第5話

文字数 946文字

 それから一週間、変わらない生活を続けた。朝起きてまずい飯を食い、アルバイトに向かい労働する。真夜中に家に帰り着くと、安いビールを飲んで眠る。ソレを何百回も繰り返した。
 まるで僕は単純な仕掛けのオモチャみたいだと思う。アホみたいな顔した子供の、暇つぶしにもならないオモチャだ。

 たまの休日には何人かの女と寝て、当座の分かりやすい淋しさを消費する。それでも満たされない時は歌を歌った。安いテレキャスターを弾いて安い歌を歌った。

 歌は、わりと心を慰めたしごまかせた。それこそ当座の歌を歌った。

 ササキは連絡してこなかった。
 
 僕のほうから連絡したのは、やはり僕が弱虫で臆病者だったからだろうと思う。僕は数合わせでもするように電話をかけた。彼女は無愛想だったが、僕の誘いを受け入れた。

 僕らは真夜中すぎの町の中で再会した。人影も疎らで、車もほとんどなかった。

 彼女はその日も赤いコートを着ていた。気に入ってるのか、と聞いたが、答えなかった。僕たちは適当に歩き回り、適当に言葉を交換し合った。

 彼女は最初会ったときよりは親密に喋ったし、僕も同調するようによく喋った。


 その日、雪が降った。もちろん僕も彼女もそんなことについて喋らなかったし、喋る必要なんてないことを知っていた。だけどその白い雪が降ったから僕は彼女と寝た。本当に、それだけの理由で僕は彼女と寝た。彼女は何も言わず、声ひとつ零さなかった。

 寒い夜だった。

 それはどうしようもない事だった。僕はそれを望んでいた。そしておそらく彼女も望んでいたのだろうと思う。僕たちはお互いを深く知り合う前にそうしなければならなかった。まだ何も知らないからこそ分かる、お互いの欠陥を、埋め合うフリをしなければならなかったのだ。

 裸の彼女は派手なベッドの上で、こちらに背を向けて小さく歌を歌った。僕は派手な天井を見つめながら聞いた。

 彼女の背中はあまりに美しかった。
 そして、僕は彼女の声に震えた。

 それは穏やかな震えだった。静かに僕の存在の中枢を捉え、そこからじわじわと全身へ溶けていった。僕はその静かな侵食をひどく心地よく感じ、受け入れた。

 彼女はしばらく歌うと眠った。歌声は微かな寝息となり、部屋を満たした。僕の鼓膜はいつまでも彼女の声に揺れ続けていた。
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