第10話

文字数 864文字

 駆け出そうとして止めた。ここ坂道だし、パンプス履いているし。
 でも気持ちだけは前向きに走り出した。
 吹っ切れたわけじゃない。でも私には敦仁がいる。

 ゆっくりと歩きだしたとき、上から叫ぶ声が聞こえてきた。
 続いてコロコロと何かが転がり落ちてくる。
 慌ててしゃがんで受け止めようとしたんだけど……

「パパ?」
「ママ!?

 上から駆けてくるのは間違いなくパパだ。
 何でこんな時間にいるのだろう。いつも残業で遅いのに。

「取らないで!!
「えっ……」

 でもキャッチしてしまいました。
 これって……

 追いついたパパが私の手から箱を奪い取った。慌てて後ろへと隠す。
 私に見られてはマズいものだったらしい。

「ねぇ、それって」
「ああ……」

 天を仰ぎながら大きなため息をつかれてしまった。
 私の方が被害者なのに。


――――先日は有り難う。迷っていたけど決めた。やっぱり君がいい。

 不倫相手へのプレゼント。誤爆だけでなく落として転がすとは。
 これは神様が別れろと、背中を押してくれているのかもしれない。
 でないとこんな偶然。

「これはその……」
「貸して」
「えっ」
「いいから」

 箱を取り上げると、坂の下目掛けて思いっきり放り投げた。

「うわぁ~!? 何すんの」

 慌てて走り出すパパ。ああ~スッキリした。
 とりあえず今夜は実家に泊めてもらおう。パパの顔も見たくないし、言い訳も聞きたくない。

「敦仁、ママ帰ったわよ」

 今日は友だちの家で遊ぶから、お迎えはいらないと言っていたはず。
 電話を掛けてみた。すると何故かお義姉さんのところにいる。どうやら友だちって美幸ちゃんのことだったらしい。

 聞こえてくる声が、敦仁からお義姉さんに変わった。
 今はあまり話をしたくないけど、預かってもらっているのにそうは言えない。

『敦に今夜敦仁君を預かって欲しいって言われていたの』

 そんなの聞いてないんですけど。

『京子さん、もう叔父さん帰ってきた?』

 今度は美幸ちゃんの声が聞こえてきた。
 何て答えようか。会ったけど、私が捨てた愛人へのプレゼント追いかけている最中。とは言いにくい。
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