第8話

文字数 951文字

 午後は眠気が襲ってくる。慣れない仕事で緊張しているからだろう。
 自販機で買った珈琲片手に息を吐き出した。けど靄が晴れることはない。

「髪型変えたんですね。似合っています」
「辻さん! 驚いた」
「すみません」
「でも有り難うございます」

 たった一言で何だか報われた気がした。
 自分の変化に気づいてくれる人がいる。それがこんなに嬉しいものだとは。

「あの……今夜時間ありますか?」
「夜ですか?」

 どこか人目を気にしているような辻さん。
 まさかとは思うけど、裕子が言っていたことが頭をよぎる。

「リモートワークの説明も兼ねてなんですけど」

 そう言われると断りづらい。
 結局パパにLIN☆で敦仁のお迎えを頼むことにした。

 ところがメニューを開いて驚いてしまう。
 た、高い……
 店内に飾られたモノクロ写真、吊り下げられたランプはオレンジ色。どこかレトロさが漂いよい雰囲気の良いお店。
 打ち合わせに使うにしては洒落ているとは思っていたけど。

「今日は僕が誘ったのでご馳走させてください」
「そんな……」

 私の方が年上なのに。
 でも二人分出すにはお財布の中身が……

 最近はファミレスくらいしか行ってないもの。
 辻さんはお店に入る時はドアを開けてくれ、席に座る時も椅子を引いてくれた。
 些細なことだけど女性扱いされているようで嬉しい。

 いつもは私がドアを開け、パパと敦仁が先に入る。
 子供が一番だからなんだけど。
 独特の着信音がバッグの中から響いた。

「すみません」

 緊急を要する連絡かもしれない。

『敦仁と食事してくるから。ママも仕事頑張って』

 どこか後ろめたさを感じるのは何故だろう。
 続けてまた着信音が鳴った。

『先日は有り難う。迷っていたけど決めた。やっぱり君がいい』

 何……これ……
 思い浮かんだのは『浮気』と『不倫』という言葉。
 だってパパに有り難うって言われる覚えがない。いったい何に迷って誰に決めたというの?

「大丈夫ですか?」
「ええ」

 動揺が隠せず、手からスマホが零れ落ちた。

「どうぞ」

 拾って手渡されたスマホ。
 きっとメッセージを見られてしまっただろう。恥ずかしい。

「旦那さんですか?」

 言葉が出そうになくて頷いた。

「誤爆、ですね」

 誤爆。つい最近も聞いた言葉だった。
 パパが不倫……まさか自分がこんな目に遭うなんて。
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