Chap.2

文字数 3,153文字

 脅迫屋、か。
 多様化細分化する裏稼業の中で、脅しを専門に行う業者の噂は知っていた。そんな男が今現れる意味を素早く考えた。
「なぜ俺に……」
「質問する立場にいるのはこっちだ」千川が冷たい声でいい放つ。
「今からあんたを脅迫する。麻宮を殺し、スマホを奪ったとばらされたくなければ協力しろ」
「何を証拠に?」
 千川は懐からハンディカムを出した。液晶パネルに映っていたのは、昨日目黒が麻宮に接触したクラブの外だ。見張られていたと知り、息を呑む。小さな窓で動画が再生される。目黒が麻宮とすれ違い、スリをする瞬間が映っていた。
「……殺人の証拠にはならないな」
「スリはしたけど、殺してはいないって主張する? 信じてもらえるかな。仮に信じてもらっても職は失うね。あんたの裏稼業も芋づる式に明るみに出ちゃうかも」
目黒はハンディカムを一瞥した。決断を急がなければ、依頼人がここに来てしまう。
「悪いが脅迫には応じない。俺も仕事だ」
煙草を捨てて、身構える。
「殺しはしない。骨は折るが……恨むな」
「恨むよ! まぁ待て」
 飛びのいた千川は掌を見せて、いった。
「ユヅキは行方不明らしいぞ」
握った拳を目黒は思わずほどく。
「なんだと?」
「俺の脅迫に応じないと、ユヅキが危ない。どうする? 目黒さん。ああ、それから、煙草は拾え」
 
 千川の運転するセダンに連れられ、目黒は池袋の繁華街に向かった。たどり着いたのは雑居ビル。予想通り『ぴーちぽっぷ』の店舗だった。
「JKビジネス」という言葉が近年一般に広まっている。女子高生に添い寝やマッサージをさせるJKリフレは長らくグレーなビジネスとして発展した。が、警察の摘発を受け激減していた。すると法や規制の網目を抜ける新たな営業形態の店舗が現れる。『ぴーちぽっぷ』はいわゆるJK散歩の店だった。
 客が入ると店の女子高生を派遣し、一定時間客と散歩させるという形だ。児童福祉法に抵触しないように表向きは十八歳以上と謳っているが、実情は違う。現にここでバイトをするユヅキはまだ十六歳だ。
「千川さん、その人は?」
 店にいたパーマで顎髭を生やした男がいった。磯辺という『ぴーちぽっぷ』の店長だった。
「こいつは目黒。協力者だよ磯辺さん」
 ここに来るまでに千川に聞いていた。麻宮が『ぴーちぽっぷ』の利用客であったこと。ユヅキがお気に入りであったこと。ユヅキに暴行しようとして出禁になったが、懲りずに接触しようとしていたこと。
 磯辺は首の裏を掻き、千川を見やる。
「千川さんさ、麻宮をシメてほしいって依頼はしたけど、まさか殺しちゃうなんて」
 千川は『ぴーちぽっぷ』の用心棒をしていたそうだ。タチの悪い客を追い払うには、脅迫屋はうってつけなのだろう。
「俺じゃねぇよ。こいつだよ」
「俺でもない」
 指さされたので目黒は答えた。磯辺も本気で疑っているわけではないらしく、苦笑した。
「ったく、どうなってんのよ。ユヅキちゃんは連絡取れないし」
 椅子に座る磯辺は貧乏ゆすりが激しい。顔色もいいとはいえない、どこか不安定な印象を受ける男だった。
「ヤバいことにならないよね? 脅迫とかさ、頼んじゃった俺にとってさ」
「心配しないで」千川が落ち着けるようにいう。
「俺が脅迫する前に麻宮は殺された。この先をどうするか」
「俺としてはユヅキちゃんを見つけてもらえたらいいよ。麻宮が死んだなら動画はもう心配ないだろうし」
 麻宮のスマホを持っていることを、磯辺にはいわないつもりらしい。
「でも警察が麻宮殺しの捜査をする過程で奴のスマホの動画をチェックしたら? いらぬ火の粉がぴーちぽっぷに降りかかるかも。ご要望があればそのへんのカバーもするけど」
「火の粉……って」
 磯辺は思い悩むように顔をさする。グレーな店を運営するには小心者すぎる男のようだ。
 JKビジネスに従事していた少女がより直接的な風俗店や売春に流れ、犯罪組織の食い物とされるケースは多い。仕組みができているのだ。リフレがアウトになったように「散歩」もいずれ当局の摘発対象になる。
「それにユヅキが麻宮を殺した可能性もゼロじゃない」
「まさか!」
 磯辺がいよいよ顔を歪めた。目黒も千川を鋭く見やる。
「俺もないと思うよ。仮にそんなことがあれば証拠はもみ消してやる。ともかく一刻も早く探し出す。特急ということで、追加料金を払ってもらえればうれしいんだけど」
「……わーったよ。脅迫屋に任せるから」
 満足げに千川は微笑んだ。
「じゃあ改めて、具体的に話を聞かせてもらおう。麻宮が何をしたのか」
 磯辺の説明を聞き終えてから、ビルを出た。規制が強まる以前は少女が並び、チラシを手に道行く男性たちに声をかけていた。「お散歩どうですか」、「一緒にご飯行きませんか」、といった客引きの声がボールのように跳ね回っていた。『ぴーちぽっぷ』の料金は時間制。客は事務所で前払いした後、制限時間内に少女を連れ回せる。カラオケ、ゲームセンター、食事に観光スポットまで、自由だ。
 密室に連れ込まれて、裏オプと呼ばれる性行為をさせられてもおかしくはない。少女たちは時に深い傷を負い、時にそんなものだと割り切り、ビジネスに従事する。
この手のビジネスと法規制はいたちごっこだ。摘発が強化されるほど、ビジネスは地下へと潜る。社会に「需要」があるからだ。ユヅキはそんな需要に、自らを「供給」していた。
「ゆうべ、俺が麻宮から盗むのを待っていたのか?」
車に乗り込んで、目黒は千川に訊ねた。千川が胸のライオンの額をつまんでいった。
「ハイエナと呼ばれても傷つかねぇよ」
「クイズ番組で見たんだが、ハイエナがライオンの獲物を横取りするというイメージは誤解だ。獲物の六割は自力で狩りを……」
「どうでもいいよ。急にサバンナの雑学披露すんなよ」
目黒は口を噤んだ。
「あんたの依頼人はユヅキが裏オプをやらされてる動画を手に入れたいんだろ?」
 隠すだけ無駄だと判断し、目黒は頷いた。
 今しがた磯辺からも麻宮の「罪」の詳細を聞いた。目黒が掴んでいた情報と合致していた。先月、麻宮はユヅキを指名し、散歩をした。カラオケに連れ込み、金銭と引き換えに「裏オプ」を強要した。ユヅキは拒みきれずに応じた。その行為中、麻宮はスマートフォンでユヅキを撮影した。磯辺は動画を削除するよう求めたが、麻宮は応じなかった。そのうちにユヅキと連絡が取れなくなり、困り果てた磯辺はプロの千川に事態の収拾を頼んだということらしい。
 千川は目黒を見やる。
「本気でユヅキが麻宮を殺したと?」
「考えてないよ。俺は依頼人を守るだけだ」
「磯辺を?」
 千川はにやっと笑い、人差し指を立てた。
「実は磯辺より先に依頼を受けてたんだ。これから会いに行く。磯辺には内緒な」

 連れていかれたマンションの一室に入るなり、
「おっせーよ」と、茶髪のギャルメイクの方が千川に吠えた。「ダイエットしてたのに、めっちゃ食べちゃったじゃん」
 テーブルにはチョコレートの袋が二つ、ポテトチップスの袋が一つ開いている。グラスにはジュースらしき液体が入っていた。
「それ俺、関係ないよね。ね?」
 ね? といって目線を向けられたが無視した。
「うちは栃乙女!」
 茶髪ギャルが進み出て目黒にいった。茶色い髪はウェーブがかかっており、二本に束ねてある。つけまつげの奥の目は黒目が大きい。カラーコンタクトかもしれない。
「栃乙女? イチゴか?」
「イチゴイチエだし!」
 満面の笑みで宣言され、目黒はまともな会話を断念した。
 栃乙女の後ろからのっそり現れたもう一人の少女がいた。……ユヅキだった。
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