病室/あるいは春

文字数 1,234文字

本が読めなかった。
テレビが見られなかった。
人と話せなかった。
桜は咲いていた。

何も、できなかった。

看護師さんは僕を心配していた。なにもせずに、ただ、病室の白い壁を見ていたから。

「つまんない。なにかやることないかなあ」
「なにか、やりたいことはないの?村仲くん」
「なにかしたいし、でもなにもできない」
看護師さんは困り果て、折り紙や塗り絵、絵本などを僕に持ってきてくれた。
でも僕はそのすべてをやる気がなかった。

「つまんない。やることがない。なにかないかなあ」
いつも通り、様子を見に来た看護師さんに言った。
「つまんない。毎日、ただ寝てるかリハビリで」
「…あのさあ…いい加減にしなさいよ!!」
はじめて会ったときから、やさしく穏やかな看護師さんが、はじめて怒った。
「私は村仲くんが毎日毎日つまんないっていうからね、いろいろ準備したでしょ?でもあなたは何もしない。折り紙も折らないし、塗り絵もしないし、絵本も全然読まないじゃない!いい加減にしなさいよね!そんなやる気がないんじゃ病気だって、治らないよ!」
強いことばが病室に響いた。
僕は下を向いてふとんのほこりを見ていた。
ふくよかで聖母のような看護師さんを、僕は怒らせた。
看護師さんは病室を出て行った。
折り紙、塗り絵、絵本、布団に散らばったそれら。
かなしかった。
でも、しょうがないの。
僕は何かしたいのに、何もできなかった。
僕は何もできなかった。
憂鬱で。
四季だけがうつろう。
僕は取り残されていた。

若い頃に、一生治らない病気を宣告された。生きているだけで十分なくらいだ、子供も持てないだろう、と言われた。
これからの人生のほうが長いのに。

僕は、生きている意味があるのだろうか。

ゆるやかに消えたいと思う日々だった。
べつになにが不満ということもなくて、ただ、
消えたいなあ
とこころに、うかぶ日々だった。
春は憂鬱だった。
ずっと憂鬱だった。
みんなと同じスタートがきれなかったから。

具合が悪くて、学校に通えなかった、春の式も出られない方が多かった。
お祝いも旅行もできなかった。

教室にいてもずっと、どこかに行きたかった。
IGGY POPの『NO FUN』をイヤホンで聴いていた。
通学路も下を向いて歩いていた。

友達はいた。可愛い彼女もいた。
楽しいときだってたくさんあった。
でも、ずっと、ずっと、憂鬱だった。

気がついたらICUにいた。
前後の記憶はあいまいだった。
ただ、たくさんの管が体に繋がれていた。
家族が泣いていた。
僕は悟った。

でも、生かされた。
生かされたからいま、書いてる。

僕はいま書いてる。
あなたに読まれている。
あなたに読まれて嬉しい。
僕が生かされた意味。
消えなかった意味。
それはあなたに読まれるためだったのだと、今の僕は思うよ。

読んでくれてほんとうにありがとう。
あなたのことを僕は10代の頃からずっと読んでいた。
これからもあなたのことを読み続けたいんだ。

だからあなたも生きている限り書き続けて。
あなたが生きていてくれて嬉しい。
それが僕が生かされた意味。

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