ファンシーショップふぶき・6

文字数 3,439文字

街は


どっぷりクリスマスムードに浸かっております。クリスマスをディップされた温野菜みたいです。


日本人らしいですよね。クリスマス祝ってる半数以上が仏教徒ですよ?祝える時に何かとりあえず祝っとけ!みたいな寛容さ、好きです。

『恋人達のクリスマス』がラーメン屋台から流れて来たり、土佐犬のしめ縄がクリスマスカラーだったり、寺にツリーが飾ってあったり、ジョン課長が鹿だったり…


…鹿?


あれ?何故でしょう。トナカイの筈なのに、想像した以上に鹿感が拭えませんが…

「虐待だよ、これはね。俺だって家に帰れば邪険にされても女房・子供だっているんだよね⁉︎まさか朝背広着た旦那が仏頂面で『行ってきます』って出社して、クリスマスに茶色の薄っすい全身タイツにトナカイの角付けてソリ引いてるとは思わないよね⁉︎」

私の第一段企画、順調に事は進みまして、今日が調査開始日になりました。


ジョン課長の提案通り、私はテンプレートなサンタの格好で、ジョン課長はトナカイを担当する事になりましたよ。

「『トナカイだけは嫌!』って言ったじゃない?何で俺のロッカーの中にトナカイさんセットしか無かったワケ?何で君はさぞ当然の様にシャアシャアとサンタ着こなしてるワケ?娘、来年受験なんだよ⁉︎『この冬が正念場なの』って夜遅くまで机に向かってるの!それをそのお父さん、冗談じゃ済まされ無い格好で恥晒しながら街中闊歩してさ⁉︎こんな姿見たら娘泣くわ‼︎声上げて泣くわ‼︎」
「大丈夫ですよ。もし私が娘さんなら、こんな父親無言でめった刺しにして、遺影に醤油ぶち撒けてダーツの的にするレベルで済みますし。」
「殺ってるじゃん⁉︎ニュースじゃん⁉︎俺がそこまでのリスク背負って君の企画に投資せにゃならん意味が分からんのだよ!専務の評価と天秤にかけても有り余るリスクだよ⁉︎あーヤダ!もうろくな事にならないフラグがプンプンするね!ちょっと消臭力買って来る!」
「逃げようなんて、そうはさせませんよジョン課長。プンプン感が気になるのでしたら私の香り玉あげますので、調査が終わるまで我慢して下さい。」
「香り玉⁉︎君、昭和臭いよ⁉︎香り玉ってあれでしょ?1つビーズ位の大きさで良い匂いがする玉でしょ?あったよ!あったしクラスに一人は食べちゃうヤツいたよ!」
「ちょっと静かにして下さい。ファーストターゲットに接触する寸前です。緊張してるんですからね!」

さあ、練りに練った調査企画…

始めようではありませんか!

「あれ⁉︎相沢君これ、香り玉!なんか服の中に入れたらザラザラ痛いんだけど⁉︎砂利じゃね⁉︎これただの砂利じゃね⁉︎おいいぃぃい‼︎どーすんだよ!素肌ズタズタじゃねーか‼︎聞いてんのか⁉︎おいいぃぃい‼︎」

〜☆〜


小学校低学年が下校する時間帯、ランドセルを背負った子供達がワイワイキャッキャ言いながら帰宅しておりますね。


最初は私のコミュニケーション能力障害を鑑みて、若干人気の少ない通りで一対一で軽く慣らし、徐々に大通りなどにも向う段取りです。


シミュレーションしてみましょう。


私、帰宅キッズとすれ違い様にすかさず「サンタさんが居るのか、居ないのか、どっちなんだい!」と畳みかけ、動転した年端もいかないピュアな心の本心を聞き出す。


いかにマセガキだろうとも、咄嗟の事となれば理屈より本音が先に出て来るはず。


完璧。


これはもう完璧。


至高。


「相沢君、君はね、何か暖かそうな服にファーとか付いててさ、帽子もあるじゃない?俺ね、俺ね、俺、素肌に全身タイツ(笑)。『下着が透けるんで…』って君の忠告通り、女子の着物みたいな心遣い汲み取って下着無しの大英断くだしたらさ、体温も人としての尊厳も低下率ハンパ無いんだよ。なるべく早くしてくんねーかな?次は屋内でやらねーかな?」
「し!…丁度あの男の子とか良いシチュエーションです…そろそろ行きます。」

少年は一人、集団下校の輪を離れ、こちらに向かって来ます。


すれ違う…


今だ‼︎

「あの、あの、サンタさんはね?サンタさんは…えっと、居るのかも…しかし居ないって言うか、サンタ不在説てか…あれ?なんだっけ?え?」
「……」
「いや、だからサンタさんが居ないって言うなら君は…」
「お姉ちゃん、このクッソ寒いのにサンタの格好とかして大変だね。ケーキ屋のバイト?売れ残ると大変だって聞くしね。それにしてもそっちのオッサンもっと悲惨だね。生き恥じじゃん。僕、ああならない様に頑張って勉強するよ。」
「え?あ、うん、頑張ってね。」

少年は給食の時に余ったからと言って、ブルーベリージャムの小袋をくれました。


「ブルーベリージャムもろたテヘ。」
「『もろた』じゃねーよ‼︎なんだあの若干温もり溢れる展開⁉︎全然調査出来てねーじゃん⁉︎あのやり取りの中で唯一心痛めたの一言も発して無い俺だけだろが‼︎《そっちのオッサン悲惨》だぜ⁉︎遺書書くには十分過ぎる程の仕打ちだわ‼︎」
「すみません、何かテンパっちゃって予定してたセリフが出て来なかったです…次は大丈夫ですから!」

気をとり直しまして。


セカンドターゲット…


「ブルーベリージャムもろたテヘ。」
「お前いい加減にしろよ⁉︎なんで毎回ブルーベリージャム貰ってくるの⁉︎食パン何枚切り買って帰るおつもりですか?本来の趣旨から逸脱甚だしいわ!もういい!代われ!俺がやる‼︎俺がやってサクっと帰る!『サンタなんか居ない』って言わせたら勝ちみたいなもんだしな!」
「すみません…」
ジョン課長はそう言うと不審者丸出しなのに堂々と、一人下校する女の子の方へ近づいていきました。
「おい、サンタなんて居ないって思ってんだろ?推定95kgはある赤いおっさんを、トナカイ如きが遥々フィンランドから日本まで引っ張って来るワケ無いって思ってるんだろ?どうせそんなもんだよな、最近の小学生はよ。」
「…サンタさんはいるもん。プレゼントももう頼んだもん。」
「そうだね。頼んだね。でもお母さんが『サンタさんに頼んでおくから』って言ってたね。直接サンタに会ったワケじゃないよね。それでも信じてるの?んなワキャ無い。」
「い、いるもん!タダシ君もいるって言ってたもん!タダシ君は凄い賢いもん!3桁の足し算とか出来るもん!タダシ君が知ってる事は間違いないもん!」
「あらあら、タダシ君ね。同じクラス?好きなんだね?残念だけどね、タダシ君も後40年もしたらこんなんなるんだよ?万年課長のうだつの上がらないハゲ散らかしたメガネになるんだよ。」
「うぅ…ならないもん!うっ…うっ…タダシ君はそんなんならないもん!ううっ…」
「なるよ。なる。保証する。そしてサンタなんて実はだいたいこんなおっさんが正体。転じてタダシ君の正体はだいたいこんなおっさん。」
「タ、タダシ君は…!えぐっ…タダシ君はこんなんにならない!うえーん‼︎」
女の子は泣きながら走って行ってしまいました。
「おら、ざっとこんなもんだ。」
「凄い破壊力ですね…いや、サンタいない宣言じゃなくて、ジョン課長の鬼畜・醜態度の方です。あの子明日からタダシ君嫌いになりますよ?酷いですね。統計も取れない上、あんな小さな子の恋路まで邪魔するとか外道の諸行ですよ。」
「あれあれ⁉︎やだ、割りと真剣にやったのに酷評⁉︎何か俺泣いていいんじゃね?何か凄い傷付いた!今の言葉が一番傷付いた!」

こうして、私とジョン課長は(主に課長が)『サンタさん居るの?居ないの?どっちなの調査』をこなしておりました。


私も段々慣れてきて、『居る』『居ない』の回答にちゃんとした説明をしてくれる子まで出て中々いい感じ。


夕方になる頃には粗方目標数の回答を取れて来ました。

「ジョン課長、そろそろ最終調査予定地です。」
「やっとか~…もう寒いんだよ。今日は直帰して、40年後のタダシ君の未来予測しながら熱燗で一杯やりたい気分なんだよ。さっさと終わらせようぜ。」
「ええ、調査成功間近ですね!ゲスを肴に酒を呑むなんて来世は絶対ナメクジとかになると思いますが、気を抜かずに頑張りましょう!」
向かったのは孤児院です。
「おお孤児院かぁ。こりゃまた中々核心を得た答えが出そうな展開だな。こんな事言っちゃ何だけど、一番現実を見て来た子達だからなぁ。」
「この際私情は捨てましょう。淡々と任務を遂行するまでです。」
「任務を遂行とか、スパイ⁉︎なんで任務とか勝手に言っちゃうワケ?調査でしょ?君たまに怖いんだよ、妄想癖がある!」
変態トナカイを引き連れて、孤児院の前で調査開始です。
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登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

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