ファンシーショップふぶき・3

文字数 2,342文字

「おっさん、茶番は程々にして下さい。釣りで無ければこんな四級資料に出てくる一休さんを影から支える武家の方みたいな名前、有り得るワケないだろハゲ。ハゲ転じてハゲ。このやろう。」
「よく分かる。君の言いたい事はよく分かる。だが残念ながら本名だ。」
「この名刺でよく取り引きしようと思えたな?信長の野望のオリジナル武将でももっとマシな名前付けるわ!ボッタくる気甚だしいじゃねーか!ハゲ。ハゲ転じてハゲ、転じてジョン衛門。」
「仕方ないじゃん⁉︎実家がちょっと特殊だったから武家の末裔と繋がりあってね?それでなんやかんや命名されて俺が京衛門になっちゃったの!不可抗力じゃん!てか俺、初対面の小娘にハゲハゲ言われ過ぎじゃない?」
「ここまで堂々と怪しいハゲリヒョンは珍しいです。怪し過ぎて逆に興味は湧きますが、ちょっと確認の為に会社調べさせて貰います。」
「人をヌラリヒョンみたいな…妖怪じゃねーぞ⁉︎心優しい人間はだいたいハゲなんだよ!ハゲ舐めんな!」

おっさんの言葉を完全に無視。

私はスマートフォンで《葛城企画》をネット検索。

該当する会社のホームページが表示される。どうやら実在する模様。

「ありました。ありましたがおっさんが怪し過ぎて不安が拭いきれない…」
「あったならいいじゃん!物証じゃん!でもまあほらさ、実際あったワケだし、一回会社見て貰って嫌なら辞めればいいんだよ。君に不利な事は無いからさ。」

怪しさは満開で丁度見頃なんですが、正直な所、今この失業の瞬間から就職のチャンスが転がってきた事を若干ラッキーだと捉えている私が居ます。


どうでしょう?食いつなぐ為にとりあえず面接を受けて、次の就職までの繋ぎとして活用させて頂きたい物件ですね。

「…分かりました。5千円、お貸しします。おっさんは便宜の程を惜しまないように。」
「おお!有難い!いや~君は見込みあるよ!絶対大物になる!よし、じゃあ明日14時に会社来て、人事には言っておくからね!」
私は30になって、初めて見知らぬ怪しいおっさんの口車に乗せられ、サイフから樋口一葉を渡す羽目になったワケです。
〜☆〜

府外から来られる方を観光案内する時、特に喜ばれるのは『新世界』と『なんば』です。


どちらもテンプレートな『大阪らしさ』を醸し出しているらしく、阿倍野ハルカスや大阪城に連れて行っても今一つ反応は良くありません。それは一重にメディア露出している〝大阪〟の部分が通天閣と道頓堀くらいしか印象に残らないからかも知れません。


 地下鉄御堂筋線なんば駅。改札を出てごった返す人混みをくぐり抜け、マルイの地下入り口を横目に見ながら1番出口を上がり地上に出た。


私は昨日おっさんから貰った名刺に書いてある葛城企画の住所をナビタイムに入れてみる。


それ程遠くは無い様です。あまり気乗りしない重い足取りでとりあえずそちらに向かってみる事にします。


やっぱり女の子としては職場が南船場とか堀江とか、ちょっとオシャンティな所がそそられますね。私はずっと天王寺住みなのでキタよりミナミの方が近いのですが、人混みが嫌いなので余り近寄りません。

何たって人口密度の高い空間が広大に拡がっていますし、窒息しそうになりますからね。


あと陽射しも嫌いです。


そうこうしながら歩きスマフォしていると目的地に到着しました。


外観は…まあ普通のオフィスビルですね。三階建て。玄関ホールには一様小さな受け付けがあります。でも人はいません、ボタンタイプの呼び鈴だけが寂しそうにカウンターの上で暇を持て余しています。押してみましょう。

『ピンポーン』
「正解は、越後製菓!」
ピンポーンと鳴ると条件反射で結構な音量の越後製菓を言ってしまう癖があります。一瞬自分にビックリします。
「はい、御用でしょうか?」
カウンターの後ろからヒョッコリ女性が出て来たので、更にビックリして私はマスオさんみたいに飛び跳ねてしまいました。とっさに口を開く。
「え!あの!私は!あいあむ!あたしは!え?ほら、え?」
「すみませんペンを落としてしまいまして、少し床を探しておりましたので不在に思われたのですね。」
「あ…はあ、まあ…」
「それで、どの様なご用件でしょうか?」
私のコミュ障発生&瞬間適応力の無さが露見しワタワタしていたら女性の方からレスポンス。
「あ、あの。私昨日変なおっさんにこちらへ来いと言われた者でして…」
「弊社のですか?部署と氏名はお分かりでしょうか?」
「ええっと、ジョン課長だとかなんとか…ジョン右衛門さんだったかな?…」
「藤屋ですね。」
「あ、それです。」
『ジョン』は蔑称だと言っていた割に受付嬢ですらすんなり『ジョン=藤屋課長』と分かる辺り、あのおっさんはこの会社で本当に嫌われてるんだろうなぁと痛感しますね。
〜☆〜
「やあ、昨日はありがとうね。」
受付嬢が通してくれた待合室で五分程待機していますと、聞き覚えのある生理的にムカつくあの声が私の視界外から聞こえて来ました。脂汗を垂らしながら扉を開けて入って来るジョン課長を確認。
「おかげで今日も専務はご機嫌で朝の会議を終われたよ。あ、それとこれ、ね。」
ジョン課長はポケットから裸のままグチャグチャになってる五千円札をおもむろに差し出します。
「それじゃあまあ、すぐ人事が面接してくれるから。後は君の力次第だし、俺は出来る事はやっといたからね、せいぜい頑張ってみなさい。」
擦り切れてテロテロになった安そうな背広をパタパタ言わせながらジョン課長はこちらが一言も発せないうちに扉の向こうに去って行きました。
「やっぱり何か知らないけど無性にムカつくんだよねジョン…」
独り言を呟くと丁度扉が開いて人事らしい人が入って来ました。
「面接の方ですね。さっそくですが履歴書をお出し頂けますか?」
面接開始。
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登場人物紹介

相沢ふぶき。30歳。

ネット中毒で他人とのコミュニケーションに難あり。

藤屋京衛門。通称ジョン(蔑称)。

葛城企画企画マーケティング部課長。

人間のクズ臭立ち込める専務の犬。

小林。ジョン課長に嫌がらせするのが生き甲斐。

曽我部チーフ。葛城企画マーケティング部の唯一の良識人。

山路嘉人。孤児院の少年。両親は他界、難病の妹が居る。

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