外に出よう

文字数 1,344文字

 シュウは退院して以来、ずっと室内で過ごす。五月に日焼けした肌は、すっかり色褪せた。今はガーゼを貼っていなくて、外傷は綺麗に消えている。
「顔の怪我、跡が残らなくて良かったね」
「元々、擦り傷は酷くなかったから」
「頭や肩は大丈夫?」
「うん。すっかり痛みはないし、痣も薄くなってきた」
「体を動かすことに問題がなければ、外を歩いてみない?」
 ここ数日は大雨が続いたので、シュウの家にお邪魔していなかった。今日の降水確率は低いけど、空はグレイの雲で覆われている。猛暑が続いた頃に比べれば、外を歩きやすいだろう。
「いいよ。来週からは新学期だし、いつまでも引きこもってはいられないからね」
「二学期は、初日から登校するの?」
「うん。記憶がないままだから、気まずい思いをしたりさせたりするかもしれない。でも、何とかなるよ」
「困ったことがあったら、遠慮なく言って」
「ありがとう。結子ちゃんがいなければ、きっと学校へ行く気になれなかった」
 シュウは柔らかな笑みを浮かべる。少しは、友達として力になれたのかな。
 行きたいところを尋ねると、シュウは下見を兼ねて学校がいいと答える。ただ、シュウの自転車は処分されてしまった。損壊しなかったものの、ご両親が嫌でも事故を思い出すから、とのこと。
 散歩コースにしては長いけど、こまめに休みを取れば大丈夫だろう。私達が部屋を出ようとしたら、アオちゃんも当たり前のようについてくる。シュウが抱き上げると、アオちゃんは胸元に顔を擦り付けてきた。
「先に外で待っていて。アオを母さんに預けてくる」
「了解」
 玄関のドアを開けると、私を苦しめたカンカン照りが嘘のよう。このまま秋にシフトして欲しいけど、新学期からは三十度を超す日が続くらしい。
 あまり待つこともなく、シュウが家から出てくる。ベージュのサマーニットに、七分丈のパンツ。素足に革のサンダルを履いている。
 私は自転車を引きながら、シュウと並んで歩いた。気温の割に湿度が高くて、ジトッとする。時折、吹く風が心地良い。
「オレが自転車を持つよ」
 大丈夫と断る前に、シュウがハンドルを掴んだ。手が触れたので反射的に離してしまうと、スッと自転車を持っていかれる。
「ジェントルなところ、変わらないね」
「女の子に優しくするのは当然でしょ」
 シュウは苦笑混じりに返す。そういうことをサラリと言うから、女の子にモテるのだ。
 会話が途切れて、シュウと見つめ合う格好になる。こんな表情をする子だったかな。素敵な微笑みだけど、妙に心がこもっているというか。


 住宅街から国道沿いに出る。歩いて十分くらいのところに、コンビニエンスストアがあった。
「ここって、オレと車がぶつかったところ?」
「そうらしいね。事故に遭った時の話、聞いているんだ」
「ザックリと、ね」
 駐車場は広くて、車の出入りが多いかもしれない。私達は往来の邪魔にならないよう、歩道の端に立つ。
 シュウはボーッとした感じで、車に接触したと思われる辺りを眺めた。大きな事故ではなかったので、痕跡は微塵も残っていない。
「行こうか」
 一分は経っていないだろう。シュウは私を促して歩きはじめる。現場を見た瞬間、頭が痛いと言って蹲るシーンは記憶喪失ものでよくあるけど、シュウにそんな兆候は見られなかった。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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