プリズム

文字数 2,246文字

 さっき降った通り雨のせいで、空には大きな虹がかかっていた。でも、これって確か、プリズムがどうのって話じゃなかったっけ。勉強すればするほど、夢がなくなっていくような気がする。私はボーッと窓を見ながら、溜息をついた。
 私はアキ。小学校四年生。身長は高い方だけど、それ以外はいたって普通。普通に毎日昼は学校、夜は塾に通ってる。遊ぶ時間が少ないのは、ちょっと悲しいけどね。
 特に今日は駅前でお祭りがある。クラスの子達は行くみたいだけど、私だけ塾に行かなきゃいけない。私は中学受験する予定だから、塾をサボる訳にもいかないし。
 帰りの会が終わると、私はいつものように、学校の裏門から駅に向って歩き始めた。家に帰るには、駅前を通らなければならないからだ。
 駅前通りは、もう出店がいくつか出ていた。私はお祭りに行きたい気持ちをグッと抑えて、何もないかのように出店を素通りしていく。
「おじょうちゃん、ちょっと見てってよ」
 早足で歩いていたのに、出店のおじさんが声をかけてきた。ちらっと横目で出店を見ると、屋台には、小さいガラスの三角柱が並べられていた。
「これは……」
 つい、商品に目を奪われてしまった私を見て、おじさんはしてやったり、といった顔で説明を始めた。
「『プリズム』って知ってるかい? 光を屈折させたり、分散させたりするやつだ。きれいだろ?」
 私は黙ってプリズムを見ていた。小さな三角柱の中に、虹ができているように見える。
「しかも、このプリズム、普通のモンじゃねぇんだ。」
 おじさんは私の方に寄って、小声で話し始めた。
「このプリズムに日の光を浴びせると、自分の『分身』を作ることができるんだぜ」
「嘘だ~!」
 私は塾があることを忘れて、おじさんとの話に夢中になっていた。
「虹が水滴にあたった光の分散でできているのは知ってるか?そもそも虹ってぇのは、その外側に『副虹』ってもう一つ虹ができるんだ。それと同じ寸法さ」
 おじさんの話はもちろん嘘だと思うけど、自分の『分身』があったら、どんなに楽だろう。今日も塾に行かないで、お祭りに参加できる。それ以外にも、親の手伝いをしなくて済むし、学校に行かなくてもいい。本当に『分身』がいたら、いっぱい遊んで過ごせるんじゃないだろうか?
 私が色々と考えていると、おじさんは私にプリズムを一つ差し出した。
「おじょうちゃんだけ、特別だぞ。これ、ひとつやろう。それで、自分で確かめてみるといい」
「ええっ! いいの?」
「ただし、おじさんの言うことをちゃんと守るんだぞ?」
 私はこうしてプリズムを手に入れた。
 おじさんは、私にプリズムを渡すとき、使用方法を教えてくれた。まず、『分身』を作る時は、プリズムを日の光に当てる。逆に消すときは水道水でプリズムを洗う。また、雨が降ると、プリズムは消えてしまうから注意、とのことだった。
「本当に『分身』なんか出るのかなぁ」
 私は半信半疑だったけど、さっそく、人気のない場所で、プリズムを夕日にかざしてみた。すると、キラッとプリズムが反射して、私は一瞬目をつぶった。
 ゆっくりと目を開けると、ランドセルをしょった、もう一人の『私』が立っていた。
「嘘でしょ?」
 私が言うと、もう一人の『私』は、「嘘じゃないよ?」と、答えた。背の高さも、声のトーンもまるで同じだ。
 夢じゃない!本当に私は『分身』を作ることができたんだ!
「じゃあ、早速なんだけどね?」
 私は『私』に、今日代わりに塾へ行くように頼んだ。だけど、『私』は、首を横に振った。
「嫌よ。私がお祭りに行くから、あなたが塾に行ってよ」
「えぇっ?」
 予想外のことで、私は驚いてしまった。私の『分身』のくせに、私に意見するなんて、何だかすごく腹立つ。
「私がプリズムであんたを作ったんだよ? なのに、何で命令されなきゃいけないのよ!」
「私だって、好きで作られたわけじゃないもん!」
 とうとうけんかになってしまった。しかし、自分と言い争うなんて、変なの。その上、考え方まで同じらしく、けんかは平行線。どっちも謝ろうとしない。これじゃ、いつまで経っても終わらなさそうだ。
 何分、いや、何十分たっただろう。雲行きが急にあやしくなってきて、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。最初は小雨だったのに、どんどん雨あしは強まっていった。
「あ、あんた、覚えてなさいよ!」
 私の『分身』は、そういい残し、消えていった。
 突然の雨で、お祭りの出店は急いで閉め始めた。私はもらったプリズムを持って、さっきのおじさんがいたところへ走って戻った。
 おじさんの屋台はまだ開いていた。
「おぅ、さっきのおじょうちゃん。どうだったかい? 自分の『分身』は」
「性格まで一緒なんだもん。ひどい目にあったよ。やっぱり、嫌なことを人に押し付けちゃダメなんだね」
 私はもらったプリズムを、おじさんの手の上に置いた。
「そうだよ。おじょうちゃんの人生に、代役なんていらねぇ」
 おじさんは、私の頭をポンポンとなでた。
「じゃ、おじさんも店じまいするかなぁ」
 おじさんが腰をあげると、何も触っていないのに、屋台がポンッと跡形もなく消えた。私はその様子にびっくりして、目を見開いた。
「おじさん、何者なの?」
 私のその問いに、おじさんはにっこりと渡って答えた。
「虹の神様ってとこかな」
 私にそう言うと、おじさんは駅の方へと消えていった。
「あっ! 塾あるんだった!」
 私は時計を見て、駅前のお祭りをダッシュで走り抜けた。雨はいつの間にか止み、また虹が現れていた。
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