第8話 祓い

文字数 3,393文字

 猿蔵は目の前のボロボロマントが、最初に自分の考えていたものと違うことに気づいた。しかも、今は香の姿も借りてマントを身に纏っている。
 周りの諸節と太子に、
「気をつけろ」と声を掛けた。
 そして、早生には「隠れてろ」
「何で」
 早生はちょっと不満そう。
「怪我すんぞ」
 早生は、「お姉ちゃんを放っておけない」と言った。言われた通りにする気はなさそうだ。
「これは吐馬の主様ではない。心してかかれ」
 猿蔵は三人に注意した。四人は四方に展開して、マントフードを四方陣の形で囲った。
 マントフードは一瞬戸惑ったように、全身を揺らめかした。何が来るかと、四人も身構える。
 猿蔵が渾身の力を込めて、
「去ね」
と叫ぶ。
 そこに朝日が刺してきた。マントフードは朝日を恐れるかのように身をくねらせた。フードの中の香は眠るかのように瞑目している。
 マントフードは香の身体を使って大きくジャンプした。四方陣を跳び越えるかに見えたとき、諸節と太子が跳んで阻止した。
 そのまま空中で格闘になった。
「お姉ちゃんを傷つけないで」
と早生が叫ぶ。
 香と一体化したマントフードは意外に難敵だった。腕を掴もうとする諸節の手をすり抜け、マントを掴もうとする太子の手は空を掴むばかりだった。
 地上に降りても、お互いうつ手をやめない。マントフードは香の身体を使って蹴りを入れてくる。まともに喰らった太子が地面に倒れて顔をしかめた。
 そこに猿蔵が参入した。三対一になっても、マントフードは全く引かない。
 攻撃力のない早生は、ヤキモキきながら大声で何か叫んでる。マントフードをなじっているのか、三人を励ましてるのか分からない。
 猿蔵達が苦戦しているのは、香の身体に傷つけずにどうやってマントフードを引き剥がせるか分からないからだ。
 マントもフードも、掴もうとすると、そこだけ砂のようにバラバラになってしまうので、手の中に砂粒しか残らない。蹴りを入れても同じで、直接香にダメージを与えてしまいかねなかった。
 拳撃も蹴りも、空を切ることが多かった。
「やりにくいのう」
 思わず猿蔵が愚痴ると、早生から檄が飛んだ。
「お姉ちゃんを助けてあげて」
 さて、どうする。打ち合いながら、決め手がない。
「早生、お前が考えろ」
 諸節が叫んだ。その言葉に早生はハッとした。マントフードと香の動きに微妙なズレがあるのに気づいたのだ。
 香は夢遊病者のようにふらふらと踊るように動いている。その度にマントフードは大きく広がっている。
 早生は早く動けるから、その隙間に入り込める。マントフードを引き剥がせるかもと考えたのだ。
「だったら、協力してよ」
「どうするか」と猿蔵。
「私が香姉ちゃんに飛びつくから、わたしごと引き剥がして」
「承知」
 猿蔵、諸節、太子の三人がマントフードに飛びかかって、その後ろから早生が接近していった。
 マントフードは踊るように三人を翻弄する。その度にマントの端が宙に広がった。
「ひいふうみっ・・・」
 早生はタイミングを見て、跳び込んだ。早生を追いかけて、太子も飛び込み、マントフードの下で身体を広げると、早生と香を抱きしめた。続けて、猿蔵と諸節が一方に立ち、手印を組むと大きな声で、
「破邪吹風」と唱えた。
 大きな風が吹き、太子ごと三人を吹き飛ばし、マントフードは砂粒となって飛び散った。
 猿蔵と諸節は力尽きて膝をついた。太子は香と早生を抱きしめたまま地面に転がっている。
 ややあって、早生が太子の腕を押しのけて立ち上がった。
「祓えたのでしょうか」
 諸節が猿蔵に問うた。
「少なくとも、その小娘からは離れた」
「もう大丈夫?」
 早生が聞くと、猿蔵は難しい顔になり、
「どうかな。小娘はあやつと近い。出会えば、また取り憑かれる」
「あああ、残念。近づかないようにするっきゃないか」
 太子が呆れて「どうやって、守るんだ」
「知らない。手伝ってよ」
「とりあえず、放っては行けませんよね」
 諸節が猿蔵に聞いた。その視線の先には、横たわる香の姿がある。早生も、猿蔵の顔を見つめてる。
 猿蔵は嫌そうに「仕方なかろう」と答えた。
 猿蔵はそのまま深山神社を出て行ったので、早生に促され、太子が香を抱き上げて後を追った。
 向かう先は猿蔵屋敷である。

 一方、道成も猿蔵屋敷に方に向かっていた。朝から香の姿がなく、三橋が朝食とは別にちらし寿司をたくさん作っていたので、何かあると思ったからだ。
 兼枝も一緒だった。
 屋敷の門はいつもの通り、内側から開いた。
「猿蔵さんはいらっしゃいますか」
 出迎えた婆さんに道成が聞いた。
「どうぞ」とそのまま案内された。
 前にも入った座敷に案内されると、そこには猿蔵、諸節、太子、早生の四人がいた。兼枝はこの四人がいつも一緒にいることに違和感を覚えていた。今回は、さらに異常なことに全員が怪我をしているらしく、包帯を巻いている。
「お怪我をされたのですか」
 道成も驚いた様子で猿蔵に聞いた。
「山作業で足を滑らせた」
 猿蔵が忌々しそうに応えた。
「みなさんも、ですか」
と言ってしまった後で、四人の顔を見て、道成はしまったと思った。四人は何とも言えない凄い顔になっていた。
 道成は言葉を失った。兼枝は知らぬ顔をしている。
 そこに救いの天使ならぬおじさんが現れた。民宿「八重洲」の三橋である。
「出前持って来ました。ちらし寿司です。具沢山にしましたから、精が出ますよ」
と、調子良く入ってきたところで、道成と兼枝に気づいて、思わず桶を落としかけた。
「何で、いるの」
「あれ、言わなかったっけか」
「ここに香さんがいるとでも、思ってるの」
「他に行く当てないし、ね」
と言って、道成は同意を求めるように兼枝を見た。
 兼枝は困って、薄ら笑いを浮かべている。
 そこで、早生が近づいて来て、
「よく分かったわね」と道成に声を掛けた。
「えっ・・本当なのか」
「そうよ。向こうで、眠ってる」
「ああ、それを聞いて安心したよ」
 道成はほうとため息をついた。
「本当に、そう思ってるの」
 早生はあくまでも疑い深く尋ねた。
「嘘はない。僕の大事な学生だ」
「大袈裟ねえ」
 早生は呆れてる。
「それで、一体どこで香さんを見つけたんですか」
 そう聞かれて、早生と諸節と太子は、猿蔵の顔を見た。道成はまたまずいことを聞いてしまったかと不安になった。
「夜中のうちに八重洲を抜け出したようで・・何があったのかわからないんですけどね」
と、道成は付け足した。
 猿蔵はしばらく考えていた。その沈黙の時間が、道成と兼枝にとってはとても長いものに感じられた。猿蔵はようやく口を開く。
「正直に申そう。あの女子は祟られとった。邪悪なものに取り憑かれて、自分を失っていた」
「見た感じ、変な素振りはありませんでしたけど・・」
と道成がいうと、猿蔵はきっぱりと否定した。
「取り憑かれておる者は、自分でも気づいていないばかりか、周りをも騙す。
「古墳に地割れが起きたときに取り憑かれたのでしょうか?」
「あそこはホントは守られてるんだよ」
 唐突に早生が口を挟んだ。
「どういうことですか」
「お母さんから聞いたの。墓の中の王様を守る仕掛けがあるんだって」
 道成は早生の顔と猿蔵の顔を交互に見比べた。すると、観念したように猿蔵が口を開いた。
「昔の話じゃ。古墳の周りを真垣が?取り囲み、四方に立柱の護守門があったという。門の前には衛士が立ち、勝手には入れなかったそうだ」
「それは古代の話ですね」
「いや、結構長いこと護られておったようじゃ」
「いつくらいまでですか」
「わしの先先先代の猿蔵の頃の話じゃから江戸の頃じゃな」
「猿蔵さんは、みなさん長生きですね」
「猿蔵を名乗る者は、そうじゃな」
「ということは、猿蔵さんがこの古墳の衛士職の家系ということですね」
 道成のその問いかけに、猿蔵は答えなかった。しかし、別に否定している訳でもない。道成はそのまま話し始めた。
「ちょっと調べたんです。この村では出て行く人が少ないそうですね。村の人口も増えている訳ではなく、減っている訳でもない。他の村との交流も、少ない」
「自給自足でやっとるから」と、諸節が呟く。
「しかも、ほとんど世襲だ。親子代々、同じ仕事をしている」
「おじちゃん、それって変なの」
 早生が聞いた。
「守るべき秘密があるということだよね」
 道成は早生の顔を覗き込んだ。
 早生はニコッと笑って、「そうかな」と呟いた。
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