マンション/あるいは落札の愛

文字数 1,637文字

カチ、カチと時を告げる、光る深緑の文字盤の、小傷のあるクォーツ腕時計。タグは付いているけれど、どこか草臥れた、黄色、朱色、藍色のマドラスチェックのタオルハンカチ。カシミヤで手触りがしなやかだけど、使われていない白とグレーのピンストライプのマフラー。

あなたのものは私のものです。
あなたの出品したものは、私が落札しています。

私があなたの誕生日にあげた腕時計、私がバレンタインにチョコレートといっしょにあげたタオルハンカチ、私がクリスマスにあげたマフラー。

あなたはすべて出品していましたが、私はほんとうのあなたを知られてうれしいのです。

あなたのフリマサイトのアカウントに出会ったのは、たまたまでした。あなたの出品していたあの本、私がプレゼントした、あるマイナーな詩人の初期作品集だったのです。
中々中古市場に出回らない作家で、私はピンと来ました。そして、芋づる式に、あなたが私のプレゼントを、フリマサイトに出品しているのを知りました。

怒り?
いえ、怒りはなく、私は嬉しかったのです。あなたのお眼鏡に敵わず出品された私のプレゼントたち。でも一度はあなたに触れたものたち。あなたとわずかでも一緒にいたものたち。

あなたは、私のプレゼントを仕事中に使っていると言いました。どれも上質で、普段使いには勿体ない、家で大事に保管している、と。
しかし、私はあなたが、私の思い描く、腕時計やハンドタオルやマフラーを使うような、スーツ姿のサラリーマンではないことを知りました。
あなたと私は電車で一時間ほどの距離に住んでいて、私はあなたと出会ってから一年、一度も家に行ったことはなかったのです。
あなたの仕事―商社の営業はとても忙しいと聴いていたからです。
あなたの時間ができると、私の家では何度も会い、あなたは私の本棚の詩集を興味津々に眺めていました。だから、私はあなたに大事な詩集をプレゼントしました。
まさか、売られるとは思わなかったのです。
あれは本棚の中で、高値で売れそうな本を見定めていたのですね。
勿論、私が落札し買い戻しました。

あなたが私の彼氏だと、思っていたのは私だけみたいです。

私のアカウントは、実家の住所、母の名前で登録しています。
そして、受け取りはコンビニ留めにしています。私のアパートから実家が近くてよかったです。私のほんとうのアパートと名前では、とても購入できません。
あなたは私のプレゼントのほかにも、たくさんの女性からプレゼントされたものを出品しているみたいですね。
だって、私にねだったものと同じものをたくさん出品しているから。
ほら、あるブランドの、メンズネックレス。
クロスのペンダント。
あなた、いつも付けているから嬉しかったけど、他の女性にも同じものを買わせて、売り捌いていたんですね。ひとり分、出品価格五万円として、五十万円は儲けられます。十人以上には買わせていたんですね。
私はあなたの古着や靴、使用済み布マスクも集めていますよ。
あと、あなたが私に話していた住所や家族構成も、すべて嘘だったみたいですね。
あなたのフリマアカウントには、女性用の未使用の下着、派手な花柄のワンピース、偽物の合皮のブランドバッグ、結婚祝いでもらったであろう陶器のティーカップセット、今治タオル、子供用のおもちゃや古着、スタイも出品されていますね。

いま、私はあなたのマンションの前にいます。

あなたの部屋―三階のベランダには、小さな男の子と、色の白い痩躯のうつくしい、でも下品で学のなさそうな、茶髪のロングヘアの女性が洗濯物を仲良く干しています。
あの女性と男の子が使ったものも売っていたんですね。

あなたは、独身ではなく既婚で、子供がいて、仕事は商社の営業マンではなく外食チェーンの飲食店のアルバイト、住所は女性名義のマンションなのですね。
ギャンブルで借金がある、というのはSNSを割り出して知りました。

あなたのフリマアカウントに出会わなければ、私は、あなたを壊そうとは思わなかったかもしれません。
ありがとう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み