ファンシーショップふぶき・1

文字数 5,995文字

 大阪と言う街は

繁忙時の飲食店の流しの傍に積まれた食器の様なモノだろうか。


 単純に称すれば、水の都。商人の街。芸能の街。表立って大阪を紹介するならこの程度でも十分。どこの都市にしても、外から見た話しと内情など違うモノで、また、この街も実として内情は複雑で、他県から理解されない部分も多い。


 凡そ270万人が夢や希望や憤怒や憎悪を食べ散らかし、味や匂い、汚れや食べ残しがついたままの皿の上にまた同じ様な皿を乗せて行く。


 積み上げた汚れた皿は、同じく積み上げた汚れた皿で支えられ、流しの中はひしめき合い、いつ崩れ落ちるか分かりはしない。


ただ、積み上げていく。

飽食の積み木なのだ。

~☆~


 再開発前はそれこそ道端におっさんの1人2人は常時転がっているのが当たり前だった大阪は天王寺。


 今は全く当時の面影を無くし、大きなショッピングモールが出来、若者やカップルがお洒落を求めてやって来る。昔居た酔っ払いや浮浪者は時代の波により、随分前に淘汰された。


 繁華街は夜の訪れと共に、大阪らしさの装いを更に顕著にしていく。


『ネットカフェしゃむねこ』


 小さな通りのテナントビルには眩しく派手な看板がダルそうに突き出され、ビルの入り口にも似たように派手な黄色い看板が出されていた。24時間営業らしい。カウンターで客の対応をする女。名札が見える。


【相沢ふぶき】

「いやさ、俺だってこんな事言いたくないわけ⁉︎分かるかな?分からんよね?」
「はい。申し訳ございません。」
「俺はたださ、何でキーボードの隙間に詰まってるお菓子のカスを掃除してないのかなあ?って言っただけだよね?」
「さようでございます。」
「じゃあさ、何ですぐ掃除こないの?あれから何分経ってる?」
「20分位でしょうか。」
「20分あったら何出来る?ん?ちょっとしたイタリアン位なら一品作れちゃうぜ?」
「すみませんパトリッツィオ。」
「は?パトリッツィオ?何の話し⁉︎」
「え?今イタリア人の話しをなさったのかな?と…」
「してないよね⁉︎イタリアンの話しはしたけどさ、イタリア人出て来てないよね⁉︎勝手に解釈しないでもらえる?パトリッチィオって誰?」
「勝手に解釈と言われましても…」
「あんさー!あんたさっきからさー!」

 ウダウダウダウダ、めんどくさいですねこの方。きっと苗字が宇田さんなんでしょうね。これはあれだ、クレイマーですね。


私『相沢  ふぶき』30歳。

しがない24H営業のネットカフェ店員でございます。今、「なんだババアか、チェンジで」と仰った方。そうそこのあなた様。アイスピックで滅多突きにされるのはお好きでしょうか?そう言う誹謗中傷をされる方は下唇がチューインガムにでもなって一生困ってしまえばよいのです。


話が逸れました。

ネットが好きで某大手匿名掲示板に入り浸ったりしておりましたが、好きがこうじてどうせ働くならとここ『ネットカフェしゃむねこ』に就職したのが半年前。この店の店長は馬のラバーマスクを被るのが趣味らしく、私も久しく素顔を見ておりませんが、店長があんなだからこそ、若干のコミュニケーション障害を持つ私でもなんとかやっております。


ただ半年過ぎて思ったのですが。ネット好きだからってネカフェで働いてみたものの、これ勤務中ネット弄れなくね?ああーやらかしたなしかしこれ。だって店員だもの、そりゃ勤務中に客室入ってPC張り付いてたら店長に怒られるもの。そして実際怒られたもの。


いやいや聞いて下さいますか?

そうでもしないとやってられないのですよ。さっきから目の前でウダウダ言ってらっしゃる様な方、毎日必ずいらっしゃるんです。


私の勤務は『あまり人と接したく無い』と言う接客業において致命的にダメな理由で、比較的お客様の少ない深夜勤務を希望してシフトに入ってるワケですが、深夜と言うものは何か魔力を秘めているようで、おかしな方が多いのです。

そう言ったおかしなクレーマーの方はブラックリストに書いて、余りにも酷い場合は店長判断で出入り禁止にしてもらえるのですがね。私のブラックリストってもう三冊目なんですよ。


いくつか例を上げて差し上げましょうか?まあそう言わず聞いて下さい。


『♯ 5痒いとこございませんか』

この方、まぁごく普通の大学生と言った出立ちで、見た目に不審な点は無かったのですが、人は見た目で判断するものじゃありませんね。

ウチの店にはシャワーは付いていないのですが、どうしても頭が洗いたかったんでしょう。洗わないと死んじゃうんでしょう。

ドリンクバーにシャンプー持って来て烏龍茶で頭を洗いだしたのですよ。慌てて『他のお客様のご迷惑になりますので』と静止しようとしたら、『ババアは黙ってろ』と言われまして…決してババアに反応したワケでは無いのですよ?それなりに容姿には気をつけてますし、若くみられる方だと思いますし…いや、ホント、ババアに反応したワケじゃ

『歳に抗ってんじゃねぇよ。見苦しいんだよババア』

9番アイアンでこめかみをフルショットしました。ちょっとフック気味ですが、126ヤードと言ったところでしょうか。

警察と救急車が来ました。

『♯ 28デンジャラスサラリーメン』

趣味に腹話術をされているんだと思います。腹話術に使用されている人形の名前はアンソニー君。

アンソニー君使い込まれ過ぎてメッチャ怖い。愛着あるならメンテナンス位しろ!って位ボロボロ。片目は瞬きすると飛び出してしまい、その都度本体のサラリーメンが『うんしょ(裏声)』と言って目玉を入れ直します。口元も塗装が剥げ、下地がまた赤っぽい色だった様で、吐血してる様にしか見えません。

あまりにもアンソニー君が不憫だった為、一生懸命裏声で利用時間の確認をされるサラリーメンに『アンソニー、おっさんの虐待で疲れているよ!僕おっさんを地獄の果てまで怨んでいるよ!(裏声)』と言ったところ、『アンソニー!なんて事を言うんだ!君がそんな事言うなんて失望した!』と言いだして、私も『ええええ⁉︎』となりましたが、おっさん何をトチ狂ったか。その場でアンソニー君にライターオイルをぶち撒けて火を付け、店内ボヤ騒ぎ。消化しようとアンソニー君に消火剤を吹き掛けたら消化器の勢いが思ってたより強くて、生焼けのアンソニー君の首が、この世の物では無いかの様な気色悪い動きをして私に向かって飛んで来た。

テンパった私は消化器でおっさんを殴り倒して、一心不乱に消化器の角で頭を殴り続けてんやわんや。

警察と救急車が来ました。

『♯ 57ギャルの達人』

一番私個人への実害があった方。

もう見た目は明らかなDQNなんですが、カウンター越しにボールペンで絶妙にイラつく力加減を保ちつつ、私の眉間の部分を無言で永遠とペチペチしてくるのです。

これは一体何の意味があるんでしょうか?いつの日かナショナルジオグラフィックとかに取り上げて徹底解析して頂きたい所存です。

いい加減ムカついて来たので『おやめになって頂けますか?』と言おうとしたら『か?』の部分に差し掛かるか否かのタイミングで、その方結構なボリュームで『フルコンボだドン‼︎』とボールペンを私の眉間に突き刺しました。

考えても見て下さい。いきなり眉間にボールペン刺されたら誰だって冷静ではいられません。気付いたら『横にスクロールして次の曲を選ぶドン‼︎』と言いつつその方の胸ぐらを掴んで高速往復ビンタでございますよ。《難易度地獄》みたいな顔面が選曲なさっておられましたが?

救急車と警察が来ました。

と、まあだいたいこんな感じ。

毎日毎日、同ジ事ノ繰リ返シデ、俺様モウ、ウンザリ。マンモス追イ掛ケテタ時代、恋シイ。

「おい!お前聞いてんのかよ!」
「生キテルテ何ダロ。石斧ハ便利。」
「はあ⁉︎知らねーよ!さっきからお前、客に対して随分と失礼な態度だな!」
「生キテルテ何?火起セル?」
「だから知らねーよ!お前じゃ話にならんわ!店長呼んで来いやボケ!」
「………」
「あ?早く呼べって!ババア‼︎」
………ぷっちん
「お客様は神様ですとか根本的には拝金主義者のこじ付けだよね。客の足元に金が落ちてると思えば頭下げるなんて容易いだろ?とか、何か悟った気で上から言ってくる奴とかいるけど、要するにプライドなんて持てないやつの言い訳でしかないワケで、そう言う奴は一生金にしがみ付いて金と同化するぐらい一人で金金言ってたらいいんだよ、金なんて所詮人間如きが作ったしょーもない概念な。こちとら対して金に執着心なんてねーんだよ、一万年後に千年前からまじパードゥンなんだよ。接客業界に置いて経営陣とスタッフのこう言うサービスと利益の受け捉え方の違いが横柄な客を生む結果に繋がると思う。そう言う客はどこへ行っても『俺は金払ってんだ!神様なんだ!』って言い倒しますよね?スタッフにしたら『お前如き小物が神様なら地球はとっくにパックリいってるし、神様は見栄もはらないし、お前は臭い』としか思えませんがな。だからと言ってスタッフが接客の態度をフランクにすればいいと言うワケでは無く、こちらとしてもごく普通に丁寧な接客を心掛けているんですから客もそれなりに『対応してくれてありがとう』位の感謝の気持ちを持ち得るべきです。当たり前の事なんですけどね、最近は当たり前の事も出来ないバカが多くて生キテルテナーニ?」

 ウダウダの客の頭を鷲掴みにして、大好きであろうお金が入ったレジの尖った所に、両目を擦り付けながら早口でまくし立てたワケですよ。相当量のツバも弾け飛んだと思われます。しかし、後悔はない。私は勝ったのである。キリッ。

勝利の余韻の様にお客様の頭を揺さぶる私の肩を二~三回ポンポンと叩く感触。振り返ると馬のラバーマスク。


前言撤回。今更ながら後悔の念が強い。

「相沢さん。君ね、問題起こし過ぎ。明日から来なくていいから。」
「え!いや、店長!これはお客様の方に問題がございまして…!」
「はい。それを判断するのは俺な。そして俺は首狩り族な。君はクビ。」
「ふぁ⁉︎何をトチ狂った事を⁉︎ク、クビとかされたら私、明日からどうやって生きて行けばよいのですか⁉︎」
お客様の頭を振る速度が早くなります。
「うーん…死んじゃうんじゃない?知らないよそんな事。だって君置いてたら店潰れちゃうし。潰れちゃったら俺が死んじゃうし。」
「ばばば!いやいやいや!ちょっと待って下さい!私が悪いのならば謝ります!ほらほら土下座とか何かしますよ⁉︎最大限の謝罪でございますよ!?」
お客様の頭を清掃が行き届いてない汚ったない床に擦り付けました。
「それね、お客様ね。ダスキンも毎週水曜日に変えのお客様持って来ないからね?そ言うトコだよ、君のそう言うトコが危なっかしい。」
「違います!…く、クビにするなら相応の解雇理由と解雇金が…!」
「あー。はいはい。じゃあ振込んどくからそれでいい?とりあえずロッカー片付けといて。それからそろそろお客さんの頭で床擦るのやめたげて。」
「そ、そんな、酷すぎます………」
「あんね、これ以上しつこい様なら今まで君のせいで被った損害、請求するよ?内容証明打つよ?告訴するよ?」
「ぐぬぬぬぬ………」
「はい、じゃあ解散。今までご苦労様でした。」
〜☆〜

 人生と言うものは呆気ないものです。


ロッカーの中身なんて食べかけのスナック菓子位しか入っていませんが、片付けろと言われると何故かしんみりして来ました。悲しみが溢れて、スタッフルームで私はシクシク泣きましたよ。あと何とも言えないイラつきですね。


人間と言うヤツも呆気ないもので、気付いたら悲しみより怒りの方が大きくなっちゃって、むしろこの怒りは悟りなのかも知れない。ロッカールームから出た私は、馬の店長のラバーマスクが生涯外れ無い様にとアロンアルファでマスクと首を完全に接着させてやって、トイレのモップでべらぼうに殴り倒して最後の仕事を終えました。

職を失った夜は全ての罪を洗い流すでしょうか…


 しゃむねこを出て帰路に向かう道は、まだ明るい繁華街から今の私の心の様に暗い小道を通る事になり、如何わしい店の並びを抜けると、案外すぐ住宅地へと出ます。


街灯もまばらな中、とぼとぼ歩きながら私は言い得ぬ不安に潰されそうになりながら反省を繰り返しました。一時の情に流され、あるべき明日からの生活に支障をきたしてしまいました。

とても情けない…いい大人なのにホント情けない…

ほら、こんな愚かな私を見て月も笑っている様です…

「笑ってんじゃねーよ!何見てやがんだ月この野郎てめえ月‼︎こっち来いよ!やってやるよ!」
静まりかえった夜中の住宅地に私の怒号が響き渡る。近隣住民の方が勢いよく窓を開ける音。
「うるせー!何時だと思ってんだ!」
「あ、はい。すみません。」

もうやだ。

何か踏んだり蹴ったりです。

浴室のシャンプーのボトルからホイップクリームが出て来る位嫌です。頭洗えないし。ベトベトになるし。それはやだなぁ…


 漠然とした不安や怒りを掻き消す様に、『ベスト・オブ・あったらやだなぁ~相沢コレクション~』をひたすら考えながら歩いていました。そんな中、数メートル先の電柱の脇に何やら箱の様な物体を確認してしまったのですよ。


これはあれですね。

《傷心した乙女が捨て猫と出会い、やさぐれた乙女の心情が前向きで素晴らしいモノへと変わって行く》と言うハートフルな展開へのフラグメントですね。分かります。

来春公開に向けて私、頑張ります!


およそ人生で出した事も無い早さで駆け寄りました、ジョイナーを彷彿とさせるBダッシュ。

京都競馬場11レース、大型スクリーン上、ハズレ馬券の舞う中、8馬身差を差し切る私がスロー再生で目に見える様です。


深夜3時。

草木も眠る丑三つ時に半ニヤの狂気じみた女が全速力で駆け抜ける。目撃されたらこの地域の怪談になるのは間違いありません。坊主を呼ばれる可能性もあります。

 

しかし私は駆け抜けた。

こんな時間、誰かに先を越される事なんて皆無なのに。ただただ一心で。

TOHOシネマで上映されたい一心で。


…ところがですね、近づいて行くトコで私若干気付いたんですよ。


なんか箱でかくね?


小型のキャビネット位あるんじゃね?


息切れしながら箱に辿り着いた時には確信したのです。明らかに子猫のサイズでは無い。


戸惑いを隠せない私。けれども私の淡い期待。

子猫と私の純情ハートフルコメディ。

他の演者さん、スタッフさんの為にも、私はここで引いてはならない。冒険心の無い心構えで良い映画なんて撮れるか!ギリ、パンツまでなら事務所OKだ!(と言う自己設定)


意を決して箱を開ける決断をした私良くやった。英断である。

まあ少し大きい位では今の私は最早ビックリしませんよ。虎くらいなら喜んで抱き締めますし、小さ目のポニーまでならなんとか猫として受け入れますもの。ふふふ。


パカッ

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色