五 密輸ルート

文字数 2,225文字

 警察機構局特捜部の指揮官室で、特捜班班長・前田銀次捜査官が吉永に報告した。
「指揮官。松木の密輸組織は完全に壊滅しました」

 松木は逮捕時、水死状態にあり、八丈青ヶ島にある警察機構局新横浜収監所で甦生処置を受けて、完全な意識回復まで数日かかった。その間に松木の意識記憶探査がなされ、松木の組織が何処にあり、どの程度の規模か判明した。
 その結果、班長の前田銀次捜査官が率いる特捜班は、石垣島の地元貿易企業を騙る松木の組織を急襲して、これを殲滅している。

「ヘロインの密輸ルートは、昔ながらのゴールデントライアングルから、台湾、石垣、そして横浜だ。ダイヤも同じルートだ。
 今回押収したダイヤも、前回我々が攻撃された際のダイヤも、分析結果から、原産地は東南アジアではない。ヘロインも原産地は東南アジアではない。完全な合成品だ」

「ダイヤもですか?」
「ダイヤも分析してるが、まだ合成か否か判断できないらしい」
「どういう事です?」

「ダイヤの合成は経費がかかる。合成した物を売買しても、利益があるか否かだ。密輸すれば、多少は利益があるかも知れないが・・・。
 どっちも多額の経費と設備が必要な代物だよ。小さな組織では、ダイヤやヘロインの合成はできない。国家レベルの組織が必要だ・・・」

「では、ゴールデントライアングルは見せかけですか?」
「昔のように、反政府組織やゲリラの犯罪に見せかけているだけだ。
 ルートは、石垣、台湾、シンセン、そこから先は不明だ・・・」

「共産国内を情報収集衛星で探査するのは?」
「これから試みるが、気づかれれば撃墜される・・・。ソファに座れ・・・」
 吉永は窓を背にした執務机に座っている。その前に立っている前田班長(特捜部捜査官・警部)を、執務机とドアの間にあるソファーに座らせた。

「みっちゃん。情報収集衛星を使って、コンメイから南南西へ千二百キロメートル離れた地表施設のアップ映像を見せてくれ」
 吉永は執務机のディスプレイに向ってそう指示した。

 右手の壁が真ん中から左右にスライドしてディスプレイが現れた。
 吉永は執務机から離れて、ソファーへ移った。
「映像が現れます・・・」
 壁のディスプレイから三井情報官の声が聞えて、映像が現れたとたん、映像が消えた。

「どうした!映像が消えたぞ!」と吉永。
「攻撃されました!電磁パルスです!」
 三井情報官は慌てている。
「サイバー攻撃ではないのか?」

「情報収集衛星のシステムがダウンしました。復旧に一時間はかかります。
 攻撃はスパイ衛星からです。我々の情報収集衛星の百キロメートルほど上空から、スパイ衛星がステルス状態で、情報収集衛星を監視していましたが、みずからのパルス攻撃で、自分のステルス機能を失ったようです。
 このスパイ衛星の国籍は不明です!」
 壁のディスプレイに球体型のスパイ衛星が現れた。他の情報収集衛星からの画像だ。

「粒子ビームで破壊してくれ」
「了解しました」
 三井情報官の言葉が終らぬうちに、スパイ衛星が破壊して壁のディスプレイから消えた。
「・・・」
 前田班長が言葉を無くしている。

「心配するな!
 他の情報収集衛星が対艦粒子ビームパルス砲でスパイ衛星を攻撃した。
 攻撃せねば、我々の情報収集衛星が破壊される・・・。
 情報収集衛星は国籍を公開するよう国際法で決められている。
 建前として、今回のようなステルススパイ衛星は存在しない。
 破壊しても、国際問題にはならない」
 吉永の言葉に、前田班長がふうっと溜息をついた。

「やはり、石垣、台湾、シンセンから先は意図的に不明にしてる。ヘロインとダイヤの合成は、北鮮の偽札造幣同様、中国の国家政策です。こうして衛星を攻撃した事で、国家政策だと暴露したようなものです。
 松木を逮捕しても、代りが現れる。切りがない・・・」
 前田班長は苛立ちを隠せない。

「中国の目的は何だと思う?」と吉永。
「単なる資金集めじゃないですね」と前田。
「ヘロインとダイヤの移動で何が変る?」
「移動経路に資金が集ることですか・・・」
「地域振興か・・・」

 石垣、台湾、シンセン。ここまでのルートで密輸品を運搬したのは松木の密輸組織だ。地域の人間は密輸品の移動にいっさい関与していない。
 シンセンからコンメイ近郊まで空路は使っていない。情報収集衛星からの高高度探査でそれは明らかだ。
 密輸品を合成していると思われる施設がある地域の探査を、解像度を上げた探査に切り換えたとたん、ステルスのスパイ衛星から電磁パルス攻撃された。他にもステルスのスパイ衛星は存在しているはずだ。これでは密輸品の移動と施設を探査できない・・・。

「中国の国家政策なら、大っぴらに運送してるはずですよね。空路を使っていないなら、ごくふつうに中国の陸上物流を調べればいいわけで・・・」

「前田!その通りだ!コンメイ近郊からシンセンまでの物流変化を調べよう。
 みっちゃん!松木が密輸をはじめた以前と以後の、シンセンとコンメイ近郊の、陸上物流変化を調べて図式化してくれ」
 吉永は壁のディスプレイに向ってそう指示した。

「わかりました。コンメイから他のルートも調査します」
 三井情報官が気を利かせて、他の陸上物流ルートも示唆した。

「そうだな。頼むよ」
 陸上物流を調べる事に、なぜ気づかなかった・・・。密輸は単なる資金集めではないはずだ。中国は何をする気だろう?
 吉永は中国のヘロインとダイヤの密輸、つまり国策としての輸出が気になった。
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