寄り道

文字数 1,560文字

 隔週水曜の放課後に、クラス委員会が開かれる。十五分くらいで終わると、パイプ椅子をガタガタと引く音の合唱が会議室内に響いた。私は一文字も書く機会がなかったシャープペンシルを仕舞う。
「ヒナちゃん、行こうか」
「そうだね」
 シュウに促されて、私は席を立つ。リュックを背負うと、混みが解消されたドアに向かった。北校舎三階の会議室を出て、私は足元に注意を払いながら、階段を降りる。
 踊り場の壁には、明かり取りのガラスが嵌っていない。いつも薄暗くて、一度、足を踏み外しそうになった。その現場にシュウも居合わせていたので、私を気遣っているのか、階段では常に口を閉ざす。
 無事、一階に到着。まっすぐ昇降口を目指す。
「今日の委員会って、開く意味ある? 早く終わったのはいいけど、内容がスカスカだったじゃん」
「陸上大会が終わったから、しばらく形だけの会議になるのは仕方ないよ」
「まあ、ね。あと少しでお役御免になるし、辛抱して付き合ってあげますか」
 クラス委員は学期毎に選出し、我がクラスでは一度選ばれると以降は免除になる。クジで任命された時は運が悪いと嘆いたけど、相棒がシュウでとても助かった。
 委員会には真面目に出席し、担任から面倒な雑務を頼まれても、嫌な顔をしないで引き受ける。司会進行が上手で、話が脱線しても、自然な流れで戻すことが出来た。面倒に思った陸上大会の種目決めは、シュウのお陰でスムーズに片付く。


 私達は学校を後にすると、大きな通りのドラッグストアに寄った。飲み物とお菓子を買って、近くの公園に自転車を停める。
 公園の外周は、ツヤツヤした葉の生垣に囲まれていた。芝生に覆われたエリアでは、他校の男の子達がワーワーと喚きながらバドミントンをしている。
 通路に沿う形で、木製のベンチが配置されていた。空いたベンチを見つけると、手で軽く払ってから腰掛ける。すぐ後ろに立派な桜の木があるので、夏の強烈な陽射しに晒されることはない。
 私はペットボトルの表面についた水滴をハンカチで拭う。一気に半分までミネラルウォーターを飲んで、プハッと息をついた。
「いい飲みっぷりだね」
 シュウはフフッと笑ってから、炭酸飲料に口をつける。地方では珍しく垢抜けた子なので、飲む姿がコマーシャルで使われそうなくらいサマになっていた。
 芝生で遊んでいた男の子達がいなくなり、向かい側がバッチリ見える。高校生のカップルがイチャイチャしていた。君達、そんなに密着して暑くないの?
 お互いの髪や頬に触れながら、恥じらいもなくキスをはじめる。一回では終わらなくて、三回目に突入したところで視線を外した。頼むから、ラブシーンを私に見せつけないでおくれ。
 隣を見ると、シュウは頑なに頭を垂れている。耳まで赤くなっていて、明らかに困惑していた。仲間を発見したことで、気まずさが少し和らぐ。
 整った顔に、スラリとした体型。気合いを入れて洒落こまなくても、充分、華がある。出会ってから一度も不機嫌な顔は見たことがなく、困っている人がいれば手を貸す優しさがあった。
 当然ながら、シュウは友達が多いし、女の子にモテる。でも、彼女はいなくて、告白されても断っていた。
 自分のことで精一杯だからと、皆の前ではヘタレ男子振りをアピールする。それも理由の一つだろうけど、私には本当のことを教えてくれた。シュウは、小学生の頃から好きな子がいる。
 由衣ちゃんという名前で、今まで言葉を交わしたのは挨拶程度。恋愛ゲームの攻略対象ならば、好感度は初期値レベルだろう。本当は同じ高校を受験したかったけど、女子校だから泣く泣く諦めたらしい。
 シュウから由衣ちゃんの話を聞く度に、ひっそり想い続ける姿がありありと目に浮かぶ。そんな草食系男子のシュウだけど、一度だけ由衣ちゃんの為に行動を起こしていた。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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