ファンシーショップふぶき・7

文字数 2,973文字

「…と言うワケで、お姉ちゃん達は君のサンタさんに関する意見を聞きたいの。」
「ふーん。まああんまり僕には関係無いよ。サンタって金持ちのトコしか行か無いみたいだしね。僕のトコには来た事無いから、善意のサンタなんて居ないと思ってる。」
「うむむ…成る程…ごめんね、何か変な質問しちゃって。」
「ううん。別に。じゃあお姉ちゃんも頑張ってね。」

予想以上に現実的な意見。


きっと私達には見えないところで沢山苦労してるんだろうな…同世代のヌクヌクゆとり育ちより考え方がやたら大人。


その一方で、やっぱりちょっと子供っぽさを出して欲しいな…と、勝手なエゴを抱いてしまいます。

「相沢君。もうそろそろ良いんでないかい?もう十分だろ?調査も俺の人権の蹂躙も。さっきからね、俺何もして無いよ?空気だよ?俺、必要かね?ここまで人間の尊厳を剥奪された格好させられてる俺を必要としない調査なら、続きは君一人でやりなさいよ。」
正直、ジョンは只の晒し者でも構いません。なんならこの時間の地下鉄御堂筋線に放り込んでやってもいいのですが、娘さんが不憫なので止めておきましょう。
「そうですね…それじゃああと一人だけ調査したら終わりましょう。」
「ええええ…もういいじゃん。あと一人やったトコで何も変わらんじゃん。帰ろうぜぇ…」
「お!ヘイヘイ!そこのボーイ!」
ジョン課長を無視しつつ、通りがかった少年キッズに話しかけます。子供相手とは言え、今日ずっと他人に話しかけ、少し自信が付いて来た私は、いつもより大胆になってたんだと思います。
「ボーイ!サンタさんについて詳しく!お姉ちゃんにサンタさんの話しプリーズ!」
「…え?何?お姉ちゃん達は誰?」
「お、おっと。ついつい悪ノリしちゃった…ごめんね。私達は、サンタさんを信じたり信じなかったりする子供達に意見を聞いてる人だよ。君も協力してもらえるかな?」
「…ごめんなさい…協力なんて、僕に出来る事は何も無いんだ…」
「え?うーん…協力って言っても、少しお話しを聞かせて貰うだけだから、難しい話しじゃないんだけどね。具合悪かったりする?引き留めたら悪かったかな?」
「おいおい相沢君。少年も非協力的なんだから放っときゃいいんだよ。ガキの容態なんざ知った事っちゃねーよ。為にならん話し集める位なら俺の帰宅時間にもうちょっと気を配れ。ケーキ屋閉まるまでにケーキ買っとかないと、今年もケーキ買い忘れたら女房子供からリンチされるわ。」
「ちょっと待ってください。ジョン課長がリンチの憂き目に合おうが私にすれば知った事っちゃないんです。私が知りたいのはこの少年のサンタ感です。少年の心です。」
「このガキの心ねぇ…あんま変わんないんじゃねーの?他の子と。」
「ねえ。サンタさんって居るかな?居ないかな?君はどう思うか、それだけ聞きたいんだ。そしたらお姉ちゃんもこの小汚いゴミみたいなおっさんもすぐ帰るから。ね?」
「…サンタさんか…居て欲しいな…」
んんっ…今日初めて希望的観測意見が出ましたよ。居て欲しいって事は、居ないって分かってるって事ですものね?この歳で達観しちゃったんでしょうか?何やら深い悩みがある様ですね…
「貴重な意見ありがとうね。それでさ、お姉ちゃん今日色々な君と同じ位の子見てきたけど、君は何か凄く悩んでる感じがするの。調査に協力してくれたお礼になるか分からないけど、良かったら話し聞く位は出来るよ?君、ずっと他人に言わない悩みとかありそうだもの。」
「おいおい、深入りするなって。相手が子供だろうが図々し過ぎるぞ。人間なんてな、老いも若きも触れられたく無い秘密なんてごまんと抱えて生きてんだ。君さ、そのごまんの秘密を全て背負い込む覚悟もないくせに興味本位で簡単に人の悩みなんて聞くな。どっちも不幸にしかならん。」

そう言うとジョン課長はタバコに火をつけ、もう沈みそうな夕日を眺めました。


まあ一理ある。


ジョンに正論言われる程腹立たしい事はない。

「…そう…ですよね…。ごめんね、無神経な事言って。」
「…そんな…僕、気にしてないから…」

少年は俯く。

私も地面に視線を落とすしかない。

ジョンは変わらず煙をふかしている。


少しの間の後、ふいに少年が呟いた。

「…でも…」
「…でも?」
「もし、聞いてくれるなら…僕、話してもいいかな?…それで何か変わるかも…しれないし…でも、聞いたから何かしてくれとも思わないから…」
「勿論!全然聞くよ!お姉ちゃんとおっさんで良かったら!」
「…俺を巻き込むなよ…人の忠告無視しやがって…いらん仕事増やすなっての。君責任持ってくれよ、俺は知らんからな。」

ここでは何だ。と言う事で、施設の方に事情をお話しして、施設内のお部屋で少年の悩みを聞く事となりました。


〜☆〜


少年は山路 嘉人(やまじ よしと)と名乗り、12歳である事を明かしました。最初はなんでも無いお互いの話しをし、牽制し合う様な形で、徐々に少年の悩みへと話しは移行していきます。

「妹がいるんだ…」
少年は嬉しそうに、けれど何とも言えない悲しそうな顔で笑顔を見せました。
「妹は…小児白血病って言う難しい病気で、今は病院で過ごしてる。」
「そうなの…大変ね…でもどんな理由があるにせよ、そんな容態の妹さんと君を置いてご両親は何をなさっていたの?」
「僕のお父さんとお母さんは…」
言いにくそうに少年は続けます。
「お父さんお母さんは2年前に事故で死んじゃったんだ…」
想像以上に出だしからへビーな話しですね…
「車の事故だったんだ。妹の病気で入院の手続きをしに行く途中だったんだけど、その病気の事で毎日寝て無かったみたいでね…居眠りなのか運転ミスなのか、反対側の車線に飛び出して他の車にぶつかって…僕が次にお父さんお母さんを見たのはお葬式の時だった。」
「…そんな…ごめんね…何も知らないからって失礼な質問して…」
「ううん。仕方ないよ…お姉ちゃんの所為でも無いし…」
ジョン課長は、禁煙だと言われているのにも構わずタバコに火をつけ、パイプ椅子に踏ん反り返りながら、興味無さげにしております。
「お父さんお母さんが居なくなって、最初は親戚の叔父さんが僕達の面倒見てくれる筈だった。だからお父さんの保険金は未成年者後見人?って言うのか、叔父さんに渡す事になったみたい…けど、事故を受けた方の人が何処かの会社の偉い人だったみたいでね。高い車の修理費とか、むち打ちになった治療費とか、事故のせいで受けていた仕事が駄目になったからって損害賠償請求とか…弁護士さん連れて来て叔父さんに一方的に要求して来たんだ…叔父さんが悪いとは思ってないよ?でも叔父さんだって出来れば厄介な事には関わりたく無かったのが本音だと思う。気が付いたら叔父さんとは連絡が着かなくなって、お父さんの保険金もほとんど無くなってたって調べてくれた施設の人が言ってた…ちょっとだけあった残りのお金も妹の入院費でどんどん無くなっていくし…このままじゃ病院にも居れなくなる…もうね、どうしていいのか分からない…サンタさんが居るなら…お金なんていらないから…せめて妹の病気、治して欲しい…」

今まで枷を掛けていた少年の心のダムは抑えられなくなり、決壊し、正に号泣。


私はどうしたらいいか分からなくて、泣いている少年と無関心なままのジョン課長とを交互に見、アタフタするばかり。

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登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

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