サイクリング少年と百キロばばあ
文字数 1,757文字
僕はドキドキしていた。夏休み、となり町のじいちゃんちへ自転車で行くことになったからだ。となり町って言っても、結構遠い。車で三十分くらいの場所にある。
「行ってきまーす!」
僕はリュックを背負い、帽子をかぶって、自転車をこぎだした。
道は何度も車で通ったことがあるから、大体分かる。ずっと陸橋の下を走っていけば、大丈夫だ。ただ、僕は一ヶ所だけ苦手な道があった。『お化けトンネル』と呼ばれているところだ。
トンネル自体はそんなに長くないんだけど、どういうわけか、恐い噂ばかり聞く。僕が一番恐いのは、『百キロばばあ』の噂だ。
なんでも、すごい速さでおばあさんが走ってきて、車を追い越すらしい。そして、追い越された車は必ず事故に巻き込まれる。
じいちゃんちに行く前、お母さんにもその話をしたんだけど、「恐がりねぇ。」と笑われただけだった。
そして今、僕はそのトンネルの前にいる。周りには誰もいない。僕は覚悟を決めて、トンネルの中に入った。
トンネルの中は、黄色いライトで照らされていて、外より空気がヒンヤリしている。
このペースなら二分くらいで出られるだろう。僕は車がきていないことを確認して、スピードを速めた。……もうすぐ出口だ。すると、突然出口が遠くなった。おかしい。走っても走っても出口につかない。僕は背中の汗が冷えていくのを感じた。
僕は更に自転車のスピードを上げた。すると、後ろから「だだだだっ」と何かが迫ってくる音が聞こえた。まさか!
「まてぇぇぇぇぇえ……」
一瞬振りかえり、すぐ前を向いた。青白いおばあさんが、僕のすぐ後ろについていた。
『百キロばばあ』だ! 僕の聞いた噂は本当だったんだ!
僕は急いだ。それでも出口に近づけない。
「うわぁっ!」
石が当たったせいで、自転車が大きくバランスを崩し、僕は道路に放り出された。しまった、百キロばばあに追い越される!
僕の足元で、百キロばばあは止まった。無表情で、僕を見下ろしている。しばらくして、百キロばばあは、フッと消えた。僕はその瞬間、気を失った。
「うーん……」
気がついたところは、トンネルを出てすぐ横の草むらだった。汗びっしょりで、気持ち悪い。ハンカチを取り出そうと、リュックを開けようとしたら、右手に何か握っていることに気がついた。
『四年二組沢田ひろし』とかかれた名札だ。この名札は見たことがある。僕の学校のものだ。なんだか気になって、僕はそれをポケットにねじ込んだ。
じいちゃんの家に着いて、僕はトンネルでの話をした。
「確かに昔、あそこで事故はあったけどな」
じいちゃんは、あごを触りながら話してくれた。何でも一年前、あのトンネルでおばあさんが事故で亡くなったらしい。
「もしかしたら、そのおばあさんかもな、百キロばばあは」
ほっほっほ、とじいちゃんは笑っていたけど、僕は余計恐くなった。
あまりにも僕が恐がるので、帰りはじいちゃんのトラックの荷台に自転車を乗せて、家まで送ってもらった。だけど、『百キロばばあ』は出なかった。もう消えたのかな。
夏休みが明けて新学期。僕は、あの名札の人物を尋ねてみることにした。
百キロばばあは、僕を追い越さずにそのまま消えた。もしかしたら、手に握っていた名札と関係があるのかもしれない。
上級生の教室に行くのは、ちょっと勇気がいる。階段を登って正面にある五年二組。緊張して、そこのクラスの女の子声をかけた。
「沢田くんなら、今五年二組にいるよ」
僕は嫌な予感がした。それでも、なぜか、この名札だけは届けなくちゃいけない気がして、五年生の教室まで走った。
ドアの近くにいた男の子に声をかけて、沢田くんを呼んでもらった。沢田くんはもう帰り支度をしていて、ランドセルをしょっていた。
「オレに何か用?」
「あの、これ……」
ぶっきらぼうな沢田くんに、名札を差し出したら、すごい勢いで、ひったくられた。
「これ、どこで見つけた?」
「『お化けトンネル』で……」
沢田くんは、みるみる青い顔になった。
「うちのばあちゃんが一年前、事故で死んだところだ。オレが名札忘れたからってわざわざ持ってきて……」
百キロばばあは、沢田くんのおばあちゃんだったのだろうか。名札はちゃんと渡せたから、これで成仏してくれるといいけど。僕は心の中でそう思った。
「行ってきまーす!」
僕はリュックを背負い、帽子をかぶって、自転車をこぎだした。
道は何度も車で通ったことがあるから、大体分かる。ずっと陸橋の下を走っていけば、大丈夫だ。ただ、僕は一ヶ所だけ苦手な道があった。『お化けトンネル』と呼ばれているところだ。
トンネル自体はそんなに長くないんだけど、どういうわけか、恐い噂ばかり聞く。僕が一番恐いのは、『百キロばばあ』の噂だ。
なんでも、すごい速さでおばあさんが走ってきて、車を追い越すらしい。そして、追い越された車は必ず事故に巻き込まれる。
じいちゃんちに行く前、お母さんにもその話をしたんだけど、「恐がりねぇ。」と笑われただけだった。
そして今、僕はそのトンネルの前にいる。周りには誰もいない。僕は覚悟を決めて、トンネルの中に入った。
トンネルの中は、黄色いライトで照らされていて、外より空気がヒンヤリしている。
このペースなら二分くらいで出られるだろう。僕は車がきていないことを確認して、スピードを速めた。……もうすぐ出口だ。すると、突然出口が遠くなった。おかしい。走っても走っても出口につかない。僕は背中の汗が冷えていくのを感じた。
僕は更に自転車のスピードを上げた。すると、後ろから「だだだだっ」と何かが迫ってくる音が聞こえた。まさか!
「まてぇぇぇぇぇえ……」
一瞬振りかえり、すぐ前を向いた。青白いおばあさんが、僕のすぐ後ろについていた。
『百キロばばあ』だ! 僕の聞いた噂は本当だったんだ!
僕は急いだ。それでも出口に近づけない。
「うわぁっ!」
石が当たったせいで、自転車が大きくバランスを崩し、僕は道路に放り出された。しまった、百キロばばあに追い越される!
僕の足元で、百キロばばあは止まった。無表情で、僕を見下ろしている。しばらくして、百キロばばあは、フッと消えた。僕はその瞬間、気を失った。
「うーん……」
気がついたところは、トンネルを出てすぐ横の草むらだった。汗びっしょりで、気持ち悪い。ハンカチを取り出そうと、リュックを開けようとしたら、右手に何か握っていることに気がついた。
『四年二組沢田ひろし』とかかれた名札だ。この名札は見たことがある。僕の学校のものだ。なんだか気になって、僕はそれをポケットにねじ込んだ。
じいちゃんの家に着いて、僕はトンネルでの話をした。
「確かに昔、あそこで事故はあったけどな」
じいちゃんは、あごを触りながら話してくれた。何でも一年前、あのトンネルでおばあさんが事故で亡くなったらしい。
「もしかしたら、そのおばあさんかもな、百キロばばあは」
ほっほっほ、とじいちゃんは笑っていたけど、僕は余計恐くなった。
あまりにも僕が恐がるので、帰りはじいちゃんのトラックの荷台に自転車を乗せて、家まで送ってもらった。だけど、『百キロばばあ』は出なかった。もう消えたのかな。
夏休みが明けて新学期。僕は、あの名札の人物を尋ねてみることにした。
百キロばばあは、僕を追い越さずにそのまま消えた。もしかしたら、手に握っていた名札と関係があるのかもしれない。
上級生の教室に行くのは、ちょっと勇気がいる。階段を登って正面にある五年二組。緊張して、そこのクラスの女の子声をかけた。
「沢田くんなら、今五年二組にいるよ」
僕は嫌な予感がした。それでも、なぜか、この名札だけは届けなくちゃいけない気がして、五年生の教室まで走った。
ドアの近くにいた男の子に声をかけて、沢田くんを呼んでもらった。沢田くんはもう帰り支度をしていて、ランドセルをしょっていた。
「オレに何か用?」
「あの、これ……」
ぶっきらぼうな沢田くんに、名札を差し出したら、すごい勢いで、ひったくられた。
「これ、どこで見つけた?」
「『お化けトンネル』で……」
沢田くんは、みるみる青い顔になった。
「うちのばあちゃんが一年前、事故で死んだところだ。オレが名札忘れたからってわざわざ持ってきて……」
百キロばばあは、沢田くんのおばあちゃんだったのだろうか。名札はちゃんと渡せたから、これで成仏してくれるといいけど。僕は心の中でそう思った。