてある。見た目は早めの夕食だ。
 惑星ガイア時刻の現在は、二〇三四年三月二十二日、水曜、一六〇〇時を過ぎている。

 ジョン・ブリット侍従と係員が執務室から去ると女帝リズはアーサー・ブリット大佐に発言を促した。アーサーの言いたいことはわかっている・・・。

「陛下。ニオブのニューロイドの捜査は続行中です」
「急いでくれ。頼むぞ」
「はい。陛下」

「では、お茶にしよう。その後、私は惑星ガイアへ戻る。レプリカとは言え、フェルミ艦隊壊滅の状況を確認できた」
「はい、陛下」

「この戦艦〈ザルド〉はアーサーの指揮下だ。
 今度は戦艦〈ヒューム〉の壊滅を見たいものだ」
 女帝リズはそう言いながらティーカップを取って、アーサー・ブリット大佐にもお茶を飲むよう促した。そして、
『今は、独裁国家と民主主義国家のどちらがヒューマ増加に適しているかを見定めろ。
 現況を続行し、我々の侵攻を阻む戦艦〈ヒューム〉を叩き潰し、一刻も早くニオブのニューロイドを探し、ニューロイドを月へ連行しろ』
 女帝リズは、強いレプティカ(レプティリアの思念波)をアーサー・ブリット大佐に送った。

 アーサー・ブリット大佐はティーカップを取って答えた。
「はい、陛下。承知しました」
 女帝リズが送ったレプティカはアーサー・ブリット大佐の意識に食い込み、
『戦艦〈ヒューム〉を壊滅し、ニオブのニューロイドを探して連行する!』
 との命令実行の強い意志に変った。
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