ファンシーショップふぶき・9
文字数 3,238文字
思わぬ形で別件企画が私の初実務になったワケですが。
日頃の、『いかにしてジョン課長をブチのめすかを考える』時間を、『良い企画にする為にはどうすればいいか考える』時間にするだけで、案外スムーズに行くものですね。これは発見でした。所謂『うぉーたーの境地』です。ヘレンケラー子女まじリスペクト。そう言う意味では、私の半年は壮絶に無駄だったのですよ。返せ!時間を返せ!
ええ、正直私とジョン課長二人では当然手の回らない話しだったのですが、事情を話した上でプランを挙げさせてもらったところ、企画段階で部署の皆様が乗り気になって頂きまして、あれよあれよと難病支援チャリティーイベントは着実に進行しております。
お正月を挟んで、来月末には何とかイベントを開ける目処がたちました。
さあ、当日まで気を抜かず、わたくし相沢ふぶきは誠心誠意頑張ります!
~☆~
あらよっと。
ほら、もう来月末が来ましたよ。
行間で言えばたった三行ですが、実際には30日、43200分経っております。
まあ『三行で説明しろ』と言うクセに、その三行すら読まない人も沢山居ますし、三行なんて一瞬の様で永遠なのです。深端を覗く時、深端も此方を覗いているのです。深く突っ込むのはやめておきましょうね。
さてさて。難病支援チャリティーイベント当日です。
朝から資材の搬入やら最後の近隣アナウンスやらでバタバタしておりましたが、いざ始まってしまえば私が(大半は課長が)進めた企画の筈なのにもの凄い人!もう捌ききれない忙しさ!
ジョン課長は何か言いたげでしたが、次から次へとやって来る人の中にお金持ちそうな人・社会的地位の高そうな人を見つけると擦り寄って行く習性があるみたいで、話しの途中で来客の中に目星い人を発見すると坂道を自転車立ち漕ぎ位のスピードで行ってしまいました。
お陰で今日はあまり私に小言を言いに纏わりついては来ません。
こうして会社の方々にも温かく見守られ、ジョン以外は最高とも言える環境。
最近つくづく思うのです。30年、人間を信じ切れずズルズルと内向的な生き方をして来ました。バイトも生きて行くのにただお金が要るからと言う理由だけで嫌々ながら日々を費やしてきた。
《働いたら負け》この文字の羅列を見た時、ネットが救いとなりました。
何せ働かない理由がただ怠いだけと言う働いて無いいい大人がわんさか居ると言うのは、嫌々ながらでも働いている私自身の自尊心が満たされるからです。
「こいつ等よりはマシ」と言うドブネズミがゴミ箱の中で、お互いの尻尾をかじり合いながらグルグル周っている不毛なやりとりのサイクルに、結局は落ちてしまっていて、ただ割とその方が楽になったとすら思っていましたね。人生なんぞ、所詮そんなモノ。如何に怠慢を軸にして生きて行くかが賢い生き方だと。
ひとしきり他人を罵り、卑下し、侮蔑して、嘲笑した後、鏡の前で自分に言い聞かせるのです、「自分はあいつ等とは違う」「自分より下のヤツがまだまだ居る」。その癖情報のソースはそうやって馬鹿にしているネットの情報ばかりで、回答の系統は必然的に自分が考えてる答えに予め合うように故意に検索したりして、「やっぱり自分は賢い」と思い込んで行くのです。
では実情はどうでしょう?
長々と述べる必要はございませんね。この有様。
それが道端でおっさんを拾ってから、最初こそ渋々でしたが、社会に出て順応し、自分の仕事にやり甲斐と責任を感じる様になると驚くほど世界が変わりました。
人生を賢く生きていないのはむしろ以前の私の方で、かの方は、学び、経験する努力を放棄した20年前の寺田町駅前の放置自転車のそれと一緒なのです。
生まれ変わった相沢ふぶきは毎日がとても充実していて、ハードボイルドでスペクタクルな人生の春が、ようやく芽生え始めました。
少年の無垢な笑顔、守りたいですね。
嘉人君も表には出しませんが、この所ずっと不安だったのでしょう。夜遅くまで院の食堂の隅っこでスピーチの練習を毎晩やっていたと施設の方から伺ってます。頑張ってたね!偉いね!と安易に誉めてあげるのは野暮なのかも知れません。嘉人君が頑張った事は、嘉人君本人が一番知っていますもの。
「本番までもう少し練習する」と言って、嘉人君は原稿の文言を暗記する様に口にしながら施設に戻って行きました。その後姿を見送っていると何だか親心に近い感情で、優しい気持ちになれますね。
あーあ。折角微笑ましく穏やかな日常を画角に斜をかけてお送りしておりますのに、画面の端からハゲた課長的なモノが走って来て、映り込もうとしてますよ。空気も読めないならその眼鏡の度数を疑った方がいいです。
トップスピードの辺りを見計らって此方もカウンターでケイシャーダで顎粉砕してやりましょうか。寝る前の10分をカポエラ動画を観て過ごして来た甲斐があります。
と、2歩程ジンガを踏んだのですが、この愛と平和の祭典にハゲた課長的なモノの下顎が砕ける音と、輝かしく弾け飛ぶ眼鏡の余興は似付かわしく無いのでは?と思い直し、私は次の右足がステップするのを止めました。