人魚姫
文字数 887文字
透明な
私はいつの日かその透明な世界が光に侵食されるのではないかと、ただ明るく光る泡を見つめている。大きな緑の鰭は、このゆっくりとした時間の流れの中を静かに揺れた。冷たく重いこの世界の底を、私はまだ漂っている。あなたのその暖かな声を、頭上で渦巻く流れが掻き消してしまった。私は、この繊細で崩れやすい景色が、視界だけが形成していたことに気がつかなかった。ここにある全ては、透明な青い視界が作り出した景色だった。
全身の肌を包むこの涼しげな空気が失われるとき、きっとあの美しく揺れる鰭も失われるに違いない。今はただそれが怖くて動けなかった。私のその小さな世界がいつまでもここにあって欲しかった。この美しく透明な世界の底から、透き通った重い空気のように薄れる感覚で、懸命に願った。天井に驚くほど鮮明に映るその鰭は、光の中を僅かに揺れた。
緑の透き通る鰭が生み出す細かな結晶が、水の流れに乗って光に変化していく。そんなもろく崩れやすい世界で起きる微細な現象が、底に沈む私を細胞にまで分解する。今までの人生のどんな瞬間より、この世界の今が、私にとってかけがえのないものだった。
大量の泡を含んだ巨大な流れが頭上を通り過ぎる。そのエネルギーが生み出す驚異的な流れが、私の全身の肌を荒々しく、優しく撫でた。鰭は明るい透明な天井を突き抜けたあと、数えきれないほどの光の泡を纏ってこの世界に戻った。
緑色の鰭を撫でる手が、光の向こうに見えた。薄い肌色のその手は、泡を纏ったまま天井の一部を
明るい天井からの光線を受けて、私はまたこの暖かく冷たい世界を上昇し始めた。