第9話 吐馬の王

文字数 2,152文字

「あの古墳に眠るお方のことを教えていただけませんか」
 道成は慎重に言葉を選びつつ猿蔵に聞いた。
「前も言った通り、お名前とて分からぬ。何が知りたい」
「あなた方が代々お守りしてきたのにはそれなりの理由があるはずです。その理由を教えてください」
 猿蔵はしばらくじっと考えていた。
 早生が先走って何か言い出さないように、太子が早生の口を押さえている。
「それを知って、どうする。今起きている異常を止められると思うのか」
「私なりの考えで、確証はありません。この地を何度か訪れてみて、何か大きな動きの中で起きている事象に繋がっているのではないかと考えています」
「大きな動き?」
「そうです。前世紀から都市伝説として扱われる異常現象が増えてきています。勿論、マスコミの発達やインターネットなどで記録できる媒体が増えたこともあるでしょう。しかし、私の印象では、異常事象そのものも増えてきていると考えています」
「吐馬で起こっとるようなことか」
「そうです」
 猿蔵はまたじっと考え込んだ。しばらくして口を開くと、
「あそこに眠るお方は王ではない。古い古い時代・・倭国大乱と言われている頃に、この地に現れたお方じゃ。何処から来られたのか、どのようなご身分の方なのか、誰にも分からなかった。騒乱の中で現れ、があるこの地の民を助けてくださった」遺骨
「大和朝廷から派遣されたヤマトタケルのような人物だったのですか」でな
「果たして、人であったかすら、分からぬ」
「時期的にダブりませんか」
「吐馬伝説が生まれたときには、もう亡くなられておったのだから、時期は違う」
「古墳の石室にはその方の遺骨があるのですね」
「さて、見たものはおらんでな」
「であれば、今こそチャンスです。地面に亀裂が入ったことで、石室に入り易くなりました」
 猿蔵は気に入らなかったようだ。
「それはわしらの仕事ではない」
「私たちが入ります。許可してください」
「ダメだ」
「何故です」
「先ほど、其奴が言ったろう」
 猿蔵は早生を指差す。
「あそこは護られている。今もそうじゃ。何も知らぬ者が安易に近づくことは危険じゃ」
 猿蔵は懐から一個の小さな石のカケラを取り出して、道成に見せた。
「これは、吐馬古墳を守る立柱石のカケラだ」
「ほう。それは今でも立っているんですか。ちょっと失礼」
 道成は感心して、その石を手に取ろうとした。猿蔵は、石を持つ手を引っ込める。
「ちょっとだけでいいですから」
「せっかちな男じゃな。力がある。気をつけて触れよ」
 猿蔵が石のカケラを差し出す。道成は恭しく受け取った。
「これは石灰石ですか」
「色は似とるが、違う。わしらも知らぬ自然石じゃ」
「いろいろと混ざり合っているのですね」
「そんじょそこいらに転がっているものとは違う。心して扱われよ」
 道成は嬉しそうに指先で石を掴んで覗き込んだ。すると、急に電気が走ったかのようになって、思わず石を落とした。それを猿蔵が空中で掴む。
「だから、言わんこっちゃない」
「静電気より強かったです」
「この石は何か振動を発しておる。手に持っていると、痺れるような痛みを感じることもある。古来、人があの古墳に近づけなかった由縁じゃ」
 そう言うと、猿蔵はまた道成の手に石をおいた。
「もらっていいんですか」
 道成は飛び上がらんばかりに喜んだ。猿蔵はそれを困ったような顔で見ていた。
「何が起こるか、保証の限りではないぞ」
「ありがとうございます」
 道成には別の思惑もありそうで、それを兼枝に渡すと「これを使ってくれ」と言い添えた。
 兼枝は「どうするの」と聞く。
「これは、振動子の一種だ。自らも振動するようだが、他の振動にも反応するかもしれない」
 それを聞いて兼枝は黙って頷き、受信モニターの三次元センサーボックスの中に入れた。すると、不思議なことに石はボックスの中で浮いている。
 兼枝が驚いて道成の顔を見ると、道成は確信を持って頷いた。
 そこでようやく道成は香のことを思い出して、猿蔵に聞いた。
「ところで、高井戸君は大丈夫ですか」
「まだ眠ってるよ」
 早生が答えた。
「お世話になります。すぐには連れて帰れませんし、しばらくお預けしていいですか」
「この屋敷から出すと危ないしね」と早生が言う。
「そうなのか。ならば、尚のことだ」
 道成は我が意を得たりと嬉しそうだ。猿蔵はその様を見て、気に入らなさそうだが、何も言わなかった。
「よかった。わたしがお姉ちゃんの面倒を看る」
 早生も嬉しそう。
「では、調査に行ってきます」と道成は意気込んで立ち上がった。
「気をつけてね」と早生。
「油断めさるな」と諸節。
 猿蔵は何も言わない。
 その時、兼枝が確認するかのように受信モニターの電源を入れた。低音の機械音は唸るように鳴る。
「あれっ」と兼枝が声を上げた。
「どうした」と道成。
「見てくれ。何か、いる」
 モニター画面の端の方に色の強い部分が映っていた。
「近いのか」
「この屋敷の中だ」
「何?」
 猿蔵は聴き漏らさなかった。画面を覗き込み、
「わしらは、どこになる?」
と道成に聞いた。道成が画面の中央を指差すと、猿蔵は顔をあげ、
「あの小娘のいる方だ」
と言うと、真っ先に部屋を出て行った。その後を早生が追い、諸節と太子もドタドタと走って行った。道成も駆け出し、兼枝はモニターを抱えて走った。
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