プロローグ

文字数 1,055文字

 金坂さんは月光仮面って知ってる?
 だしぬけに訊かれた私は、パフェをすくったスプーンを宙に浮かしたまま、瞬きした。
「月光仮面ですか?」
 テーブルをはさんで向かい合う青年、國枝友基が頷く。
「昔、七海先生が話してたんだ」
 國枝さんが「先生」と呼ぶ私の母から、月光仮面について聞いた覚えはなかった。とはいえ忘れている可能性は非常に高い。両親が生きていたのは私が六歳の頃までだから。
「ええと、昔のヒーロー番組ですよね?」
 一言で昔といっても幅は広いけど、イメージ的には相当、昔だ。
「うん。一九五〇何年とかだっけな。日本の元祖ヒーロー的な存在らしくて。つっても変身したり超能力使ったりとかはしない、サングラスにマントつけたおっさんですけど」
 身もふたもない言い方で國枝さんは言う。
「その当時の子どもらは熱中したらしいっすね。七海先生っていうより、旦那さんが好きだったって」
「へぇ。父が。世代は合わないですが」
「ビデオとかで見たのかな」
 國枝さんはいってケーキを食べた。彼は母が生前勤めていた児童養護施設の出身者だ。二年前、両親の十二回目の命日に私は知り合った。直後に國枝さんは亡き母のためにある事件を起こしたのだけれど、私の顔見知り――脅迫屋、千川完二の介入で最悪の一線を超えずに済んだ。脅迫屋とは依頼を受け脅迫を請け負う裏稼業なのだけど、千川さんは……ただの悪人ではない。 
 消息が途絶えていた國枝から連絡が来たのは昨年末だ。以後、時々会って母の思い出話を聞かせてもらったりしている。
「いつだったか、俺が好きなヒーロー番組の話をしたときかな。先生が、旦那さんが月光仮面を好きな理由ってやつを教えてくれたんすよ。月光仮面は正義の味方なんですって」
「え? は、はい」
 もちろん元祖ヒーローなんだから、正義の味方だろう。
「正義の味方っていう言葉は、月光仮面から生まれたんだって。それまでは言葉自体なかったってこと」
「えっ。それは驚きです」
「月光仮面は正義の味方。つまり正義そのものじゃなくて、正しくあろうとする人に力を貸すのが、ヒーローなんだってさ」
 正義そのものではない、正義の味方。単純なようで難しい。架空の存在だから、生まれた概念なのかも。
「金坂さんとあの脅迫屋は、俺にとっては正義の味方だったかもなぁって」
 國枝さんがいい、私はまた「えっ」と驚いて顔を見つめた。國枝さんは真顔で、私は困ってパフェを口に運んだ。クリームの甘さとチョコレートの微かな苦みが口の中に広がる。
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