3日目―1 

文字数 3,493文字

 浅はかだった…達海の事を信用しすぎてしまった…そりゃ自分の彼女が他の男とデートするなんて聞いて指を咥えて見ていられるはずないよな…
「やあお二人さん、お熱いねえ、デートかい?」
「あの、どちら様?あたしたちに何か用ですか?」
 夏希を無視して達海は続ける。
「悪いがそのデート、今すぐ止めて貰おうか。」
「はあ?本当になんなのあんた!?いい加減にしないと警察呼ぶわよ!?
 夏希は依然嚙みついているが、その程度で達海が怯むことはないだろう。
「ちょ、ちょっと、困るよ、約束が違うじゃないか!」
「ああ、確かに今日までは夏希の彼氏でいて良いと言ったぜ?だが今日のいつまでとは別に言ってはなかったよな?魔法の時間はここまでだ。”俺の”夏希を返して貰おうか?」
「ちょ、ちょっと、達海(タツミ)までどうしたのよ?2人とも会話の意味がわかんないよ。」
 夏希は状況を飲み込めていないようだ。無理もない。そうこうしているうちに電車が来た。
「なあ、電車が来たんだ。頼む、ふざけるのは止めてくれな…」
「ふざけてるのはどっちだ?」
 僕の必死の抗議も達海に一蹴された。
「お前、向こうのナツキが好きなんだってな?だったらこっちの夏希にちょっかいかけないで向こうのナツキに告白すれば良いじゃないか。」
「いや、だから向こうの間宮さんは既に他の男と…」
「え、あ、あの…”向こうの世界”とか何の話をしてるの?」
「夏希、少しの間黙っていてくれないか?」
 申し訳ないが夏希には少し黙っていてもらおう。夏希は納得のいかない表情をしつつも口をつぐんだ。
「すまない、あまり手荒なことはしたくないんだが…」
 君にはこの前みたい気絶していてもらうよ…って、嘘!?効かない!?
「な、なぜだ!?まさか、誰かに妨害でもされてるのか?でもこの世界にそんなことができる人間はいないはず。一体誰だ!?
 狼狽する僕とは対照的に達海は余裕の表情を浮かべる。初めて僕らが逢ったときとは立場が真逆だ。
「おーい、そろそろ出てきな、”ナツキ”」
 ナツキ?誰のことを呼んでいるんだ?まさか…僕の悪い予感は的中していた。物陰から出てきた人物は…ナツキ!?
「ま、間宮さん!?なぜここに?」
 だが僕以上に驚いていた人物がいた。
「え、嘘?あたし?」
 さっきまで口をつぐんでいた夏希がこらえきれず口を開いた。と同時に電車が去った。
「ね、ねえ、さっきから何がどうなっているのよ。」
 夏希さんがひっきりなしに僕に尋ねてくる。
「なあ、そろそろ夏希にも事情を説明してやれよ。まず洗脳を解いてやれよ。」
「ああ、そうだね…」
 完敗だよ、達海…認めたくないが君の勝ちだ…やはり夏希の彼氏にふさわしいのは君のようだ。
「ええと、今までのあたしは…って、達海?しかも2人も?あと何であたしにそっくりな人までいるの?」
「夏希、今から俺が話すことを落ち着いて聞いてくれ。」

 達海は今までの出来事を伝えた。夏希は僕の方を見ると一瞬微笑んだ。
「へえ、住んでる世界は違うけどあんたも”タツミ”なんだね。」
 そう言い終わると同時に夏希は物凄い剣幕になり、僕の頬に彼女の平手打ちが炸裂。
「ふう、これであたしたちのことを弄んだことはチャラにしてあげるわ。」
 女性の力とは思えないほど痛烈だったが、これだけのことで許されるのなら2発だろうが3発だろうが耐えてみせるさ。頬を抑える僕の元にナツキが駆け付けてきた。
「だ、大丈夫?広瀬(タツミ)くん。ちょ、ちょっと!いくらなんでもやりすぎよ!!
「いいや、間宮(ナツキ)さん。僕のやってきたことを考えるとむしろこれぐらいで済んで良かったよ。」
 ナツキの夏希への抗議を僕はなだめた。
「当然よ。むしろそいつが”タツミ”じゃなかったらこんなもんじゃ済まないわよ。」
 夏希は気が済まないのか、今度は達海の方を向いた。達海の表情から察するに相当怖いらしい。ま、達海の顔をみなくてもわかることだが。
「ところで達海ぃ、事情が事情だけに仕方ないとはいえ、他の女と1つ屋根で夜を過ごしたらしいじゃない?変なことしてないでしょうねえ?」
「し、してねえよそんなこと!!
 え?達海はナツキと昨日から今日の朝まで1つ屋根の下だったの?僕は夏希とまともにデートもできなかったのに?
「そう言ってるけど向こうのあたしぃ、こいつに何か変なことされなかった?」
「心配しなくても彼とはちょっと一緒に寝たぐらいでそれ以上のことはしてません!!
 え?一緒に寝た?こっちはついさっきちょっと手を繋いだだけなのに?まあこっちも大概のことをしたから文句は…あるわ!!何だよ同衾って!!一歩間違えばR18案件じゃねえか!!言うてこっちは手を繋ぐ以上のことはマジでしてないからな!!
【悲報】好きな女の子が他の男とデキてるみたいなんだがこれってまだ挽回できる?
「ふ~ん、達海くんは彼女がいるのにいくら彼女と瓜二つとはいえ他の女と同衾するんだあ…後で詳しく聞かせてもらおうか?」
 いやあ実に良い気味だ。そうだぞ夏希、そんな浮気者の最低彼氏なんざコテンパンにしてやれ!!
「ま、こっちはこっちで話を付けるとして、そっちもいい加減話を付けたらどう?」
 夏希は先程と打って変わって随分と落ち着いた口調で僕らに語りかけてきた。ここまでした僕らの仲を取り持ってくれるらしい。さっき夏希にふさわしいのは達海だなんて言ったが前言撤回、やっぱりこんな良い女にこいつなんざにはもったいねえ!!!!!ともあれナツキが口を開いた。
「そ、その…こっちの広瀬(達海)くんから聞いたんだけどさ、私、あの先輩と付き合ってなんかないよ?」
「え、それ本当かい?そ、その、僕、てっきり君が既に彼氏がいるもんだとばかり…」
 嬉しさよりも後悔の念が遥かに勝った。だとしたら全ては僕の勘違いが起こしたことだったのか?だとしたら僕は夏希やこっちの父さん母さん、そして達海になんて酷いことを…ナツキに彼氏なんていなかったとしても果たして僕に彼女と付き合う資格なんて…
「タツミぃ!!あんたそれでええんか!?男なら根性見せんかい!!そしてナツキぃ!!あんたも会話を上手く繋げるなりして向こうから言い出しやすい雰囲気作らんかい!!
 などという迷いは夏希の一喝とともに消え去った。何のために彼らがお膳立てしてくれたと思っているんだ?付き合う資格があるかどうかを決めるのは向こうだ。
「こっちの間宮(夏希)さん、ありがとう。それで間宮(ナツキ)さん、こっちの間宮(夏希)さんと擬似的にだけど付き合ってみて気付いたんだ。僕が本当に好きなのはやっぱり同じ世界の間宮(ナツキ)さんだって。」
この世界の間宮夏希はとても素敵な女性だ。そりゃ僕の知っているナツキよりも気が強く、少々、いや、かなりのおてんばで、言葉遣いこそそれほど悪くはないものの口調がきつかったりはするが、いわゆる姉御肌なのか意外に面倒見は良く、特に彼氏に対しては献身的に尽くす、そんな女性だ。だが、それでも、僕が本当に好きなのはナツキ、君なんだ!!
「それで、もしよろしければ、僕とつ…付き合ってください!!
「は、はい!!喜んで!!
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!本当に良かったあ…」
 天にも昇る気持ちとはこういうことを言うのか、今この瞬間は僕の未だ短い半生においてではあるがこれ以上ない幸福だ。
「良かったな、そっちの俺。ナツキも、こんなのだけどよろしくな?」
 達海が僕らに祝福の言葉を贈ってくれた。1人不満そうなやつもいたが。
「良かないわよ。あたし、そいつに散々弄ばれた挙句に捨てられた女みたいな扱いになってるんですケド。やっぱりもう一発引っ叩いとこうかしら?」
 ついさっき夏希のビンタぐらい2発だろうが3発だろうが耐えてみせるなんて言ったな、あれは嘘だ、嫌だあ!!本当はもう叩かれくない!!だってこのガサツ女加減ってものを知らないんだもん!!
「じょ、冗談よ、やあねえ。ほ、ほら、笑いなさいよ。」
 良かった…殴られないで済むみたいだ…とりあえず笑顔は浮かべたがたぶん顔は引きつっていたと思う。
『君よくこんなのと付き合ってるね。』
 僕は思わず達海に耳打ちした。
『ああ、そこについてはもっと褒めてくれ。』
 達海もすかさず小声で返してきた。
「「何か言った?」」
「「いいえ何でもございません。」」
 ナツキ2人が僕らを睨んでいたので僕らはすぐさま取り繕った。いやあそれにしても凄まじい眼力と威圧感だ。心臓の弱い人だったらたぶんその場で失神している。お互いおっかない彼女を持ったもんだね、もう1人の僕。くわばらくわばら。
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