なかよし号の金星人

文字数 2,042文字

『なかよし号』は大きなロケットみたいな形の、学校の中でも人気の遊具だ。僕は嫌なことがあると、この『なかよし号』の下についている土管の中に逃げ込んでいる。    
今日も大っ嫌いなピアノの練習をサボってここにいる。
「あ~あ、何でピアノなんて習わなくちゃいけないんだろう」
 ピアノなんて、僕には正直必要ない。練習してもうまくならないし、別にミュージシャンになる予定もない。なのになんで、親はピアノを習わせるんだろう。
 腕時計を見ると、丁度午後七時。ピアノの練習が終わる時間だ。そろそろ帰ろうか、と腰をあげると、ぐらぐらと地面が揺れた。
「な、なんだ?地震かっ?」
 あまりに激しく揺れるので、僕は頭をゴンッとコンクリートに打ちつけて、気を失った。
 どのぐらいの時間が経ったんだろう。あまり遅くなると、母さんに怒られる。僕は起き上がって、なかよし号のトンネルを抜け出した。
 すると。
「なんだ、こりゃ!」
 土管の部分は、シャボン玉みたいに透明なガラスに包まれていて、そこから外を見てみると、真っ暗闇の中に青い星が光っている。
これは見たことがある星だぞ。でも、そんなわけあるはずがない。だって僕は、その星、『地球』に居るはずなんだから!
「隊長!エンジン付近に地球人が!」
 な、何が起こってるんだ?僕がパニックになっているうちに、沢山のガスマスクをつけた人間に囲まれた。そして、みるみるうちに、僕はヤツらに捕まってしまい、なかよし号の上の運転席の似せた部分に連れて行かれた。
「船長、エンジン付近に居た地球人を捕獲いたしました!」
「ご苦労」
 船長と呼ばれたヤツも、ガスマスクをつけて随分怪しい。もしかして、宇宙人ってやつか?
「そうだ。我々は君たちのいう宇宙人。厳密に言えば、金星人だ」
 も、もしかして、僕の考えを読めるのか?
「金星人は地球人の脳波から、思考を読める。この『なかよし号』とやらは、我々の偵察機を隠すカモフラージュだったのだが、妙なねずみが入り込んでしまったようだな」
 そう言い放つと、船長は席を立って僕の方へ来た。
「地球人の標本はいくつかあるが、まだ生きた地球人の生態は解明できていない点が多い。金星人は二酸化炭素を吸い、酸素を吐く。地球人を生きたまま研究するには、適した場所ではないのだよ」
「はぁ……」
 と、いうことは、このなかよし号は今、酸素が充満してるってことか。僕が呼吸できてるし、相手の方がガスマスクをしているくらいだからな。
「なので、急遽ここで地球人のデータを取ることにする」
「えっ……」
 僕は嫌な予感がした。データを取るって? 電流を流したり、どこかに気がおかしくなるまで閉じ込められたりするんじゃ……。
「そのような野蛮なマネはしない。我々が知りたいのは、地球人の使う武器についてだ」
 ……また、考えを読まれた。でも、武器の知識なんて、僕には全くない。そんな僕の意思とは関係なく、次々に品が目の前に運ばれてきた。
 だけど、あれ? 武器か? カレンダーやら時計やら、武器なんかじゃないものばっかりだ。
「我々が特に知りたいのは、これだ」
 船長は、僕のよく知っているものを指差した。
「ピアノ?」
 そう言うと、周りは騒然とした。ピアノが武器だと思っているのか、こいつらは。
「……武器ではないのか? では使ってみろ。」
 船長は僕に指示した。
 僕は縄を解いてもらい、立ったまま鍵盤のフタをあけた。何だか緊張するな。まるで発表会だ。
「えっと……曲は……」
「わからんから、お前に任せる」
 そう言われても困るけど。仕方ない、一番簡単な『猫ふんじゃった』にしよう。
 鍵盤に右手と左手を軽く置く。そして、勢いをつけて、曲を演奏し始めた。
 しばらく引き続けると、金星人たちの様子がだんだんおかしくなってきた。
「な、何なんだ、この武器は! 早く、早く止めろ!」
 よくわからないけど、今がチャンスだ!船長を含め、全員弱っているやるしかない。僕はピアノを弾きながら、船長に向かって叫んだ。
「僕を地球に返さないと、ピアノの演奏をやめないぞ!」
 金星人は全員、フラフラして床に倒れこんでいる。船長は苦しそうにしながらも、
「わ、わかった! わかったから、止めろ!」と答えた。
 船長は、運転席にある赤いボタンを拳で押した。すると、一気に重力がかかって、僕はまた、気を失った。
 しばらくして、僕はまた暗闇の中で目を覚ました。時間を確認すると、午後七時。金星人に連れ去られた時間と同じだ。
 と、いうことは、今までのことは全部夢?気になったけど、僕は服についた砂を落とし、家路に着いた。
 それから僕は、心を入れかえて真面目にピアノの練習をし始めた。理由は簡単だ。また金星人に捕まらないように、だ。夢だったかどうかはわからないけど、あの日のできごとがリアル過ぎて、僕は恐くなったんだ。
 もし、何か一つでも特技があれば、金星人に襲われても助かるかもしれない。
 僕はそんなことを考えながら、また今日もピアノ教室へ出かけた。
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