図書館/あるいは鱗粉、存在しない祖先

文字数 1,174文字

銀色の華奢な身体を、一生脱皮し続けるのだ、と彼女は言った。

夜の図書館は静かだ。
同僚は書庫へ、配架へ行った。
閉館間際だから、お客はもうあまり来ないはずだ。




カウンターで、新刊の書誌登録をしていた時だった。
急に、レファレンスサービスが、入った。
相手は、銀髪の、ミディアムヘアの女性だった。

「私の先祖を調べています。」

一見すると、どこかあどけなさが残り少女のようにも見え、しかし、じっくり見てみると老婆のようでもある。
奇妙な女性だった。
図書館カードを登録していれば、年齢はわかるのだが、彼女は初めて見た女性だった。






「申し訳ありません。家系図といったものは、基本的には図書館にはないのです。
もし閲覧なさりたい場合は、役所の戸籍課が確実かと思います。」
「いいえ、私、家系図が見たいわけではないのです。」
家系図を調べずともわかる先祖。
どこかの、企業のご子息か、あるいは研究者の文献を探しているのか?自分史等を当たればわかるのか?
自分なりに、レファレンスの可能性を考えていた。
「そうなりますと、個人の資料ですか?具体的な書名などはありますか?」
「ー脱皮を繰り返すのよ、私たち。それも、一生。だけどね、子供も大人も、区別が無いのです。
まあ、長く生きられても7、8年がせいぜいね。だから、ほんとうは、父も母も祖父も祖母も、区別が無いのね。先祖なんていないのかもしれない。」
彼女はぶつぶつと、独り言のように言う。
参ったな。どう対処したら良いのだろう。
「太陽がこの世で一番嫌いだわ。」
「お客様、ご先祖の文献のお話は…」
彼女は、目線を私に向けた。しかし、その瞳は私を捉えずに、どこか別次元を見据えていた。
「私が知りたいのは、自分がヤマトシミ属なのか、セイヨウシミ属なのか、Thermobia属なのか、なのよ。」
ヤマトシミ?セイヨウシミ?
女性のお肌のことだろうか?
属…?
「少々、お待ちくださいね。」
私は、カウンターのPCで、レファレンス共同データベースを開いた。
共同データベースには、過去のレファレンスの記録が残されている。
「ヤマトシミ(yamatoshimi)
シミ科の昆虫。」
「シミ-紙魚。」
「シミ科の昆虫。体長一センチくらいで、全身に銀白色の鱗粉(りんぷん)がある。衣服や書物などについているのりを食い荒らす。」

シミー紙魚のことか!

顔を上げると、彼女はいなくなっていた。
カウンターから立ち上がり、辺りを見回す。
図書館の床のカーペットに、何やらきらきらと輝く、粉のようなものが落ちている。

カウンターから、出入り口の自動ドアまで、それはほぼ一直線に繋がっていた。  
指で触れてみると、正体がわかった。
「鱗粉だ、これ…」

ヤマトシミの鱗粉は、大変剥がれやすい。そして、逃げ足がとても早いのだ。
寿命は7 、8年で、1年に3 ー4世代をくりか
えす、と言う。




後から、文献を読んで知った。
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