1日目―1

文字数 1,777文字

―たとえ幾千幾万の情人があり、その愛情全てを寄せ集めたとしても、おれ一人のこの愛には到底、およぶまい―

 さっきのはシェイクスピアの『ハムレット』の有名な一節だ。もっとも一部改変したが。さて、本題に移ると、僕はある目的で異世界にいくことにした。異世界と言っても何も某大手小説投稿サイトで人気なファンタジー世界などではない。どちらかというと並行世界(パラレルワールド)とでも言うのかな?とにかく、何もかもが違う訳ではなく、ほんの一部分だけが異なる世界というだけだ。

 異空間転移装置に入ってほんの数十秒、気が付いたときには僕は異世界に来ていた―僕が間宮さんと付き合っている世界に。
「本当に…来たんだよな?…異世界に…」
 最初こそ実感がわかなかった。というのも、この宇宙に無数に存在する並行宇宙(パラレルワールド)はどれもその実態は良く似ている。名立たる一流の研究者達が協力して多元宇宙論(マルチバース)を証明し、これまた名立たる宇宙研究機関が並行宇宙(パラレルワールド)の存在を観測してから早数十年、今では一般人でも少し遠出をするような感覚で異世界に行くことが可能となった。ただし1回につき入れる時間は原則3日間までという期限付きだが。もちろん治安や希少性などの理由で立ち入り禁止の世界もあるが、僕の行く世界はその限りではない。寧ろありふれた、ようやく宇宙進出を果たそうかという程度の(火星にすら入植できていないような)文明の酷く遅れた世界だ。とはいえ街の外観は良く似ている。どうやら建築技術や建築デザインは僕らの世界と大差ないようだ。パラレルワールドはどこか一部分だけが著しく違うのが普通だ。この場合、僕の住んでいる世界ではこの世界よりも科学技術―特に宇宙開発と異空間移動技術―が発達している。ちなみにソビエトがキューバのミサイル基地からアメリカに核弾頭を撃ったことにより始まった核戦争のせいで死の灰(放射性降下物)が蔓延している荒涼とした世界やヒトラーが画家になり第二次世界大戦が起きなかった世界も確認されているが、魔法文明が発達しているファンタジーのような世界や隕石の衝突を避けて恐竜が絶滅しなかった世界は今のところ観測されていない。

 おっと、こんな考え事をしている場合じゃない、早く目的を果たさないと。すると僕の前を高校生のカップルが通りすぎた。僕は急いで姿を消した。この2人には見覚えがある。女の子の方は間宮さん、そして男の方は―僕だ。

 気に入らない!なぜだ!?なぜこの世界の僕(達海)は間宮(夏希)さんと付き合えて僕は同じ世界の間宮(ナツキ)さんと付き合えないんだ!!それも互いに下の名前で呼び合うほどには親し気だ。達海が夏希と親し気に話しているのを見れば見るほど嫉妬と憎悪で気が狂いそうになる。同じ”広瀬達海”として生を受けたというのに、少しばかり住む世界が違うだけでここまで待遇が変わるものなのか?もし全宇宙を統べる神がいるとしたらそいつは酷く不公平で不親切極まりないやつに違いない。

 ともかく達海を観察することにした。一人称は「俺」、二人称は少なくとも夏希に対しては「お前」。2人をつけているうちに夏希の家についたようだ。
「じゃあね、達海。」
「おう、じゃあな夏希。」
 ここで早速夏希を洗脳してこの世界の広瀬達海の記憶を消し去ってしやろう。そして僕がやつに―この世界の広瀬達海に―成り代わってやる。達海が見えなくなるのを伺って僕は夏希の家のインターホンを押した。
「あら、達海、どうしたの?また戻ってきたりなんかして。」
 中から夏希が出てきた。正直焦ったよ。そりゃ世界は違えど好きな人自身だからね。良く見ると髪の長さが違ったりもするが。ともかく僕は平然を装った。大丈夫、手筈通りやるんだ。絶対に上手くいく!
「よお、夏希。ちょっとお前に用があったのを思い出してさ。」

 夏希とその家族を洗脳した後もやらなきゃいけないことは幾つかある。まずは達海より先回りしてこの世界の父さん母さんを洗脳しておくこと、次にクラスメイト全員…はさすがに無理だから仲の良い友人何人かだけでも洗脳しておこう。
「ただいま。」
 僕がそう言って恐る恐る玄関をくぐると偶然この世界の母さんに出くわした。
「あら達海、今日は随分と早かったわね。」
「ああ、授業が少し早く終わったからさ。」
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