三 復帰

文字数 1,959文字

 吉永が腕と脚を吹き飛ばされて一年が経ち、季節は夏になった。

「タレコミ屋からの情報です。
 松木がクルーザーで、今月末に横浜ベイサイドマリーナに入ります」
 警察庁警察機構局、特捜部の指揮官室で、特捜班班長・前田銀次特捜部捜査官(警部)が吉永に報告した。
「たしかな情報か?」
「たしかです」
「ボートは何フィートだ?マリーナの何処に着く?」
「四十フィートです。三十一日一七○○時、ビジターバースに停泊します。オーバーナイトです」

「例の潜航艇を曳航する気か?」
「おそらくそうです」
「潜水班を招集だ。バース付近の海中で待機し、ボートがバースに停泊したらスクリューにロープを巻け。潜航艇を分離して奪い、松木を捕えろ。生命の有無は問わない」
「了解しました。そのように訓練します」

「潜水班に、俺も加えておけ」
「えっ、警視も実行部隊に?」
 前田捜査官は驚いた。指揮官が特捜班班長だった時期から、麻薬とダイヤの密輸実行犯・松木実を追っていたのは知っているが、特捜部部長、兼、指揮官の吉永悟郎警視が実行部隊に加わるのは異例だ。

「ああそうだ。心配するな。海中は俺の庭だ・・・」
「また冗談を・・・。わかりました。警視も実行部隊に加えておきます」
 前田捜査官は、警視は潜水が得意だなどと聞いた事が無かった。

「警視と呼ぶな。指揮官と呼べ」
「わかりました、警視・・・」
「指揮官だ・・・」
「はい、警視」
「バカめ!」
 吉永は笑った。

「はい、指揮官!」
「よし。訓練に励め。警部」
「班長と呼んでください」
「わかった。警部」
「班長です」
「班長。頼んだぞ」
 吉永は苦笑いした。
「了解!」
 前田捜査官は笑いながら、特捜部指揮官室を出た。


 八月三十一日、一六〇〇時過ぎ。
 曇天の横浜ベイサイドマリーナに風が拭きはじめた。天候変化を察知したためか、マリーナのバースは全てヨットやボートが停泊している。空いているのはビジターバースだけだが、予約したクルーザーは一隻も入っていなかった。


 一七〇〇時。
 波立ちはじめた海面にクルーザーが現れた。マリーナの係員が桟橋に出て、携帯で連絡し、早くバースに停泊するよう促している。

 クルーザーがビジターバースに横付けに停泊した。
 クルーザーの後ろは同サイズの船舶の長さ分空いている。その海面に小型潜航艇の艦橋が海面に顔を出していた。

 クルーザーの船長は事前に契約を交して支払いをすませていた。クルーザーが停泊すると、係員は船長と契約書を確認して、バースを離れた。マリーナの施設は二十四時まで使用可能だ。

「こちら、指揮官吉永だ。潜水班は準備完了。
 クルーザーと潜航艇のスクリューにロープを巻いた。
 松木の顔を確認したら、逮捕してくれ。
 物を渡されたら、本人に突き返せ。C4だ」

「了解。今、双眼鏡で松木を確認した。全員で四名だ」
「了解。呼びかけに応じなかったら、攻撃しろ」
「了解。逮捕行動に移る・・・」
 通信は特別回線で特捜班の全隊員に繋がっている。

「松木実!逮捕状が出ている!武器を捨てて出てこい!
 出てきて桟橋に伏せろ!」
 桟橋の施設の陰から、特捜班班長の前田捜査官がスピーカーで伝えた。
 同時に、多数の銃声が響いて、前田班長が身を潜めている施設の壁に無数の銃弾がめり込んだ。

「催涙弾を撃て!閃光弾を撃て!」
 前田班長の指示でクルーザーに催涙弾と閃光弾が撃ち込まれたが、クルーザーからの攻撃は止まない。

 クルーザーがエンジンを起動した。しかし、バースから僅かに離れただけで、クルーザーは何かが壊れるような音を立てて動きを止めた。

 クルーザーからの銃撃が続いている。催涙弾の煙の中を、クルーザーの後方から一人が潜航艇の艦橋へ飛び移った。それに続いてクルーザーの後方から、三人が潜航艇の艦橋へ飛び移っている。

 前田班長が特別回線で吉永指揮官に伝える。
「指揮官。全員、潜航艇に移動しました」

「潜航艇が牽引鎖を切り離した。海上班は待機完了か?」
「はい、クルーザーを囲みました」

「潜航艇がエンジンを起動したが、スクリューは回らない。
 容疑者が潜航艇から海上に出るから、全員を逮捕しろ!
 もはや、生死は問わない。攻撃したら反撃しろ!」

「了解!全員、盾で防御し、桟橋へ移動しろ!
 攻撃したら反撃しろ!
 ゆけ!」
 桟橋の施設の陰から、特捜班員が防弾盾に身を隠しながら桟橋へ移動した。

 クルーザーからの攻撃はない。
 桟橋から潜航艇の艦橋を見ると艦橋は海面下にあり、開いたハッチから海水が潜航艇に浸入している。艦橋周囲に四人の容疑者が浮遊し、桟橋に向って銃を乱射した。と同時に、容疑者たちが悲鳴を上げて海中に沈んだ。

 吉永と潜水班は松木たち容疑者を海中に引きこみ、溺れさせていた。
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