第5話 妖怪
文字数 1,914文字
辺りがようやく暗くなってきた頃、吐馬古墳に作業服を着た役場の職員らしき人物と猿蔵が現れた。
「ひゃあ、これはひどいね」
そして、後ろを振り返ると、駐在もいて、早速「本署に連絡します」と言って、引き返して行った。役場の人間たちは、裂け目の周辺の地面を確認しながら、コーンとロープで規制線を張っていった。
香はしばらく様子を伺っていたが、猿蔵のそばにいくと小声で、
「この中に何があるんですか」と聞いた。
猿蔵は予想もしていない相手からいきなりそう声をかけられて、ちょっと驚いている様子だったが、威厳を崩すことはなく、香をちらりと見た。
「知らぬ」
「そうですか。まあ、そのうちどこかの大学の考古学科や博物館が調査すれば分かるでしょうけど」
「それは困る。役場の人間にも言った」
「止められるでしょうか?」
「止めるも止めぬもない。あってはいかんことだ」
香は内心、この人はどうするつもりなのかしらと思いつつ、表面笑って、
「そうですね」
と返した。
猿蔵はそれも気に入らなかったのか、「ふん」と鼻を鳴らすと、立ち去った。
そこに早芽が駆け寄って来て、
「度胸あるわね。何話したの」
と聞いてきた。
「あら、早芽も戻ってきたの。発掘が始まるって話よ」
「六処君もいるわよ」
その言葉に合わせるかのように、六処も姿を見せた。
「で、何て言ってた」と六処。
「阻止するつもりのようだった」
「あの親爺さんなら、やりかねない」と六処が呟いた。
「あなたたちは、あの割れ目に何か見えたの」と香が聞いた。
早芽と六処は互いに顔を見合わせた。お互いの思いを探り合っているかのようだった。
「僕は、見ていない。さっきも言ったように、ぼんやりとしか分からない」
「不安、驚き、恐怖・・・」と香。
「どれでもないね」
「早芽は?」
「少なくとも、悪魔じゃない」
「そう、ちょっと安心かな」
「香、あなたはどうなの」
「まだ、何も見えないし、感じない。いつもと違う・・・感じかな」
「少なくとも、悪い奴じゃないんだろ」
六処はそう言うと、「帰ろう」と言って歩き出した。
早芽と香も、六処の後を追った。途中、ちょっと気になって、香が振り返ると、制止線の向こうに何か影がさした。香は驚いて、立ち止まった。
香の目に、何か得体の知れないものが見えた。
ボロボロのマントをまとい、フードを深くかぶった人のようなものが立っていた。そのものと目が合ったと感じた瞬間、何かとてもワクワクするような感覚を覚えた。
香の名前を呼ぶ早芽の声が聞こえなかったら、そのまま近づいて行ったかもしれなかった。
「大丈夫?」
駆け寄ってきた早芽は、香を引き止めるように抱きしめた。
その力強さに香はびっくりして、我に返った。大丈夫と、かすれた声で返すのがやっとだった。そのことにも、また驚かされた。
そして、香は早芽にもあのマントフードが見えているのかしらと訝しんだ。
「行っちゃダメ」
早芽は香を抱きとめたまま、強く言った。
「早芽、あなたにも見えているの」
香の問いに早芽は小さく頷いた。
「あれは、何」
「よくないもの。邪悪な感じがする」
「悪魔?」
「違う・・・けど、近い」
香にはまだマントフードが見えていた。何となく心惹かれるものがあった。
「行こう」
いつの間にか、六処も戻って来ていて、香の腕を掴むと引っ張って行った。
「あなたにも、見えてるの」
香は六処に聞いた。
「いや、俺には見えない。ただ、とても嫌な感じがする」
「ボロボロのマントみたいなものよ」
「姿はどうあれ、いい感じはしないな」
六処には、六処の勘が働いているようだった。
「香さんは、何か惹かれてるの」
そう六処に言われて、香はちょっとドキッとした。自分はあのボロボロマントに心惹かれているのだろうかと、改めて思ったからだ。
正直、不気味にしか感じられないのだけれどという思いもある。
「関わらない方がいいよ」
六処はそう言うと、香の手を引っ張り、歩き出した。
香はやっぱり何か気になるものがあって、振り返った。
すると、いたはずのボロボロマントフードは消えていた。どこに行ったのだろうと考えるいとまもなく、六処と早芽は香の手をとって古墳を下り、深山神社を抜けた。
それから八重洲に戻ったら、もう夕飯の準備はできていて、道成と兼枝は一杯やっている。
道成が申し訳程度に、、
「やっと帰って来たか。先に食べてるよ」
と言った。
昨日と同じく美味しい晩御飯だった・・・はずなのだけど、今日の香には何か味気なく、何を口にしてもゴムを噛むような嫌なが臭いと感触しかなかった。香は不思議に思った。
部屋に戻ると、急に眠くなって敷かれてあった布団に倒れこんだ。そこから先のことは覚えていない。
「ひゃあ、これはひどいね」
そして、後ろを振り返ると、駐在もいて、早速「本署に連絡します」と言って、引き返して行った。役場の人間たちは、裂け目の周辺の地面を確認しながら、コーンとロープで規制線を張っていった。
香はしばらく様子を伺っていたが、猿蔵のそばにいくと小声で、
「この中に何があるんですか」と聞いた。
猿蔵は予想もしていない相手からいきなりそう声をかけられて、ちょっと驚いている様子だったが、威厳を崩すことはなく、香をちらりと見た。
「知らぬ」
「そうですか。まあ、そのうちどこかの大学の考古学科や博物館が調査すれば分かるでしょうけど」
「それは困る。役場の人間にも言った」
「止められるでしょうか?」
「止めるも止めぬもない。あってはいかんことだ」
香は内心、この人はどうするつもりなのかしらと思いつつ、表面笑って、
「そうですね」
と返した。
猿蔵はそれも気に入らなかったのか、「ふん」と鼻を鳴らすと、立ち去った。
そこに早芽が駆け寄って来て、
「度胸あるわね。何話したの」
と聞いてきた。
「あら、早芽も戻ってきたの。発掘が始まるって話よ」
「六処君もいるわよ」
その言葉に合わせるかのように、六処も姿を見せた。
「で、何て言ってた」と六処。
「阻止するつもりのようだった」
「あの親爺さんなら、やりかねない」と六処が呟いた。
「あなたたちは、あの割れ目に何か見えたの」と香が聞いた。
早芽と六処は互いに顔を見合わせた。お互いの思いを探り合っているかのようだった。
「僕は、見ていない。さっきも言ったように、ぼんやりとしか分からない」
「不安、驚き、恐怖・・・」と香。
「どれでもないね」
「早芽は?」
「少なくとも、悪魔じゃない」
「そう、ちょっと安心かな」
「香、あなたはどうなの」
「まだ、何も見えないし、感じない。いつもと違う・・・感じかな」
「少なくとも、悪い奴じゃないんだろ」
六処はそう言うと、「帰ろう」と言って歩き出した。
早芽と香も、六処の後を追った。途中、ちょっと気になって、香が振り返ると、制止線の向こうに何か影がさした。香は驚いて、立ち止まった。
香の目に、何か得体の知れないものが見えた。
ボロボロのマントをまとい、フードを深くかぶった人のようなものが立っていた。そのものと目が合ったと感じた瞬間、何かとてもワクワクするような感覚を覚えた。
香の名前を呼ぶ早芽の声が聞こえなかったら、そのまま近づいて行ったかもしれなかった。
「大丈夫?」
駆け寄ってきた早芽は、香を引き止めるように抱きしめた。
その力強さに香はびっくりして、我に返った。大丈夫と、かすれた声で返すのがやっとだった。そのことにも、また驚かされた。
そして、香は早芽にもあのマントフードが見えているのかしらと訝しんだ。
「行っちゃダメ」
早芽は香を抱きとめたまま、強く言った。
「早芽、あなたにも見えているの」
香の問いに早芽は小さく頷いた。
「あれは、何」
「よくないもの。邪悪な感じがする」
「悪魔?」
「違う・・・けど、近い」
香にはまだマントフードが見えていた。何となく心惹かれるものがあった。
「行こう」
いつの間にか、六処も戻って来ていて、香の腕を掴むと引っ張って行った。
「あなたにも、見えてるの」
香は六処に聞いた。
「いや、俺には見えない。ただ、とても嫌な感じがする」
「ボロボロのマントみたいなものよ」
「姿はどうあれ、いい感じはしないな」
六処には、六処の勘が働いているようだった。
「香さんは、何か惹かれてるの」
そう六処に言われて、香はちょっとドキッとした。自分はあのボロボロマントに心惹かれているのだろうかと、改めて思ったからだ。
正直、不気味にしか感じられないのだけれどという思いもある。
「関わらない方がいいよ」
六処はそう言うと、香の手を引っ張り、歩き出した。
香はやっぱり何か気になるものがあって、振り返った。
すると、いたはずのボロボロマントフードは消えていた。どこに行ったのだろうと考えるいとまもなく、六処と早芽は香の手をとって古墳を下り、深山神社を抜けた。
それから八重洲に戻ったら、もう夕飯の準備はできていて、道成と兼枝は一杯やっている。
道成が申し訳程度に、、
「やっと帰って来たか。先に食べてるよ」
と言った。
昨日と同じく美味しい晩御飯だった・・・はずなのだけど、今日の香には何か味気なく、何を口にしてもゴムを噛むような嫌なが臭いと感触しかなかった。香は不思議に思った。
部屋に戻ると、急に眠くなって敷かれてあった布団に倒れこんだ。そこから先のことは覚えていない。