第2話

文字数 1,198文字

 無理もない、と彼は思った。ちょっと動くたびにああ口を出されては、誰だってやる気をなくしてしまうだろう。
 
 庁舎に来る外の人は、何かしらの事情を抱えていることが多い。そんな人たちを慰めるためか、あるいは中の人々の疲れを癒すためか、庁舎の入り口へと続く道には桜が植わっている。
 彼の立っているのは入り口からすぐのところなので、外がよく見えた。彼は時折り首を巡らして、外を眺めるのが好きだった。
 彼女のいる出張所は、壁際の少し奥まったところにあった。だから彼女のところからでは、桜が枝葉をしならせて運んでくれる、外の風を感じることはできないだろう。
 彼は彼女をかわいそうに思った。
 
 彼女の座っているところからは、彼が立っている様子がよく見えた。なぜなら彼のいるところは、彼女のほぼ真向いで、彼女の仕事は座って前を見ていることだったから。
 彼女は最初、彼があんまり動かないので、警備員の格好をした人形かと思った。そう思えるほど、彼の体つきは整っていた。だがよく見ると、時折り首を動かして外を見たり、身じろぎをしているのがわかった。ときには、庁舎を訪れた人に説明をしたりもしている。それで彼が生きた人であることがわかった。
 もう一人、高齢の警備員もいるようだったが、そちらのほうは出てきたと思ったらすぐにまた奥に引っ込んでしまう。それで自然と、彼がずっとそこに立っている形になっていた。
 つらくないのだろうか、と彼女は思った。警備員といったって、有事なんてそう起こらない。仕事といえば、庁舎の入り口の風さらしの場所に立って、話す相手といえば、日がな一日寝ているような老人だけ。思えば自分と境遇が似ている。彼はそんな毎日で、つらくないのだろうか。
 だがそうやって彼の姿を見ているうちに、彼女は、もしかして自分より彼のほうがましなのかもしれない、と思うようになった。彼の仕事は毎日そこに立っていることだが、訪問者がいれば会話ができる。ときにはさわやかな外の風に触れることもできる。そんな風は、桜や、遠くの潮の匂いを含んでいて、目を閉じればそんな景色を思い浮かべることもできるだろう。
 少なくとも彼は、自分のようにすぐ隣に先輩の女子がいて、一日中見張られてはいない。
彼よりも自分のほうが、もっと惨めな境遇なのだ。そう思って彼女は悲しくなった。

 元々彼女は就職活動をするとき、どんなところが自分に向いているのかわからなかった。だがやがて金融系の仕事をしたい、と思うようになった。そして銀行や信用金庫を回って、決まったのが今の地方銀行だった。そのときは嬉しかった。両親や友人も祝福してくれた。
 就職してから二年間は本社に近い支店に勤務となり、学生のころと生活が一変した。大変ではあったが、知識を積み経験を重ね、社会人として成長していく自分を感じて、日々充実していた。
 それがこの春、突然にここへ異動となったのだ。
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