文字数 1,148文字

絶望のなかにも焼けつくように
強烈な快感があるものだ。
ことに自分の進退きわまったみじめな境遇を痛切に意識するときなどはなおさらである。

-ドストエフスキー-





美しいものをずっと追い続けて、探していたのに、最後の話し相手としてわたしなんかに伝えを介して、世間にこの言葉を付け加えて、というのも皮肉ですね。
「最初から何も足りてなかった。」
全てを手に入れたのに。
「いいえ。僕にはそんなこと自体がどうでも良かった。」
それを言ってしまえば、全てを失ってしまいます。
「最後に本物を、手にするには必要なことです。」
というと。
「ご存知の通り。」
公表をすることがですか。
「えぇ。僕の望んだ景色はきっと最初からそれでした。」
それでいいのですか。
「これからは誰にも読まれないでしょう。」
秘密は、なんですか。
「事実は正しく、嘘ならバレずに、美しいなら真似をして、盗めば、手に入る。」
まるで、そのものですね。
「勘の鋭い方は苦手ですね。この年齢にもなっても、先を読まれるのが、とても怖いです。」
あなた自身のお姿でしょう。
「時代が私に、追いつかなくなったというより、世の中を勝手にアレンジしたのは、知っているんですね。」
知っています。
「時代が私を置いて行く前に、思考を捻った。」
昔から、作品を読んできたから意味が分かります。

足りない男はそれに対して笑って
「不思議なものですね。時間に置いて行かれたくないと、必死に抗って、最後に欲するのが…。」
男は、ため息を履いて。
「美しい事を、知っているから良いのです。」
続けて
「自白です。」
自白。
「私の終わり方は、自白で、告白とも言い換えられます。」
告白。
「知るとおり、美しいものには、目がなかった。だから、自分の作品にも取り入れ続けた。誰かにバレても、批判を受けても、続けた。でもいつかこの時が来るのを悟っていました。“いま“になりましたね。」
それでも私自身が此処で踏みとどまって、世間に発表しなければ、そのいまは訪れませんがね。
「良いのです。言ったでしょう。美しいものには目がないと。」
自白は何をもたらすのかを教えて頂けますか。
「手に入れるだけです。」
何をでしょう。
「本当に、偽物でも本物でも無い。そんな美しいものです。」
それがどんな形をしてようが、この世界の誰ひとりとして関係はありませんが、貴方にとっては意味がありそうですねと伝えた。
悲哀の顔で男は
「仰る通りで。」
じゃあ教えてください。
自白を
「えぇ。」

在る小説家の人生が終わる日が来るとは、思って無かった。今まで読んで来たものを疑いたくなった。それでも何故か、その晩年は、酷く美しい日々だった気がした。

「私にはその行為に責任があるのだろうか?ないのだろうか?」という疑問が心に浮かんだら、あなたに責任があるのです。

- ドストエフスキー -
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