ファンシーショップふぶき・2

文字数 3,516文字

「あ、ちょっとやめて!今ちょっと吐きそう!ちょっと待って!ごめん、やめて!」
「あ、すみません。」
パタン。

…え?

課長的な?え?何あれ?

なんかブリーフ一丁の眼鏡でハゲ散らかした幸薄そうなサラリーマン的なモノが入ってたんですけど?


パカッ

「いや、ホントやめて!あーダメだこれ、ちょっと横なっていい?五分!五分だけ横なっていい⁉︎」
「…あの…何をなさってるんですか?」
「あー飲み過ぎたなー…飲み過ぎて気付いたら部下に見ぐるみ剥がされて放置された挙句、目覚めたら誰も居なかったなんて恥ずかしくて誰にも言えないなー…ひっく。」
「だだ漏れですよ?完全に私にはその痴態がさらけ出されてますよ?むしろハレンチな位…」
「黙れ小娘‼︎」
「ふぁっ⁉︎」
「お前もあれだろ?うぃ〜…結局さ、若さがいつまでも続くとか思ってんだろ?老いを小馬鹿にしてんだろ?そんで泥酔したこんなおっさんを見てせせら笑ってんだろ?」
「いえ、笑っていいなら笑いますが、何故夜中におっさんが大き目の段ボールの中で泥酔してるのか凄く気になります。学研の教材の中でもそんな難題出てきませんよ?」
「おっさんは悪いの⁉︎おっさんの何が悪いの⁉︎俺が禿げてるから⁉︎禿げで眼鏡で鶏ガラみたいな身体してるから⁉︎」
「悪いのか?と聞かれましても、不遇ですねとかしか言えませんし…ただ物凄いネガティブオーラは発してらっしゃいますよね、特に頭皮から。」
「かー!これだから最近の若いヤツは嫌いなんだよ!自分だけは特別だと思ってらっしゃる!あんな、社会人になって目上に対するそれ相応の態度もとれないヤツなんて何処行っても雇っちゃくれないぜ⁉︎」
「は、はあ…いや、そんなさして高い役職を経験した事も無い親戚のおじさんが就活生に言うみたいな説教されましても困りますし…私、自分で言うのも何ですが結構な大人と言いますか…」
「はいはい立派立派。君は立派な大人でちゅね~。君みたいなんが俺の気持ちなんて分かるはずないよ!きー!悔しいー!」
「ええと…おそらく見ず知らずの初対面の人間を罵倒する人物は立派では無いと世間は考えるのでは…それに話しが支離滅裂で要領を得ません、部下に追い剥ぎされるとは?何故深夜のこんなトコでブリーフ一丁なんですか?具体的に仰って頂けたら私も『見なかった事にする』or『警察に通報する』の判断が付きやすいのですが…」
「出ましたー。はい出ましたー。自己解決能力の無い若者出ましたー。すーぐ人に頼る。おまわりさんに頼る。」
「頼りますよそりゃ、法治国家ですし。夜中に凄いハゲにイチャモンつけられてるんですもの。即通報じゃないだけ良心的だと思いますけど?」
「ハゲハゲ言うな!ハゲてるけどな、心の中はふっさふさなんだよ!アマゾンなんだよ!熱帯雨林なんだよ!」
「妄想と自己嫌悪のドッキングが凄いですね。分かりました、通報の方向でよろしいですか?」
「え?いやそれは困るよ君…ちょっとじゃれただけじゃん。愛情表現じゃん。」
「愛情の押し売り程迷惑な事はありませんね。続きはwebか拘置所でどうぞ、ごきげんよう。」
「ちょ!ちょっと待って!ごめん!悪かった!おっさんが悪かった!通報とかやめて!怪しい者じゃないからね⁉︎普通のおっさん、俺普通のおっさん。おっさん女房も子供もいます!家のローンも後15年も残ってますし!逮捕とかされたらもう首吊るしか手立てがなくなる!」
「怪しい者じゃないって…360度惜し気もなくパノラマ撮影で怪しい者ですけどね。怪しくない要素見つけ出す方が至難の技じゃないでしょうか。まあ私に危害が及ばなければ道端の段ボールおっさん一人二人どうなろうが知ったこっちゃないのですけどね。」
「君は冷酷だな。普通こんな夜更けに段ボール入ったブリーフおっさん居たら何かしら心配したりするもんだろう?」
「普通はしませんね。そして普通のおっさんは夜更けに段ボールに入りませんし。何か怖い。」
「分かった、分かったよ。じゃあさ、神仏に誓っておっさん怪しく無いからさ、タクシー代を貸してくれませんか?どうもサイフも持ってかれたくさい…」
「歩けばいずれ着きますよ。」
「おい…ここは天王寺。俺はね、十三住みなんだよ?歩けばってさ、歩けばどんだけかかるか分かるでしょ?無理無理、家着く頃には両足爆発する。フェルビナクも無力な位爆発する。」
「知りませんよそんなの…何で見ず知らずの怪しいおっさんにお金貸さないといけないんですか?絶対ポッケないないじゃないですか。」
「いやさ、それは疑われるのは理解出来るけどね。明日朝からの会議出れ無いと非常に困るのだよ。おっさん一生のお願い!後生だから!」
「おっさんの一生にタクシー代の価値も無かったって事にして諦めて歩けばいいんですよ。第一私も今失業の憂き目にあって財政難確定なんですから。」
「…君、無職なの?」
「そうですね、ホカホカですね。炊き立てを15分蒸した位食べ頃の無職です。」
「それじゃあさ、こんな提案どうかな?」
「いえ、お断りします。」
「早いよ。何も言って無い内から否定とか人類のする事じゃないよ?」
「もう何なのですかおっさん!?しつこい!聞いたらいいのか!?聞いたら納得するんか!?」
「う、うん。まあ冷静に聞いてくれよ。とりあえず君は俺にタクシー代を貸します。」
「嫌です。」
「FIN。おっさん先生の次回作にご期待下さい。」
生暖かい風が不毛なやり取りをあざ笑う様に吹き抜けた。
「嫌ですって君ね、話しは最後まで聞こうぜ?君あれだろ?電化製品の説明書とか読まずに捨てちゃって、後から操作法分からなくなった時に後悔するタイプだろ?」
「まるで人生の様ですね。」
「うん、そんな深い話しに無理矢理こじ付けるのはやめた方がいいよ?電化製品の話しだしね?まあいいや、それで俺はタクシー乗車して帰宅します。」
「勝手に話しを進め無いで下さい。」
「進めるよ⁉︎もう桃太郎電鉄なら新幹線カード使いまくって進めるからね⁉︎…で、俺は君にタクシー代を返すワケだが…」
「おう、返せ。今返せ。」
「まだ借りて無いよね?借りても無い金返せなんて明らかな詐欺、悪徳業者でもなかなかしないよ?…あー、でだね。実は今ウチの会社は人員の募集をかけてるワケなんだが…」
「え⁉︎おっさん、社長様なんですか⁉︎」
「いや、課長だけど。」
「社長でも無いクセに『ウチの会社』とか言うなや!紛らわしいんだよハゲ!一瞬期待したわ。期待してすぐ花火の様に消えて無くなったわ。」
「君はほんと話しが進まないわ。会話のみで疲弊するわ。あのね?君は今無職でしょ?助けてもらったらタクシー代返すのと並行して、ウチの面接受けて、就職の方が有利になる様に取り計らう位は出来るんだよって事。それで利息分払う形にならないかって事だよ。」
「悪く無い話しじゃないか。」
「だろ?人事部には上手く言っておくからさ。」
「ふぁ?おっさん人事部でもねーの?人事部でもねーのに雇用の約束とかできちゃうの?やっぱり無理です、さようなら。」
「待ちたまえよ!俺がどんだけ毎日専務に媚び売って生きてると思ってんの?専務が喜ぶなら歓喜して革靴舐める勢いで出社してるよ?専務が雨だって言えば晴れてても傘さすし、専務がマレーシアは中近東って言えば資料室の世界地図全部書き直すよ?」
「ええ、何と申しますかそれは古い中国の皇帝のお話しと同じですよね。馬鹿の語源になったヤツです。」
「ばかやろう!俺が裏で社内で何て呼ばれてると思ってんだ!『専務の(ジョン)』だぜ⁉︎初めて給湯室の前通って、女子社員が俺の事ジョンって呼んでるの知った時は流石に早退したけどね⁉︎それでも毎日専務のご機嫌取りだけを考えて出社しとるんだよ⁉︎」
「クズ上司臭がハンパ無いエピソードをそんな誇らしく言われましてもね…まあジョンが会社の中では凄い嫌われているんだろーなー…って事は分かります。対面10分で私はジョンが嫌いですし。」
「ジョンって呼ぶな!俺の蔑称だぞ⁉︎陰口だぞ⁉︎」
「はあ…もう。分かりました。そんなに言うなら名刺下さいませんか?どちらにせよ身分と所在を提示して頂け無いとこちらも回収に困りますから。」
「お!やっと分かって貰えた!5千円でいいんだ、必ず返す!明日は朝から専務の座るイス温めに行かないとダメだったから助かるよ!ちょっと待って、今名刺を…」
「5千円ですね…はあ、何でこんなおっさんに5千円投資しないといけないんだろう…」
「おうあった!しわくちゃだけどこれ!俺の名刺ね!」

ヨレヨレの名刺に目を通す。


【(株)葛城企画   企画マーケティング部一課課長    藤屋 京衛門(ふじや きょうえもん)

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登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

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