第4話 多越山

文字数 2,974文字

 そのとき多越山は大きく揺れていた。
 兼枝と六処は立っているのにやっとで、せっかく設置した地震計などの機器類は、ひっくり返ったり、転げ落ちたり、散々な状況だった。
 そのとき遠くから兼枝を呼ぶ声が聞こえてきた。
 六処が振り返ると、山の斜面の下の方から誰かが登ってくる。道成教授に香、早芽の三人の姿はすぐに分かった。しかし、その前を物凄い速さで登ってくる老人と子供を含む四人が誰なのか、六処には分からなかった。
「教授が来てますよ」
 六処は兼枝に大声で声をかけた。兼枝はすぐには気づかなかった。それだけ、機器を守るのに必死になっていたのだ。
 兼枝の前には、猿蔵が立っていた。諸節、太子、早生の三人も兼枝を取り囲んだ。
「何をやっちょる」と猿蔵が聞く。
 兼枝は突然のことに状況が呑み込めず、キョロキョロしている。そこにやっと道成教授たち三人が追いついて来た。
「びっくりしたよ。地震みたいだったからね」
 道成は、驚きのあまり立ち尽くしている兼枝を慰めるように、声を掛けた。
「この人達は、何ですか」
 兼枝は、素っ頓狂な声を上げた。
「里の人たちだ。みんな、心配してやって来たんだよ」
 道成に宥められて、少しずつ兼枝は落ち着きを取り戻しつつあった。
「いきなり、山・・全体が・・・揺れ・・始めたんだ」
 兼枝が言葉を詰まらせながら、やっとの思いでそう言った。
「だから、僕達は何もやってません」
 六処が囁く。道成は、小さくうなづいた。
「これは、何の実験かな」
 猿蔵が言う。
 兼枝は言いたくもなさそうで、そっぽを向いている。
「空間波動を捉える実験です」と、道成。
「それは何か」
「振動を伝えるものは地面や空気のような物だけではないというのが、私の考えですと、この広い空間もまた何かを伝えている。それを実証したいんです」
「奇妙なことを考えるのじゃな」
「この下にある古墳の異常現象も、関係あると思っています」
「なら・・」と言いかけた猿蔵に、道成が畳みかけた。
「でも、まだ実験前でした」
「さすれば、これも異常現象の一つということか」
「だんだん規模が大きくなっている・・・そう思いませんか」
 道成は猿蔵に畳み掛けた。猿蔵は返事に困っている様子だったが、ボソリと呟いた。
「地の護りが弱まっておる」
「地鎮ですか」
「古より古墳と神社を、先賢達が作ってきた。それはこの地を護る為じゃ。吐馬古墳が気になる」
と言うと、猿蔵は山を降りはじめた。
 猿蔵を先頭に諸節、太子、早生そして道成たちは、吐馬古墳の前に建つ深山神社に下りていった。
 兼枝と六処は車だ。機器を全部車に積み込むところまでは、道成も香も早芽も手伝った。そのあとは、斜面を駆け下りていく方が早いからと、別行動になった。
 深山神社は「みやま神社」と呼ぶ。古くは「深」ではなく「美」を当てていたと猿蔵が話してくれた。
 社殿の奥に吐馬古墳がある。今は神社の森のようになっていて、しかも斜面にあるので、判然としない。
 猿蔵が先に立って社殿の裏に回り込んだ。小さな木戸があった。鍵はかかっていない。
 木戸を開けると、平たく切り出した石が枕木のように敷いた細い階段が上に伸びている。そこを登っていった。
 山の岩肌が正面に見えてきた。今登っている斜面は土だが、聳り立つ岩肌を見ると、岩山を削って半円の墳丘を作ったようだった。
「この下に石室があるのですか」
 墳丘の頂上らしきところに着いたときに、道成が猿蔵に聞いた。
「いや、石室はこの岩山の方にあると聞いとる」
 兼枝が墳丘と岩場の際目辺りを慎重に見て回っていた。香は離れたところに立っていたが、特に異常があるようには見えなかった。
「ここに割れ目があります」
 兼枝が大きな声で言った。覗き込んでいる様子。すぐそばに行った道成も、のぞいて見たが、切れ目自体は大きくないのに、奥は深そうだった。ちょうど、岩肌と土盛り部分の境目だ。
「奥が深いですね」
と、道成が猿蔵に言うと、猿蔵も覗き込んできた。兼枝と道成は横に押しやられた形になった。
「岩にも亀裂が入っている」
 兼枝が呟いた。
「この先に石室があるのですか」と道成。
 猿蔵は黙っている。香には何かを探っているようにも見えた。
「あがたぬしさん、出て行ったかな」
 いつの間にかそばに来ていた早生がいうと、猿蔵は黙ってろとでも言うように手を振った。
「あがたぬしというのは、ここに入っているお方の名ですか」
 道成が聞くと、猿蔵は、
「古代の官職の名だ。わしらは仮にそう呼んどる」
と言いつつ、何者かの声を聞くように、耳を澄ませている。諸節、太子、早生の三人も周囲を警戒している。
 猿蔵たちが感じていることを香もまた薄々察知していた。香の周りに詰め込んだようになっている窮屈感が嫌な震え方をしていた。
 何か起きると香は感じていた。
「何か、あったのですか」
 道成が改めて、猿蔵に聞いた。猿蔵は何かを確かめるように黙っている。
「聞こえぬか」
 道成が訳が分からず耳に手を当てる。香は、その様子を見て、自分にだけ聞こえているのではないと思った。一体、何が・・・聞こえているのか。
 香は、遠い汽笛のような、咆哮にような声を耳にしていた。それが地鳴りなのか、生き物の声なのか、分からない。ただ、嫌な感じがしていた。
「目覚めさせたのかもしれんな」と猿蔵。
「何をですか」と道成。
「古い妖怪じゃ」
「そんなものがいるんですか」と兼枝。
「わしらも、その姿は知らぬ。ただ、この神社と墳丘によって、封印された妖怪がおると伝わってきている」
「そんな話は、先に教えてくださいよ」
と、道成が困ったかのように言う。
「僕たちのせいですか」
 兼枝もとても不安そうだ。
「何が災いするものか、わしらも知らなんだ」
 猿蔵も動揺を隠せなくなった。
「何かが来る」と猿蔵が呟く。
 それは、香も感じていた。その場から逃げ出したいのに、身体が動かない。
 周りを見回すと、まだ六処と早芽が残っていた。
「戻らないの」
 そう香が聞くと、二人はにっこりして、「あなたと一緒かも」と、早芽が応えた。
「あなたたちは何か知っているの」
「香は?」
「わたしは・・・感じているだけ」
「何を」と、六処。
「何か、嫌なものが近づいてきている」
「ぼんやりとした不安。表現するなら、僕はそうかな」
「あたしはもっと具体的。小さい頃に見たことがあるの。ボロボロの衣をまとった悪魔」
 香は驚いた。
「悪魔を見たことがあるんだ」
「幼いあたしがそう思っただけ。別に悪さした訳じゃないから、違っていたかも」
「少なくとも、カッコいいお兄さんではなかったのよね」
「僕はそこまで具体的なイメージを見たことはないな。雰囲気が多いんだ」
「だから、漠然とした不安な訳ね」
「早芽の言うそいつがこの中にいるの?」
と言いつつ香は、墳丘の割れ目を覗き込んだ。
「分からない」と早芽。
「ちょっと狭くて入れないわね」
「へえ、入る気でいたんだ」
と、六処が驚いた。
「だって、気になるじゃない」
 話しているうちに、猿蔵を始め諸節、太子、早生もいなくなっていた。道成と兼枝が歩きかけて振り返り、
「一旦、宿に戻ろう」と言った。
「はい」
と返事しつつも、香は何となく気になって、道成達とは距離を置いて歩き、見えないくらいに離れたときに、方向転換して吐馬古墳の方に戻って行った。
 辺りはようやく暗くなり始めていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み