ファンシーショップふぶき・4

文字数 2,871文字

「今日からこちらで皆様とご一緒にお仕事をさせて頂く事になりました『相沢 ふぶき』です。どうぞよろしくお願いします。」

昨日の面接から一夜明け、私は今日からここ葛城企画で働く事になりました。面接はイージーでしたよ。どうせあまり期待してなかった会社なので、テキトーにボルシチの作り方とか応えてたらそれを面接官の方が痛く気に入って下さいまして、即採用。今日から勤務と言う形になりました。


ジョン課長の部署に配属され、朝礼で自己紹介をさせられています。

「はい、じゃあね、皆これから相沢さんが困ったら手を貸す様に、後、今朝俺にお茶入れたの誰?めっちゃ雑巾臭いんだけど?明らか雑巾絞って入れたよね?ちょっとお前らそこ並べ、犯人が誰とか聞かないから皆全力でビンタしてやる。」
やはりジョン課長は嫌われ者らしい。
「話し反れたけどね、昨今の不況の影響で社会的には不幸溢れかえってるし、ウチの企画商品の需要も軒並み下落傾向にあるのは皆も分かってると思う。さすがにここらでビシっと数字出さないと俺が専務に嫌われちゃうの。それだけは何とかしないといけないよね?だから人員補強して新天地開拓するのに相沢さんに来てもらったんだけど、入ったばっかりだししばらくは事務と雑用かな。営業の方にもね、追い追い行ってもらうつもり。」
「営業⁉︎コミュ障なのに営業⁉︎」
「そうだよ?何言ってんの?企画部だからってハンモックに揺られてハッピーターンでも食べてたら売り上げ目標達成してハワイ旅行とでも思ってたワケ?んなバカな。今は正社員どころか非正社員だって足で稼ぐ時代なんだよ君、何足靴すり減らしたかがその後の会社員の勲章になるんだよ、分かってねーな!例えば…おい小林、お前入社してから靴何足変えた?」
「変えてませんね。」
「変えて無いそうだ(ニッコリ)」
「は…はあ…」
「しかもこれ高校の時に就活で買ったヤツなんで、8年は履いてますね。」
「お前はちょっと黙ろうか(ニッコリ)。どれだけ上司に恥かかせたらご納得頂けるのか毎夜俺は枕を殴り付けながら自問してるんだよね。あんま度を越すとね、俺だってキレるよ?届け出人不明な中身がヤモリの死骸ギッシリな謎の箱送り付けるよ?まじで。」
「それ先月俺が課長にやりましたよ?」
「おめぇかあああ‼︎ごるぁあああ‼︎あれ死ぬほどビビったんだからな⁉︎おま、ソッコーでおまわりさん呼んで夜中に事情聴取だわ!異常性高い犯罪の可能性があるからって!命に危険が及ぶケースに成りうるって!」
「さーせん。」
「さーせん⁉︎曲がりなりにも上司に最大限の嫌がらせした挙げ句さーせん⁉︎お前何だ⁉︎何なんだよお前⁉︎」
「小林っす。」
思っていた以上にフランクな職場なんだなぁ…ジョン課長のわめき声が耳に入らない位新鮮、私はオフィスを見渡した。
「じゃあ相沢君。」
「え⁉︎あ、はい!」

ジョンの身替わりの速さだけは感心します。

それもこれも専務の躾けが行き届いているが故、いつ、いかなる時も順応する様に脳みそが改造されているからでしょう。

「今日はとにかく皆の仕事見て雰囲気に馴れてくれたらいいからさ、適当にうろついててよ。俺はやっぱり今朝の雑巾お茶のせいで腹下したみたいだから三時間は便所こもってちょっと泣くから。何か質問あったら誰かその辺にでも聞いてみて!じゃ。」
「課長。」
「小林…聞いてたろ?お前の茶のおかげで俺の腸は壊滅状態なんだよ。その上便所妨害するとか、流石に無いわぁ。」
「違うっすね。雑巾お茶のせいで腹下したんじゃなくて、雑巾お茶の中に下剤入れたから腹下したんすよ。」
「お前は便所から出たらなますに切り刻んで鯉のエサにしてやるからな(ニッコリ)。命乞いしたって鼻歌混じりでやってやるからな(ニッコリ)。」
「課長、自分今日早引きなんすよ。12人目の婆さんが死にました。昼前には帰るっす。お疲れしたぁ。」
「もう帰れえええ‼︎今帰れえええ‼︎年に何回架空のババア殺してズル休みすんだよ⁉︎もう辞表書いて長野に帰れええええええええ‼︎」

ジョン課長は噴火しそうな顔で噴火しちゃいけない部分を両手で必死に抑え、奇妙な走り方でトイレへと駆け込みに参られました様子。


と、ひょっこり廊下から顔だけ出して付け足す様に言いました。

「それからね相沢君、貴重品はキチンとロッカーで管理してね?問題あってもそう言うの会社は責任持てないから。支給されたヤツには名前書いて退社時にはロッカーへ。紛失したら自腹で再発行だから。」

このおっさんはご機嫌取り一本で生きてるのは確かだが、相当嫌われてる。命の危険さえあるイジメなのにしぶとく生き抜いてるなぁ…

ある意味感心する。抵抗性ゴキブリみたいなもの。

それが藤屋京衛門ジョン課長。


さて、私は何をするべきでしょう?


いざ置いてきぼりとなると何から聞いていいのか、掃除でもしてたらいいのか分かりませんね。

「相沢さん。どうもよろしくチーフの曽我部です。」
「あ、どうぞよろしくお願いいたします。」
「そんなに畏る事ないよ。気楽にいこう。ざっとだけど相沢さん含め企画部のメンバー紹介しときますね。」
「あ、助かります。私あんまりコミュニケーションが上手くなくて…下手したら10年は『名前うろ覚えで呼び掛けは全部「あの」』みたいな事になりそうで困ってたんです。」
「オッケー。じゃあとりあえずこいつが大谷。それから藤崎ね。こっちが山岡。それからマイケル、日本語はちょっと話せるから心配いらないよ。後は課長の天敵、小林。」
「はい。みなさん至らぬ点御座いましたらご指摘お願いします。」
「で、だ。早速で悪いんだけど、ちょっと会議あってさ、見ての通りウチは人員少なくて…んで、この辺り軒並みオフィス開けるから、電話番しといてもらえるかな?」
「ええっ⁉︎いきなりですか?それは…その…どの様に受け答えしてよいのでしょう?扱ってる商品だとか、クレームだとか、私に対処出来るんでしょうか?」
「はっはっは、大丈夫、適当にやってても大半は分かると思うから、相手方の名前と番号、話はメモに取って折り返し連絡する様伝えてくれたらいい。どうしても分からない時は保留して会議室来ていいから、それじゃあ、よろしくね。」
「ちょ…!」


絵に書いた様に独り…


すごく緊張しますね、出来るなら会議とやらが終わるまで電話が鳴らない事を祈ります…


マニュアルとかは無いのですかね?


…緩い…緩すぎる新人教育…

今更ながら適当過ぎやしませんか?

この会社大丈夫か⁉︎


神様お願いします…電話、鳴りません様に…


プルルルル!

プルルルル!


ふふふっ…知ってましたよ?どうも神様は私が大嫌いだと言う事を…ふふ…ふふふっ


プルルルル!

プルルルル!


プルプルプルプルうるせえよ!こんにゃくかテメェは!


プルルルル!

プルルルル!


…後3コール以内に電話切れたら私はナイスバデー…


プルルルル!

プルルルル!

プルルルル!

プルルルル!

プルルルル!


ですよね~。


「分かりました!出ます!出ますとも!わ~緊張する~!」


ガチャ

「お電話ありがとうございます。葛城企画、相沢でございます。」
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登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

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